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第七章

実は護られてました

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 トカゲがいつ戻ってくるかわからないということで、デッドさんとふたりで早々に巣から退散した俺たちは、今ではトカゲたちの縄張りから離れた安全圏のとある奥まった岩棚に身を潜めていた。

 デッドさんにとって精霊魔法の身隠しの簡易結界も張られた中、久しぶりに心安らかな時間を過ごせてもらっている。
 なにより他者の存在というのが、これほど心強く心に染み入るということを痛感させられた。孤独とは、自覚以上に心を蝕ませるものらしい。

「事情は聞いたけどよ、アキ。ランク的に言ったら、熟練の冒険者がそれなりのパーティを組んで、入念な準備と装備で挑むようなものなんだけどな、ここ。よくそんな軽装で生き延びてたなぁ」

「俺も好きで来たわけじゃないんですけどね。今まさに死ぬところでしたし。本当に助かりました。さすがにもう駄目かと」

 内容はともかく、話しているだけでも頬が緩む。
 ただの会話でも生きている実感が得られて、それだけで嬉しい。

「エルフの郷で、素直にデッドさんを待っとくべきでした。慢心していたつもりはなかったんですけど、正直、どこか軽く考えていたんだと思います」

「口調が固い上に、しみったれてんなぁ。ま、結果的に生きてんだから、いいんじゃねー? 若い時分にゃ、んなこともあらーな。教訓ってやつだな、教訓! にゃはは!」

 向かい合わせに座るデッドさんから、愉快そうに額をぺしぺし叩かれた。
 こういった気軽なやり取りも、なんだかひどく懐かしい。

「あ、そうだ! あれ、忘れてた! ちょい待ってな」

 言うが早いか、デッドさんは立ち上がると、ひらひらと手を振りながら結界の外に出て行ってしまった。

 そして、待つことしばらく。
 なにか見慣れたシルエットの大きなものを転がしながら戻ってきた。

「あー! 疾風丸!」

 フレームがへこんでいたり、多少の損傷こそあるものの、それは4輪バギーの疾風丸だった。
 実に4日ぶりのご対面である。

 墜落してからすぐにあの狂乱に巻き込まれてしまい、持ち出せる機会もなく、泣く泣く置き去りにしたものだ。

「よくわかりましたね、場所! うわ、すげー嬉しい!」

「教えられた通りの場所にあったかんな。あたいには重いんで、浮かせながら運んできた」

 その言葉に、違和感を覚えた。

(教えられた……? 誰に?)

 そもそも俺がここで遭難したことなど、誰に聞いたのだろう。
 思い浮かぶのは叔父たちくらいだが、エルフの郷と叔父の家は距離がかけ離れている。
 唯一の即時連絡手段となりうる『精霊の水鏡』の片割れは俺が持っているし、連絡手段自体がないはずだけど。

 素直に訊いてみると、今度は逆にデッドさんのほうが不可解そうに問い返してきた。

「は? なんでもなにも、『風の便り』を届けてきたのは、おめーのほうだろ?」

「風の便り?」

 さらに問い返すことになる。

 風の便りというと、一般的には噂話のこと……だよね?
 この状況がどこかから伝わり、噂話としてエルフの郷まで届いて、それを聞いてやってきた? 悠長に? んな馬鹿な。

 よけいに混乱する。どうにも会話が噛み合っていない。

「そこでどうして、アキが不思議がるのかわかんねーが……使ったろ? 精霊魔法の『風の便り』。精霊魔法使い同士の伝達手段で、風の精霊に言葉を運ばせるっつーやつな。そいつが届いたから、あたいは急いで駆けつけたんだぜ?」

 ますます混乱するしかない。
 なにせ心当たりがないどころか、そんな魔法自体が初耳だ。

「よくアキが知ってたなー。風の精霊魔法の中でも、結構な高等魔法だぜ? やるねぇ」

「いやいや! 使えるわけないですって、そんな魔法! 俺って初心者どころか、それ以前ですよ? 知識も技術も皆無なんですから!」

「……そうなん?」

「そうそう!」

 力の丈にぶんぶんと首を上下に振ってみせる。

「ふ~ん。にしては……ふむぅ」

 デッドさんが顎の下に指を添え、こちらをつぶさに観察していた。
 しばらくして、「ふんふん、なるほどねぇ」などと呟きながら、足元の手頃な石を拾い上げている。

「ってなわけで――ほいっ!」

 なにをするかと思いきや、あろうことか大胆な投球フォームで、俺の顔面目がけて石を投げつけてきた。

「んなっ!?」

 咄嗟に顔を手で庇ったが、その必要もなく石は明後日の方向に飛んでいってしまった。

「…………あれ? なんで……」

 今のは間違いなく顔面直撃コースだったはずだ。にもかかわらず、石は途中で不自然に軌道を変えて、勝手に逸れていってしまった。

 デッドさんは再び「ふむぅ」と唸り声を上げた後、今度は俺の爪先から頭頂までを上下に往復して観察していた。

「……う~ん。『精霊の隠れ蓑』に『防風壁』、『風精の舞靴』、『風の舞い衣』ってとこ? ……うっわ、『風精の守護陣』まで掛けてあんな、これ。防御系精霊魔法のオンパレードってか。んでだ、アキ。これまで外敵から発見されにくかったり、高いとこから落ちても平気だったり、飛来物が当たらなかったり――みたいな心当たりはねえ?」

「……ありますね」

 というか、身に覚えありまくりなんですが。

「なるほどねー。なるほど……」

 と、そこまで真面目な顔をしていたデッドさんが、我慢しきれないように豪快に噴き出した。
 腹を抱えて地面を転げ、右往左往して悶えている。

「にひっひっひ――駄目だ、面白すぎる! アキ、おめー。よっぽど頼りなく見えたんだろうな? 自我の薄い精霊が、独自の判断で精霊魔法使いを助けるために魔法を使うなんて、前代未聞だぜ! これじゃあ精霊魔法使いじゃなくって、精霊使い――いんや、精霊使われって感じか!? なんにせよ、おんもしれー! 最っ高! にゃははー!」

 デッドさんは笑い過ぎて息も絶え絶えになっていた。
 待つことしばし。やがてよろめきながら身を起こすと、目尻に浮かんだ涙を拭って言った。

「あ~、笑った笑った。100年ぶりくらいに強烈に笑えた。でもまあ、アキ。真面目な話、そいつに感謝しとけよ? そいつが気張ってくれなかったら、間違いなくおめー……最初の10分で死んでたぜ?」

 デッドさんが指差す先は、俺の肩口。
 俺にはなにも見えなかったが、そこにはきっといつぞやのエルフの郷で見かけた精霊がいるのだろう。体長5センチほどの、翅を持つ小精霊。

 ようやく理解できた。道中、不思議だ不思議だとは思ってはいたが、まさか常に護られていたとは。
 孤独に打ちひしがれていたときにも本当は独りではなく、傍らで小さな精霊が懸命に護っていてくれた情景を回想して、思わず目頭が熱くなった。

「ごめん、気づかなくって……それから、これまでありがとう」

 小さく呟くと、肩口にふわっと舞う光が見えたような気がした。
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