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~1か月前~



「アナスタシア・リベルと申します。よろしくお願い致しますお嬢様」
「キリエ・バーレスクと申します。シルお嬢様、どうぞよろしくお願い致します」
 まさか傍付きの執事がキリエだったとは。
「久しぶりだなキリエ。元気だったか?」
「……何とか精神崩壊は免れました」
「何の話だ?」
 聞いてもキリエは口をパクパクさせて何も言わない。
「面接の話ではないでしょうか。私は午前中少しお話しただけでしたが、キリエ様は1週間通っていたそうですよ」
「へえ」
 1週間も何を話すのだろうか。まあ悪魔の面接は厳しいからな、なぜなら奴は未来まで確認してから雇うのだから。キリエなら本心はセーザの執事でいたいと思っていた、とか有り得そうだ。
「面接ってどこでしたんだ?」
 屋敷の中では見かけなかったが。
 その質問にはキリエが答えた。
「……面接の場所は第405の空中庭園でした」
「おお、405ならさぞ楽しかっただろうな」
「私は第24の空中庭園でしたけれど。何か違うのですか?」
「アナスタシアは別だったのか? 405はドラゴン達を飼育している場所の一つだ。つまりドラゴンの巣窟だな」
「な、何故そのような場所が面接の場所なのでしょうか……?」
「分からないか? 致し方ない、まだ新人なのだからな。教えてやろう。恐らく緊張を解こうとしたのだ、ドラゴンはかわいいからな。癒され、心を落ち着けて面接が行えると言うモノだ」
 それを聞いて、キリエがすかさず言った。
「ではドラゴンの餌の入れ物に放り込まれたことや遊び道具として高い建物に紐で吊るされたことは何だったんですか? あれも面接ですか?」
「……………そうだ」
「嘘付け!!」
 アナスタシアから冷ややかな視線が放たれて、キリエは慌てた様子でコホンと咳払いする。
「し、失礼しましたシルお嬢様」
 爽やかな笑顔が光を散らして降り注いでくる。
「…………なんか気持ち悪いな」
「このガキッ!? 性格は相変わらず言動も変わらずか! こんな令嬢がいてたまるか! 私が傍付きになったからには好きなようにはさせないからな!!」
 アナスタシアから冷ややかな視線が放たれて、ギクリとするキリエ。
「ディオーナ子爵の屋敷で働いていたと聞いて、しかもその道で有名なモート様のご子息だと聞き、とても有能な執事様だと言うお噂も聞いておりましたが、……そうは見えませんね」
「うぐっ……そ、そうおっしゃるアナスタシアさんこそ、伯爵家の召使いだったと聞いていますが……何故ヴェルバッカ家の召使いに? スカウトですか?」
「ええ。当主様であるキリバイエ様から直々に。伯爵家で私はキッチンメイドでしたので、調理場にて下ごしらえ、仕込み、火おこしなどの仕事をさせて頂いておりました」
 アナスタシアはキリッとしているが、微かに口元を綻ばせて話し出す。
「空いた時間にコックに頼み込み自費で買った材料でお菓子を作っていたところ、キリバイエ様がちょうど交渉に来ていたらしく、コックもキリバイエ様にお出しする食事をご用意していたのですが、オーブンの調子が悪くなってしまって最後のデザートだけが上手くいかなかったのです。そこでちょうどお菓子作りをしていた私にデザートとして出してもらえないかとお話をいただいたんです。お客様にお出しするなんてと断ろうとしたのですが、コックや他のメイドにもよく差し入れをしていたので、味を保証していただいて、奥様にも許可をいただきましてお出しすることになったんです」
 お菓子の味を保証されるなんて、それはそれは嬉しかったのだろう。さっきまでの硬い表情とは違って可愛らしい笑みを浮かべて言う。
「それで悪魔がその味に魅了されたと言うわけだな」
「悪魔……?」
 アナスタシアが不思議そうに首を傾げれば、隣のキリエがコソッと耳打ちする。
「シルお嬢様はキリバイエ様のことを悪魔と呼んでいらっしゃるんです」
聞こえてる聞こえてる。もっと頑張って蚊の鳴くような小さな声にしたまえ。
「俺を転生させてくれぬ悪魔のような奴だからだ」
「「てんせい?」」
「うぬぅ、分からぬか、ならば教えてくれよう! 来たまえ!」
 自室の扉を開けて出ようとすれば、我々の身体は石のように固まって動かなくなった。
「行かせませんよ?」
「メ、メドゥーサ! 何故君がここに! 世話係の任は降りた筈だぞ!」
「引き継ぎと言うものがあるんです、まあ私がするのは研修ですけど。アナスタシアさんはロンが調理場へ案内します」
 メドゥーサの隣にいたローがスカートの裾を摘んで頭を下げる。
「ロン·ペリトナです」
 アナスタシアと執事は慌ててそれぞれ礼をする。
「調理場にはコックのグルボとトゥイーニーのシェルビゼ、キッチンメイドのジュシーもいますので、彼らに教えて貰ってください。お茶とお菓子の準備、管理だけでなく、食事の準備もしていただくことになります。お菓子作りの際には彼らも手伝います」
「あ、あの、以前伯爵のお屋敷でお菓子作りの練習をさせて頂いていたのですが、そのようなことはしてはいけないのでしょうか。それともコレはコックにお尋ねした方がよろしいですか?」
「そうですね……私達も偶に調理場の手伝いをすることがありますし、坊っちゃまにお菓子を作って差し上げたいという召使い達もいますから、特に制限はない筈です。スティルルームメイドである貴方ならキリバイエ様に頼めば材料代も出ますよ」
「い、いえ、そのようなことは……。自分で働いた分のお金で材料は買えますので。練習にお金を使っていただくなんてとんでもありません」
「大丈夫ですよ。あの方なら沢山強請って大丈夫です。坊っちゃまの為だといえば大抵通りますから。それに多分明日あたり貴方専用のキッチンが出来上がってます」
「「え」」
 新人2人は何が何だかわからない様子だ。
 メドゥーサは悪魔の扱いが上手くなったな。アイツに嘘が通らないのを知っていながら俺の為であると言うとは、そしてそれを聞くアイツは馬鹿か。まあ分かっていて甘やかしているんだろうな。
「つまり悪魔が魔法でスティルルームメイド用のキッチンを増設するだろうと言うことだ。それにそろそろ衣替えもしたがっていたからな……次はどんな屋敷にする気なんだか」
「つ、次……」
「む? 貴様等空中庭園へ行ったことがあるのだろう? あれは全て悪魔の力なのだから、屋敷の形を変えることくらい造作もない。そもそもこの世界だって悪魔が――いやこの話はまだいいか」
 新人以外の召使い達はどうやらあの悪魔の正体を知っているらしい。公爵家の事件以降に悪魔に教えて貰ったのだ。何やらまだ隠し事をしているみたいだが、まあそのうち話してくれるだろうし、世界の秘密なんて知ったところでつまらんだけだ。何か出来る訳でも無い。
 大口を開け放っている新人の召使い1人をローが手を引いて連れていく。いや引き摺られているな、あれは。こんなことで驚かれては困るぞ、ここの召使いはみんな魔法も上級者、……いや隠さず言おう、彼らはもう全員が王宮魔術師を何人揃えても敵わないレベルに到達している。
俺や俺の両親には劣るが、悪魔の力で強くなっている。刺客が来ても返り討ちにあう理由はここにもある。
「それではキリエさんも調理場に来ていただけますか?」
「私もですか?」
 おや、俺のそば付きなのではないのか? と言うことは今のうちに!
「坊っちゃまにはロオが付きますから! ロオの見張りも欲しかったんですけど、今は皆手が離せないんです、大人しくしててくださいね、絶対に問題を起こさないでくださいね、約束してください坊っちゃま」
「もちろんだ! いつ俺が問題を起こした! これからもずっといい子でいよう! 俺は悪役令嬢だからな!」
「…………すぐ戻ってきますから」
 なんだその間は。
「調理場で何を?」
「この時間は坊っちゃまの生態について講義を開いています」
 講義って、まさか全員参加しているのか? 手が離せないってそれの事じゃないだろうな。
「せ、生態……?」
「この屋敷の基礎となる話ですから聞いて損はありません。むしろ聞いていただかなくては……ロオが来ましたね、私達は行きましょう」
「は、はい」
「では俺も行こう。いやぁ、バルコニーは格子がないから最高だな」
「ロオ早く! 坊っちゃまを自由にしてはダメです!」
「メドゥーサ! 俺をこんな檻に閉じ込めておくというのか! 性格が悪くなるぞ! 反抗期になるぞ! いいのか!」
「絶対に外には出してはダメです!」
「くぅ! なんと言う非道! いいではないか外で自由に遊ばせることこそ子供にはいい教育だぞ!」
「そんな子供っぽいこと貴方には無理です!」
「何を言う! いいもんメドゥーサとはもう口聞かないから! わたし、ロニとおままごとするわ! 悪役令嬢人形で遊ぶんだから! ふんだ!」
 来ていたロニを部屋に引きずり込み、メドゥーサとキリエを閉め出せば、「そ、そんな、坊っちゃま口だけは聞いてください!」と涙に滲んだメドゥーサの声が聞こえてくる。
「し、仕方ないわね! 人質にとったあの子達を返してくれたら許してあげるわ!」
「行きましょうキリエさん」
「人質って!?」
 何故だ! さっきまでの悲しい声はどうした! 何故そんなに冷たい声が出せる!
 キリエは人質のことを知らんのだから無理はないがかなり慌てた様子で聞き出そうとしているらしい。しかし声が遠のいていき聞こえなくなってしまった。
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