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「ふざけるな……!! 彼等は私の同期や、私が来る前から屋敷に置いてもらっている方々だ!!」
 態度が悪いと指摘しておいてコレだ。彼は短気だな。
 まあ、内通者がこれ程いれば冷静さも欠くだろう。
「セーザ、キリエの前や両親の前で、楽器を弾いたことは?」
「え? えっと。ない、かな。楽器の練習の時と、庭で練習する時くらいだ」
「楽器を教えてくれたのは誰だ?」
 何でそんなこと聞くんだ、という顔だがセーザは質問に答えた。
「ヒルトン先生だよ。オーケストラを持つ凄い人なんだ。忙しいみたいで2年前から会ってないよ」
「……片眉が動いたな」
「え?」
 優しい目をした茶髪の女性に問い掛ける。アンの話を聞き、悲しげな表情を浮かべていた女性だ。
「貴様、名前は?」
「オッテリアと申します」
「ヒルトン先生がどうなったか知っているな?」
「恐れ入りますが、何をおっしゃっているか、理解が及びません」
「他の者は?」
 キリエが答える。
「海外の音楽を学びに留学されたと聞きました」
 それがなんだと言わんばかりだ。
「海外留学か。違うな。彼は精神が壊れたのだろう?」
「……分かりかねます」
 精神が壊れたと口にした時、5人にそれぞれ明らかな変化が走った。
「精神病と判断され、ヒルトン先生は海外の病棟へ運ばれた。治療不可能と言われてな。しかし、音楽を愛するオーケストラの有名人が精神病など、公表出来ぬと考えたのだろう。若しくは彼の名声を守ろうとした国王の慈悲か、それとも、真実を知り、国民が恐れを抱かぬように隠蔽したか」
「分かりかねます。キリエ様の言う通り、海外に音楽を学びに行かれたと聞きました」
「嘘だな。声のトーンが落ちた。貴様は今の俺の話を聞いていた時、動揺を見せなかったな。なるほど、分かったぞ。国王は名声を守る為と、自らの保身の為、それから人質を取られて、黙っているのだな」
 瞼も瞳も、睫毛さえも微動だにしなかったが、彼女の瞳孔が僅かに開かれた。
「国外に移動する前に、貴様はヒルトン先生を攫った。そうして、自分の家に閉じ込めて、飼っているのだな。手慣れているのは、彼を捜索する人々を騙し、殺害してきたからだ。感情が表情に現れないのは、周囲に勘づかれないようにしてきたからだ」
「分かりかねます」
 否定する時も表情は柔らかい。彼女は強い人だ、だが、なんて残念なのだろう。
「セーザ。他に聞かせた者は?」
「……ヒルトン先生のところで、い、一緒に練習する機会があった、女の子」
 我々の話で、嫌な予感をしているのだろう。セーザは動揺を隠せない様子だ。
 二人反応を示したな。
「この中で似ている者は?」
「え、っと」
 セーザがそれぞれに目を配り、最後の一人でピタリと止まる。ちょび髭の生えた中年の執事だ。
「名は?」
「ハゼスです」
「娘がいるのだな。――そして、もう1人。セーザ、ヒルトン先生の傍には他に、誰かいなかったか?」
「そう言えば、綺麗な女の人がよくヒルトン先生に会いに来ていたよ」
「似ている人は?」
 セーザが首を降る。しかし、綺麗な女の人、と言う単語に殺気が溢れた召使いがいた。黒髪を2つにまとめた少女だ。
「仲が良かったのだな。貴様の名前は?」
「ミルティアと申します」
「あと二人だな。こちらはもういいだろう。自ら話してくれるな?」
 それには、何食わぬ顔で聞き続けていた青い瞳のメイドが答えた。
「ヒルトンは私の父です」
「貴様の名は?」
「ヘイランと申します」
 ここまではヒルトン先生と関係があったようだが。
 最後は白髪の男性だった。しかし若い。キリエよりも若いだろう。
「貴様はヒルトン先生関連ではないな。セーザは庭で弾いていたと言ったが、誰か聞いてしまったのだろう?」
「庭師です。私の兄でした」
「名は?」
「私はモルデォ、兄はシュゼンと言います」
 キリエが耐えられないとばかりに叫んだ。
「それがなんなんだと言うのですか! セーザ様は楽器を弾いていただけでしょう!?」
 5人の使用人達から僅かだが殺気が放たれた。愛する人達が奪われたなら、憎く思うのは無理もない。
「…………セーザ、今ここで弾いてくれぬか」
「え、今?」
「キリエ、楽器を準備したまえ。セーザは着いていけ。キリエの傍を離れるな。内通者が他にもいるかもしれぬ。いや、公爵家に雇われたとは思えぬな、個人の恨みといったところか」
 セーザとキリエは動かない。状況に理解が追いついていないのだろう。
「セーザの奏でる曲はさぞ美しいだろう。だからこそ、ヒルトン教授も、共に練習した娘も、仲の良かった美しい女性も、庭師の兄も、依存したのだ。貴様は魔楽者だ、音に魔力が乗る。貴様の魔法は魅了。そして依存。貴様の曲は麻薬と同等。皆精神を壊した」
「な、何を言ってるのか、分からないよシル」
「キリエに聞かせろ。そして自らで解きたまえ。大切な者を失う怖さを知れ。解除魔法を覚えたら、それぞれに聞かせに行きたまえ。貴様が自分の力に気付けなかったから起こった悲劇だ。セーザ、貴様も罪を犯している。責任を取りたまえ」
「旦那様と奥様は、イデュオス卿はどうなさるおつもりですか!!」
「アレグリア、手伝ってくれ」
「もちろんです」
「アレグリア……!! ヴェルバッカを信用すると言うのか!!」
「キリエ様、頭を冷やしてください。旦那様と奥様を助けることと、坊っちゃんの無事が我々とって最優先でしょう」
「だが君も危険な目に合うかもしれないんだぞ!?」
「危険は承知の上です。危険なくして助けられるとは到底思えません。しかしシル嬢は自ら向かうと仰る、我々に力を貸して欲しいと仰っている。旦那様も、奥様も、坊っちゃんも助けようとしてくださっているのです。貴方にはそれが判らないようだ。ヴェルバッカ家と何があったかは分かりませんが、冷静になっていただきたい。貴方はディオーナ子爵のお屋敷の執事なのですよ。貴方の祖父、モート様も公爵家に同行している、モート様も危険な状態です。私情で激動している場合ではない」
 キリエがギリッと唇を噛んで俯いた。
「セーザ」
 キリエを心配するセーザに近付く。振り返った表情は弱々しい。不安そうな目だ。男の癖になんと情けない、女顔ではあるが、貴様は男だろうに。
「貴様の奏でる曲は美しいだろう。魔法になど負けるな、貴様なら打ち払える筈だ」
 闇の属性はまだ発現してはいないだろう。しかし、本来彼は闇属性の魔力を持っているのだ。その予兆が音に乗って聴者達を狂わせている。闇を払う光を見つければ、彼等は救われる。
「で、出来ない、キリエを、皆を、俺の曲で……精神が壊れるって言ったじゃないか」
「俺には解けぬ。他の誰にもだ。貴様しかいない」
 闇魔法は厄介だ。神である悪魔にも解けるかわからぬ。
 ゲームの主人公である光の魔法を使うフィーネなら解けるだろう。彼女の力で闇の演奏を最終的に操ることに成功したセーザにだって、きっと。フィーネがいれば確実だが、彼女はここにはいない。
 セーザの頬を包んで、俯く顔を上げさせる。
「俺も頑張ってくるから。貴様も頑張りたまえ」
「シル……」
 手を離し、踵を返す。アレグリアの傍に立つ。
「今から転移魔法で公爵家に侵入する。アン、オッテリア、ハゼス、ミルティア、ヘイラン、モルデォ、貴様等も協力して貰おう。大人数は時間が掛かる、移動中に作戦を伝えよう」
 指をパチンと鳴らせば、それぞれ光に包まれて消えていく。
「待て――ッ!!」
 声が聞こえて振り向けば、キリエがこちらに手を伸ばして飛び込んでくる。
「――ッ……!?」
 ――…………しまった。
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