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 もう戻ろう、とセーザが言うので、仕方なしにヴェルバッカの屋敷の暖炉の部屋へと戻る。
 高い所が余程怖かったのか、くっ付いた儘離れない。
「も、もっと丈夫にならないと。シルを迎える為にはもっと丈夫に」
「おお、楽しみにしているぞ。早くセーザの家に遊びに行きたいな」
「え、うん。ウエディングドレス――じゃなかった、シルは男の子なんだった。色々プレゼント準備して待ってるから」
「うむ。楽しみにしている」
 セーザが離れないので、されるが儘にされていれば、メイド達はうふふふふと昔の少女漫画に出てきそうなキラキラ笑顔を向けてくる。何なんだ、セーザのことがお気に入りなのか? やはり2番目人気の攻略キャラの女性を惹きつける魅力は凄いらしい。
「シルちゃん!」
 プールの中に飛び込んだと言うしらせを受けたらしく、仕事の話を終えたと言う父上とモーツァルト、セバスチャンがやって来る。
「シルちゃん。ダメじゃないか。セーザ様はお客様なんだよ」
「俺の精一杯のもてなしだったがダメだったか。スッキリしたい気分だったからサッパリしたのだ」
「まさか、また飛び降りたのかい?」
「その通りだ。プールだから平気だろう。後は庭も案内したぞ、勉強も教えたが理解出来なかったようでな、今度は簡単なものから教えてやろうと思う。今からでもいいが」
「セーザ様はもう帰るんだよ」
「……もう帰ってしまうのか?」
 時間はそんなに経っていないと思っていたが、確かに、太陽はもう西に傾いているようだ。
 兄も度々帰ってくるとはいえ、屋敷の中はいつも寂しい。母上は妊娠していて滅多に部屋から出て来れないし、父上も仕事が忙しい。
 召使いがいるとはいえ、同年代の友達はいなかった。
 やっぱり。少し、寂しい。
 黙っていたからか、父上が肩を落としてしみじみと言った。
「シルちゃん。すまない。私にはどうすることも出来ないんだ。ただ、結婚は出来なくても恋人同士にはなれるさ」
 ん?
「父上? 何の話です?」
 父上は涙を浮かべて、膝を付き、同じ目線で話してくる。
「シルちゃんはセーザ様のことが好きなんだろう? ロンとシレイスから聞いたよ」
「まあ好きだが。セーザはまだ友達でいい」
「ま、まだ、だって!? つ、つまり将来的には」
 ピクンと隣のセーザが反応する。
「さあな。将来的に俺が男を好きになるか女を好きになるか、其れとも動物を好きになるかは分からんさ」
「ど、動物か……困ったな、動物とは恋人になれるのか?」
 セーザの顔が心做しか赤い気がするが。やはり、すぐすぐには答えを出せない気持ちなのだろうな。
「では、ヴェルバッカ男爵、また機会がありましたら」
「ええ。態々遠方からありがとうございました。馬車まで見送りますよ」
 ――そうだ、セーザの両親の毒殺の件、セーザと約束したのだった。
「ディオーナ子爵。今度は私に是非貴方様の仕事を学ばせていただきたい」
「え」
「シ、シルちゃんなのか?」
 あのな、父上。俺は一応あの猫かぶり悪魔の弟なのだぞ。社交だって最近は出来るのだ。
「そうだな、是非来てくれ」
「うむ。良かろう。行ってやろうではないか」
「こ、この子は全く……。ご無礼をお許しくださいディオーナ子爵」
「ホホホ。良い良い、しかし、モーツァルトととはもう呼んでくれんのかね?」
 そんなに気に入っていたのか。
 門前の馬車へ向かい、握っていたセーザの手を離す。握手をする為に彼に向き直った。
「じゃあな、セーザ。俺も遊びに行くけど、セーザもまた遊びに来いよ。今度は着替えを持ってきたまえ」
「うん。楽しみにしてる」
 セーザは差し出した手を取ると、膝を付いて手の甲にキスを落とした。メイド達からきゃああっと小さな悲鳴が上がる。
「またね、シル。絶対に迎えに行くから」
「うん? 転移魔法が使えるようになったのか?」
「将来の話」
 将来的に転移魔法を使えるようになると言うことか、チート兄がいないので彼には困難だろうが応援しよう。厳しい道と分かっているのだろう、メイド達が悲鳴を上げている。
 セーザが馬車に乗り込めば、御者が鞭を操り、2頭の馬が嘶きを上げてパカラッパカラッと走り出した。カーテンを開けて、窓からセーザが手を振ってくる。それに答えれば、寂しかったのか、自分の頬の上を熱い雫が落ちた。セーザは動揺していたようだが、涙を拭って笑ってやれば、安堵の表情を浮かべた。やがて馬車は見えなくなり、門番が門を閉じ、父上とメイド達と共に屋敷の中へ戻った。
 あっという間のひとときであった。
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