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15章 1か月振りの再会
死なない死刑囚の恐怖
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大学を後にした熊野は駅に向かう足を一旦止め、
(福崎さんに連絡しよう…)
うるさくない場所を探して、小さな公園の少し朽ちかけた木のベンチに腰を下ろした。公園には誰もいない。
登録番号から【福崎さん】を探し、電話をかけた。
(仕事中でも着歴があれば、折り返しかかってくるだろう…)
そんな思いだったが、福崎さんは意外と早く携帯にでた。
「ああ、仕事中すみません。早くお知らしたい情報がありまして…」
熊野がそう言うと、
「ちょうど良かったです。私の方もお知らせしなければならない事態が発生致しまして…」
ということで、2人は夜8時過ぎに新橋駅で待ち合わせることにした。ここ最近、熊野はそれほど忙しくなかった。刑事が忙しくないことは良いことなのだろう…
ただ、醍醐さんの捜査をしている方には申し訳なさを感じている。
熊野が福崎と会うのは2回目で1か月振りとなる。気のせいか、以前会った時より、少しやつれた感が漂っている。
2人は近くのカラオケBOXの一室に入った。普段は来ない場所だが、夜8時過ぎともなると、平日にもかかわらず、カラオケBOXは結構な賑わいのようだ。サラリーマンや学生など…どこからともなく、受付まで誰かの歌声が漏れてくる。
2人がカラオケBOXを選んだ理由は、防音設備が整っており、誰とも会わず、誰にも聞かれる心配がないからだ。居酒屋や喫茶店では誰に聞かれるかわからない。その点、ここなら、その心配はない。
503号室の重い扉を開け、2人は大きめの赤いソファに向かい合うように腰を下ろした。
正面には大きなモニターとマイクスタンドが立っている。
テーブルにはタッチパネル式の飲食の注文タブレットがあり、とりあえず、ビールを2本と枝豆を注文した。歌をいれるタブレットは横へ避けた。
「1か月が経ちましたね… 確か醍醐さんたちが最初の犠牲者でしたね…」
福崎がしみじみとした口調で言った。熊野は黙って頷いた。
「さて、先に私の話からでよろしいですか?」
福崎が先に口を開いた。
「ええ、どうぞ…」
「佐伯死刑囚ですが、今日、一旦下ろされました」
「え? どういうことですか?」
「どういう忖度があったのか、なかったのかわかりませんが、今は元の佐伯死刑囚の部屋に寝かされています。但し、手錠は後ろ手にかけたままです。おそらくですが、刑務官たちが怖がり、恐れているので、彼らの目にできる限り触れないようにした…ってことでしょうかね?3時間おきに刑務医が状態を確認するようになりました。正直、刑務医ですら、弱っていく気配のない佐伯死刑囚に怖がっている様子が窺えます。なぜ死なないか…」
「でもそれって、あきらかに違法行為ですよね」
「まぁ、そんなことを言っていられる状況ではないってことなんでしょうね。第一、この事態をどこまでの人物が知っているのかわかりませんし…」
「まぁ、確かにそうですが…」
熊野は歯切れの悪い言い方をした。
「わかりますよ…これはこれから起こるかもしれない事態を想定した場合、非常にマズイことではないかと…ただ私にはその事実をみんなに伝える勇気がありません…私だっていつ殺されるかわからないわけで…」
福崎は俯いた。
ドアがノックされ、若い女性店員がお盆にビールと枝豆、グラスを乗せ、運んで来た。部屋の中に一瞬、大きな誰かの歌声が入ってくる。
テーブルにそれらを置き、部屋から出て行くのを待って、熊野は話を切り出した。
「それなんですが…」
熊野は昼間に友人から聞いた情報をそのまま伝えた。
福崎はその話をじっと聞いている。どこからともなく甲高い女性の歌声漏れて聞こえる。何の歌かわからないが、軽快な音楽のようだ。
熊野が話し終えると、
「少し飲みますか?」
福崎は落ち着いた声でそう言うと、2つのグラスにビールを注いだ。
「すみません…」
熊野はビールを一口、ゴクリと飲んだ。
「状況が少し変わり始めたってことですね…事実だけを伝え、策がなければ、他の刑務官の恐怖感を煽るばかりですが、解決策が見えてくれば事実を伝える選択肢も選べます…」
「しかし、終息方法はわかっても、やり方がわからない…」
「まぁ…」
福崎もビールを一口飲んだ。
「友人は、まだわからない箇所もあるので、引き続き解決のヒントを探してくれると言ってます」
「それは頼もしいですね…」
「ただ、彼は別れ際に独り言を言ったんですよね…」
「何てですか?」
「理論的には可能でも、でも…なぜ無から有が生まれるんだ…何かあるのだろうか…」
って…
「どういう意味なんですかね?」
「さぁ…」
そう言うと、2人はコップに残っていたビールを一気に飲み干した。
2人は暫く黙ったままでいた。
相変わす、どこからともなく、楽し気に歌っているだろう声が漏れてくる。
2人の部屋とは対照的だろう…
15章 1か月振りの再会 完 続く
(福崎さんに連絡しよう…)
うるさくない場所を探して、小さな公園の少し朽ちかけた木のベンチに腰を下ろした。公園には誰もいない。
登録番号から【福崎さん】を探し、電話をかけた。
(仕事中でも着歴があれば、折り返しかかってくるだろう…)
そんな思いだったが、福崎さんは意外と早く携帯にでた。
「ああ、仕事中すみません。早くお知らしたい情報がありまして…」
熊野がそう言うと、
「ちょうど良かったです。私の方もお知らせしなければならない事態が発生致しまして…」
ということで、2人は夜8時過ぎに新橋駅で待ち合わせることにした。ここ最近、熊野はそれほど忙しくなかった。刑事が忙しくないことは良いことなのだろう…
ただ、醍醐さんの捜査をしている方には申し訳なさを感じている。
熊野が福崎と会うのは2回目で1か月振りとなる。気のせいか、以前会った時より、少しやつれた感が漂っている。
2人は近くのカラオケBOXの一室に入った。普段は来ない場所だが、夜8時過ぎともなると、平日にもかかわらず、カラオケBOXは結構な賑わいのようだ。サラリーマンや学生など…どこからともなく、受付まで誰かの歌声が漏れてくる。
2人がカラオケBOXを選んだ理由は、防音設備が整っており、誰とも会わず、誰にも聞かれる心配がないからだ。居酒屋や喫茶店では誰に聞かれるかわからない。その点、ここなら、その心配はない。
503号室の重い扉を開け、2人は大きめの赤いソファに向かい合うように腰を下ろした。
正面には大きなモニターとマイクスタンドが立っている。
テーブルにはタッチパネル式の飲食の注文タブレットがあり、とりあえず、ビールを2本と枝豆を注文した。歌をいれるタブレットは横へ避けた。
「1か月が経ちましたね… 確か醍醐さんたちが最初の犠牲者でしたね…」
福崎がしみじみとした口調で言った。熊野は黙って頷いた。
「さて、先に私の話からでよろしいですか?」
福崎が先に口を開いた。
「ええ、どうぞ…」
「佐伯死刑囚ですが、今日、一旦下ろされました」
「え? どういうことですか?」
「どういう忖度があったのか、なかったのかわかりませんが、今は元の佐伯死刑囚の部屋に寝かされています。但し、手錠は後ろ手にかけたままです。おそらくですが、刑務官たちが怖がり、恐れているので、彼らの目にできる限り触れないようにした…ってことでしょうかね?3時間おきに刑務医が状態を確認するようになりました。正直、刑務医ですら、弱っていく気配のない佐伯死刑囚に怖がっている様子が窺えます。なぜ死なないか…」
「でもそれって、あきらかに違法行為ですよね」
「まぁ、そんなことを言っていられる状況ではないってことなんでしょうね。第一、この事態をどこまでの人物が知っているのかわかりませんし…」
「まぁ、確かにそうですが…」
熊野は歯切れの悪い言い方をした。
「わかりますよ…これはこれから起こるかもしれない事態を想定した場合、非常にマズイことではないかと…ただ私にはその事実をみんなに伝える勇気がありません…私だっていつ殺されるかわからないわけで…」
福崎は俯いた。
ドアがノックされ、若い女性店員がお盆にビールと枝豆、グラスを乗せ、運んで来た。部屋の中に一瞬、大きな誰かの歌声が入ってくる。
テーブルにそれらを置き、部屋から出て行くのを待って、熊野は話を切り出した。
「それなんですが…」
熊野は昼間に友人から聞いた情報をそのまま伝えた。
福崎はその話をじっと聞いている。どこからともなく甲高い女性の歌声漏れて聞こえる。何の歌かわからないが、軽快な音楽のようだ。
熊野が話し終えると、
「少し飲みますか?」
福崎は落ち着いた声でそう言うと、2つのグラスにビールを注いだ。
「すみません…」
熊野はビールを一口、ゴクリと飲んだ。
「状況が少し変わり始めたってことですね…事実だけを伝え、策がなければ、他の刑務官の恐怖感を煽るばかりですが、解決策が見えてくれば事実を伝える選択肢も選べます…」
「しかし、終息方法はわかっても、やり方がわからない…」
「まぁ…」
福崎もビールを一口飲んだ。
「友人は、まだわからない箇所もあるので、引き続き解決のヒントを探してくれると言ってます」
「それは頼もしいですね…」
「ただ、彼は別れ際に独り言を言ったんですよね…」
「何てですか?」
「理論的には可能でも、でも…なぜ無から有が生まれるんだ…何かあるのだろうか…」
って…
「どういう意味なんですかね?」
「さぁ…」
そう言うと、2人はコップに残っていたビールを一気に飲み干した。
2人は暫く黙ったままでいた。
相変わす、どこからともなく、楽し気に歌っているだろう声が漏れてくる。
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