上 下
27 / 184
第三章

出会えないふたり 1

しおりを挟む
「あー、なんかもやもやする」

 俺は店のカウンターに突っ伏して、呻いていた。
 もう何度同じ台詞を繰り返しているかは、俺自身も覚えていない。

「テンション低いっすねー」

 そう返すナツメも何度目だろう。

 昨日までずっと崩れ気味だった天候は回復し、今日の表は眩いほどの快晴。ガラス窓から差し込む日差しも明るい。
 外では雨で鬱憤の溜まってた近所の子供たちが、元気よく遊んでいる姿も見える。

 なのに、店内の雰囲気はどんよりと暗い。

「もうそれ、さっきからなんなんすか。朝からギルドに挨拶に行ったんすよね? あそこの爺さまにイジられでもしたっすか? なにかやっちゃったとか?」

「問題なかったと、思う」

 結局、叔父との話し合いの末――シラキ屋の所属ギルドは、最古参で無難な商人ギルドにしておいた。
 正式な書類も揃えて、今朝方提出して受理されてきたところだ。

 商人ギルドのギルド長は、事前情報の通りにたしかに見た目が変わっていて、かなりの高齢なのにサングラスにアロハシャツ姿で、長い白髭を三つ編みにしているファンキーな人だった。
 初対面なのに、なんでか『ブラザー』とか呼ばれて肩を組まれた。

 別のギルドに変えようかな、とも思わなくもなかったが、すでに書類が受理されたあとだったので諦めた。

「だったら、売り上げが落ち込んでいるとかっすか?」

「いいや、それなりだとは思う」

 収益が上がってないということはない。
 当初の思惑通り、利益率は低くても購入しやすく用途も広い素材を用意したことで固定客も付いてきたし、日々安定した売り上げを得ている。

 一番利益率が高いのは、叔父が獲ってくる魔法具素材だが、こちらはなにぶん希少素材だけに高価で買い手を選ぶ。
 最もお得意様は、デジーの『ガトー魔法具店』だが、それでも特別な魔法具の作成依頼が来たときだけ、ひとつふたつ購入していくくらいだ。
 実のところ、売り上げに占める割合としてはまだまだ低い。

 ここいらでそろそろ、少し専門的な素材でも仕入れて、店舗としての質向上を目指したいところではあるが――

「あー、なんかもやもやする」

 今はどうにもやる気が起きない。

「まだ言うっすか……だったら、自分が最近仕入れたナツメ情報の中でもひとつ――取って置きをお聞かせするっす! 名付けて、『怪異、彷徨う呪いの鎧』!」

「……うん?」

 安っぽいネーミングにちょっと興味を引かれたので顔を上げ、聞くだけ聞いてみることにした。

「深夜、家路を急ぐ女性は見た! 血まみれの獣を引きずる甲冑の亡霊が――」

 叔父のことだった。
 やっぱり都市伝説になっていた。

「ああ~、もやもやする」

 再び頭をカウンターに落とす。

「……重症すねー。ダメ、お手上げっす」

 言葉通り、ナツメが両手を挙げた。

 俺自身、このもやもや感の原因はわかっている。妹の春香のことだ。

 あれから叔父一家は、親身になって対応してくれている。
 叔父は勇者として培った伝手を惜しみなく使った上で、叔父自らもほうぼうを駆けずり回っていると聞く。

 リィズさんは家の周辺を中心に捜してくれている。
 獣人族は鼻が利くため、捜索には適していた。先日からの雨がなければ、まだ効果は出ていただろう。

 あのリオちゃんですら、あの異世界と日本を繋ぐ森を連日捜し歩いてくれているそうだ。

 では、俺は――? となったとき、無力さを痛感するしかない。

 当事者の俺と春香は実の兄妹、しかも今回のことは半分以上は俺の失態でもある。
 そんな事態の中心にいながら、事実上は戦力外通告だ。
 土地勘もない、特別な能力もない、足手まといも自覚しているため、こうして店番をして燻っているしかない。

 普段通りに店に出るよう勧めてくれたのは、叔父の優しさだろう。
 なんだかんだふざけることはあるが、叔父はあれでいて人の心の機微には聡い。
 それはこれまでの触れ合いで感じている。

 俺に必要以上に責任を感じさせないためなのだろう。帰宅して夜に顔を合わせると、叔父はいつも通り飄々としていたが、たった1日で靴底を磨り減らしていたのも知っている。

 合理的に考えると、捜索は叔父たちに任せたほうが確実だ。
 ならば俺はその間、一家の生活基盤を守る役目に専念したほうがいい。
 心情的には別としても、現実的にはそれは理解できる。理解できるのだが――

「あー、なんかもやもやする!」

 となるわけだ。

 連日、実家に探りを入れたがやはり妹は帰っておらず、スマホの位置情報も変わらずだ。
 これで妹がこちらに来てしまっているのは、ほぼ確定した。

 危険な目に遭ってないか、泣いてないかと心配になる。
 記憶に残る妹の最後の姿は、まだあどけなさが残る高校に上がったばかりの頃だ。
 それ以降、実物は目にしていない。

 どうしたものか。待つだけの身も辛い。
 情けないことに、無意味な溜め息ばかり出る。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

ハルの異世界出戻り冒険譚 ~ちびっ子エルフ、獣人仲間と逃亡中~

実川えむ
ファンタジー
飯野晴真。高校三年。 微妙な関係の家族の中で過ごしていたけれど、年末に父親とともに田舎に帰った時、異世界への扉が開かれた。 気がついたら、素っ裸でちびっ子エルフになってました。 何やら、色んな連中に狙われてるみたい。 ホビットの老夫婦や狼獣人の兄貴たちに守られながら、なんとか逃げ切る方向で頑張ります。 ※どんよりシリアスモードは第一章まで。それ以降もポチポチあるかも。 ※カクヨム、なろうに先行掲載中(校正中)  文字数の関係上、話数にずれがありますが、内容は変わりません。ご了承ください。 ※タイトル変更しました。まだ、しっくりこないので、また変更するかもしれません^^;;;

ハクスラ異世界に転生したから、ひたすらレベル上げしながらマジックアイテムを掘りまくって、飽きたら拾ったマジックアイテムで色々と遊んでみる物語

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界✕ソロ冒険✕ハーレム禁止✕変態パラダイス✕脱線大暴走ストーリー=166万文字完結÷微妙に癖になる。 変態が、変態のために、変態が送る、変態的な少年のハチャメチャ変態冒険記。 ハクスラとはハックアンドスラッシュの略語である。敵と戦い、どんどんレベルアップを果たし、更に強い敵と戦いながら、より良いマジックアイテムを発掘するゲームのことを指す。 タイトルのままの世界で奮闘しながらも冒険を楽しむ少年のストーリーです。(タイトルに一部偽りアリ)

夜霧の騎士と聖なる銀月

羽鳥くらら
ファンタジー
伝説上の生命体・妖精人(エルフ)の特徴と同じ銀髪銀眼の青年キリエは、教会で育った孤児だったが、ひょんなことから次期国王候補の1人だったと判明した。孤児として育ってきたからこそ貧しい民の苦しみを知っているキリエは、もっと皆に優しい王国を目指すために次期国王選抜の場を活用すべく、夜霧の騎士・リアム=サリバンに連れられて王都へ向かうのだが──。 ※多少の戦闘描写・残酷な表現を含みます ※小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+・エブリスタでも掲載しています

処理中です...