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第八章
199話 希望と光
しおりを挟む同時刻、イルエラ、テイガイアは、舞踏会を開催した屋敷へ侵入していた。広間以外のほとんどは石造りらしい、領主の屋敷と言うことで広く立派な屋敷である。
ウォルズとヴァントリアからの、ある情報筋から得たと言う情報――屋敷の3階広間の、階段を上がってすぐ左の廊下の突き当たり。その床に隠し階段がある。
2人は今、隠し階段へと続く床を開けようとしているところだ。そのカラクリと開け方はウォルズとヴァントリアに聞いていた。
イルエラが壁に設置された燭台から蝋燭を取り、床に描かれた火の鳥へと炎を近付ければ、床の火の鳥が赤く発光しだした。まるで本当に燃えているように見える為、テイガイアは恐る恐る床に触って確かめてしまう。
「鍵の魔法の1種だ」
するとカラカラと歯車の回る音がし始めて、次にジャラジャラと鎖の擦れる音が鳴ると、ゴゴゴゴゴと重たい音を立てて床の1部が分厚い壁の中に仕舞われる。床にポッカリと四角い穴が空き、イルエラとテイガイアは顔を見合わせた後、中を覗き込む。
「階段を駆け上がって左に曲がって突き当たりにある床の火の鳥に火の付いた蝋燭をぶちまけるだけ! ――とウォルズさんには言われたが、説明が少々大雑把すぎるのではないか?」
テイガイアは眉間に皺を寄せ、イルエラは特に表情の変化を見せずに呟いた。
「後ははしごを降りるだけ……だったな」
テイガイアはそれを聞いて、眉間を抑えた。
「説明が……いや、これくらいの方が分かりやすくていいのか? 私がバン様に説明する時はいつも不思議そうな顔をされるし……そんなところも可愛いんだが」
眉間から手を離し、思わず口元を弛めそうになるのを何とか誤魔化しながら、テイガイアは真っ暗な穴の中に目を向けて言う。
「2階と3階の間に作られた2.5階。いや、3階は実は4階だったと言うべきなのか。ここまで立派な建物では、2階と3階の間に新しい階を増やすなんて無理だ。そもそも階数を増やすなんて大掛かりになる工事は行っていないだろう。改装したと言う話も聞かなかった。元々は極秘の資料などを管理するための倉庫だったと言う線が妥当だろう」
「……中にいる者達が逃げられないよう、明かりはなく天井も低い。大人の男一人がしゃがんで通るくらいの通路しかない上、部屋と呼ばれる窪み以外は迷路になっているらしい」
正確に言えば窪みとは格子の付けられていない浅い横穴のことだ。窪みには鎖の短い拘束具が設置されており、奴隷達はそこに繋がれ、領主やその部下が通路を通る時、邪魔にならないよう避ける。
つまり、奴隷達は部屋ではなく通路に繋がれている状態だ、通る時邪魔になることを想定して窪みを付けたのだろう。その窪みを部屋と呼び始めたのはもちろん、領主とその部下である。
「奴隷達の拘束はヴァントリア様が後で解いて下さる。彼らは私が回収してくる。イルエラくんは見張りを頼むよ」
「ああ。緊急を要する時は床をぶち抜いて天井に穴を開ける、潰されないように避けて這い上がってこい。この入口を開いた時、音を立てたからな。その内見張りがやって来るかもしれない。迅速に頼む」
テイガイアはそれに頷くと、イルエラに蝋燭を渡しながら、不安げに、そして遠慮するように呟いた。
「やってはみるが、下に何人いるか分からない……それに……私を見て大人しく言うことを聞くかどうか……」
奴隷達は博士と顔見知りだ。43層の実験体の囚人達をオークションなどに出す為に、彼らを奴隷と呼び、王族や貴族、領主や階層主などに売り付ける。もちろん買い手は承知の上で購入した。
今、イルエラとテイガイアの下にいる奴隷達はまさに、テイガイアが実験してきた囚人である。
イルエラは穴の中をじっと見つめた後、テイガイアの胸の前に蝋燭を突き出した。テイガイアは驚いた勢いで受け取ってしまう。
「……私が行く。私なら暗闇の中でも周囲がハッキリと見える。お前は巻き込まれないように廊下の端にいろ」
「巻き込まれないように……?」
「中から天井を打ち破る」
「見張らなくてもぶち破るのか?」
緊急を要する時に、とイルエラも言っていたので不安になるのは仕方がない。
「既に音を立ててしまったからな。次に大きな音を立てたところで、問題はないだろう。慎重さよりスピードを優先する。もう皆も追われている頃だろう。チンタラしてはいられない」
「ああ……まあ、そうだな、追手は増えるだろうが、問題ないだろう。ウォルズさんは屋敷を破壊してもいいと言っていたし、それに瓦礫を上手く使えば追跡の防止も出来る。だがそんなことをしたら、奴隷達は反対側に逃げてしまうのではないか?」
イルエラは首を振って、何処か遠くを見るように、懐かしい思い出を見ているかのように、眩しそうに目を細めて告げた。
「暗闇に突然光が現れれば、そちらへ歩きたくなる。今回の作戦の、自分達の足で来てもらう、と言うのには意味がある。ここでもそれは同じだ。救いを求めた者だけを救う。この先も自分の意志で立って進める者だけを」
イルエラは自分を納得させるように目を閉じ、テイガイアは彼の話に納得がいかないようで眉を寄せる。
「……そんな理由では、バン様が納得しないと思うのだが……」
「ヴァンの理想は高すぎる。全ての人を救い出せたとしても、その後はどうする。連れていく場所は決めたが、彼等がそこに行って何をするかは自分達で決めさせなければならない。完全に奴隷に落ちた者では、それはとても難しいことだ。彼らは主人を求めてしまう。命令を欲する。生きる方法としてその身体に染み付いてしまっている。自分で考えることを知らない。自由を知らない。だが、希望を持ち続けていたならば……」
「…………」
「いや、完全に落ちていたとしても、米粒程度の希望であれ、既に砕ける寸前の希望であれ、持っていれば良いのだ。苦しい時を過ごしてきてもなお、希望を持てたなら、きっと私達の与えた光に引き寄せられる」
希望……光、そう聞いて、テイガイアにも思い当たる出来事があった。
「光……か。そうだな。希望の光、そんなものが目の前に現れれば、求めてしまうのは無理もない。……イルエラくん、その話し方、君の言う光とはもしかして、そ、その、バ、バン様のこと……では?」
「ああ、私の光はそうだった」
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