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第十章

221話 頼む相手

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 あいつ相手だと思って、勇気を振り絞る。

「だ、だから、その、だから……さ、触って、欲しい……っ言うか、だから、だ、抱き、抱きしめて欲しいって言うか、て、手を繋ぐだけでもいいけど……キ、キスもいっぱい……い、いやなんでもない!」
「それって誰を参考にした演技?」
「う、うるさいな……う、うぐ、と、とにかく……その、だから、……俺、お前の体温が好きなんだ、安心するって言うか……だから、あの、……あっためて欲しい……な、なんて」
「…………オマエってほんと色んなやつから好かれてるんだな?」

 ニヤニヤしてそんなことを言うディスゲル。

「え!? いや今のは俺を参考に……って参考とは言わないのかこの場合……?」
「ん? つまりどういうことだ?」
「だから、俺が甘えた時、相手になんて言うか……考えて言ったんだよ」
「ふうん、相手は誰を想像したんだ?」
「へ!? あ、いや、別に誰とかはなく……」
『…………』
「それにしてはガチっぽかったけど? 体温ねぇ、もしかして……シスト?」
『ガタッ』
「ヴァントリアああ……」
「はあ? なんでシストなんだよありえないだろ」
『……カタン』

 何でディスゲル兄様は腹抱えて笑ってんだよ。

「も、もういいだろこの話は! そもそも好きな人に甘えるってのとは違うんだ、兄貴に甘えるんだから別物だ!」
『ドターンッ』
「えっ、好きな人!? 今好きな人って言ったよな!?」

 え。

「す、好きかどうかはわかんないけど! って言うかあんな奴好きじゃない! 絶対! まず好きになれないし好きになっちゃいけないし好きってそもそもなんだよああもう! もういいって!」
「オマエ顔真っ赤だぞ自分で分かってるか?」
「ウラティカ様のことではなさそうだな。……しかし婚約者がいる身で好きになるとは……恥を知れ」
「まあ婚約者があれじゃあ無理もないけど」
「……いいんだ。どうせ向こうもそんな気はないだろうし……まず男相手なんて望み薄いよな……」
『ドタドタドタドタッ』
「……今なんて?」
「え?」
「男相手って……」
「え、いや! 待て! そもそも好きとかじゃないんだってば!」
「向こうもそんな気ないとか言って気にしてるくせに好きじゃないって言うのかよ、ええ?」
「……好きじゃない、あんな奴。大っ嫌いだ」
「うんうん、その人の名前は?」
「言うかボケ!!」
「ここまでほぼ自分で言っちゃってるんだけどね。何? 言ったらシストに消されちゃう?」
「シストより強いから別に言ったって大丈夫だけど」

 でも、言ったら認めちゃうことになるし。

「え、シストより強いって……そんな奴いんの?」
「たぶん、だけど」
「……まさか、アゼンヒルトのことか?」

 サイオンから出た名前に、ギクッとする。

「え、な、何でサイオンがそんなこと知ってるんだよ」
「…………否定はしないんだな?」
「お、俺が好きなのはアゼンじゃないッ!!」
「ならゼクシィルか?」
「だ、だから、どうして……ゼクシィルでもないよ」
「ゼクシィルって、……ヴァントリアの父親のことじゃないよな、この話の流れじゃ。でも……初代王が生きてるわけ……」
『生きているらしい。ウロボスの長の話ではな』

 今度はシストの言葉にギクッとする番だった。

「ウ、ウロボスの長って……もしかして」
『ああ。貴様の想像している奴だ』
「シ、シストは会ってるのか?」
『まあ、奴とは仕事があるからな』

 シストは手を切れと言ったら切ってくれるだろうか。そうなったらヒオゥネは怒るかな。俺は嫌われるんだろうな、でも、嫌われ者なのは今更だ。

「……シスト、メルカデォと、奴隷制度を廃止して欲しいんだ」
『何?』
「お願いだ、お前ばかりに頼ったりしない、お前が王宮の仕事で忙しいって言うなら、俺が町に出て調査する。だから、だから……お願いだから適切な判断をしてくれ! 俺が王宮に戻らない理由はみんなを助けたいからなんだ! それが出来ないなら放っておいてくれ!」
『それは出来ないな、メルカデォも奴隷制度も必要だ。貴様の言うみんなが望んでいることだ。お前は弱者の目線でしか見ていない』
「お前は強者の目線で見てるって言うのか、平等に見ろ! またすぐに王宮に戻りやがって、こんなムカつく兄貴送ってくるし! つーか主従契約さっさと破棄しろ! お前が見てるのは強者の目線じゃない、暴力者の目線だ! 弱い人に手を差し伸べることが出来ない人が多いのは、予め弱者と強者が決められているからだ! 奴隷も女も亜人も人間も! 皆等しいんだ! 等しく生きる権利を持ってる、幸せに生きる権利を持ってる! 理不尽に奪われていい命じゃない! 彼等はお前らのモルモットじゃないんだッ!!」

 それを静かに聞いていたサイオンが呟くように言った。

「……ヴァントリア、貴殿が王だったらどうなっていたんだろうな」
「え……?」
「サイオン兄さん? 急に何を……まるでそれじゃシスト兄さんが……」

 ディスゲル兄様はそこまで言って止める。

「シスト、余は貴殿の兄でありながら、貴殿に任せすぎたようだな。まあ、余がもし王位継承の順位のまま王になっていたとしてもこの地下都市を支配することなど到底無理だっただろう。何故なら、王は脅される仕組みらしい」
「脅されてる!? 誰に!?」
「研究者達だ」
『調べたのか?』
「王の行動は目立つものだ。気を付けるのだぞシスト」
『フン……まあいい。情報が漏れていたところで俺が影響を受けることではない。それに私は脅されているつもりはない、シルワールが即位する前から行われていた契約だからね』
「契約?」
『研究者達との契約だ。ウロボスも手を貸しているらしいな』
「じゃ、じゃあヒオゥネも、その契約で悪いことをしているだけなのか!?」
『あいつは利用しているだけだと言っていた、奴はアトクタで神童と呼ばれていたそうだ。その前から奴らと手を結んでいる。奴は天才だ。恐らく逆だろう。契約を願い出たのは組織の方だ。奴は下に出ているように見せてはいるが、セルやテイガイア・ゾブド博士の時のように誰かを仮面に立てて裏で糸を引いている。奴が組織のトップだろう』
「そ、そんな……」

 ……ヒオゥネが悪いことしてたのも知ってたけど、悪い奴らの一番上の人だったなんて。いや、ゼクシィルと手を組んでいる時点でそうなんだろうと考えていたけれど。

「シスト、貴殿が脅されているにしろ契約をしているにしろ、余達は操れないだろう。余が神級階と四皇級階の奴らと話を付けてやる。いくら王様と言えど彼らの話を断ることは出来ないはずだ」

 神級階とは全員で2人の、王族の次に力を持つ階級だと言われる人達のことだ。2人の意見が合致して初めて王様と同じ権限を持つ。さらに、4人で構成される四皇級階の者達の同意もえれば例え王でも逆らえない。
 神級階にはサイオンとロベスティゥ、天級階は7人で構成され、ディスゲルや地上の姫であるウラティカ、弟がいる。四皇級階にはセルも属している。さらにその下の階級が最上級階。王族、オルテイル一族、ウロボス一族、イノスオーラ一族と、そして騎士団達がこの階級に当たる。つまり、ビレスト、トイタナ、ルフスがこれに当たる。過去の話だが、ビレストはシルワールの騎士団、トイタナは俺の父ゼクシィルの騎士団、そしてルフスはウォルズの父、ゲルダインライシェハルツの騎士団だった。
 この下には、上級階、中級階、下級階、最下級階と続く。

「ダメだサイオン、それだと次のメルカデォが開かれてしまう!」
「無茶を言うな」
「シスト、この件は王宮に持ち帰るってことで決定が出るまでは中止してくれ! それじゃ納得出来ない!」
『……ヴァントリア、ひとつ言っておく、頼む相手を間違えているんじゃないか? メルカデォを廃止したとしても、死体の量は変わらないと思うぞ』
「ど、どういう意味だよ!?」
『新たなイベントが作られるということだ。ウロボス帝の手によってな』
「お前が手を組んでるからだろ!? 却下しろ!」
『そう言う訳には行かない。奴はウロボス帝、王と同等の権力を持っている男だ。それに、俺が逆らえば恐らくオルテイル一族は引きずり降ろされて地下都市は奴の手に落ちる。その後は奴のやりたい放題だ』
「お、俺が止める! 絶対に止めるから……っ」
『奴の本体はウロボスの王宮にいるんだぞ、どうやって止めると言うんだ』
「こ、この間分身が会いに来てくれたし……」
『つまり相手が来るまでは止められないということだろう?』
「う……っ、シ、シストは会ってるって言っただろ、俺が王宮に戻って――」
『俺が会っているのは奴の分身だ』
「……じゃ、じゃあウロボスの王宮に侵入する!!」
『そんなことをしたら引きずり降ろされるきっかけにかりかねない! これ以上勝手な行動をするのはやめろ!』
「止めなくちゃ、いけないんだ!」
『ヴァントリア!!』
「ヒオゥネを止めるんだッ……!!」
『…………っ』
「俺はヒオゥネを絶対に止める、止めてみせる! だから――」
『ふざけるな』

 ブツッという音が聞こえて、ハッとする。サイオンの手を見れば、魔法陣が消えていた。
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