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第八章

183話 こわれる

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「……どこかで会ったことがありましたか?」

 ヒオゥネの綺麗な目が、月光によって更に美しく輝いて見えた。

 見蕩れていれば、見つめ返してくる。

 どれくらいの時が経っただろう。雲が再び月を隠し、俺達に影を落とした途端、ハッとしてヒオゥネから目を逸らす。

 そうしてから、テイガイアから貰ってきたあの瓶の一本、ダイヤの形をしている方の瓶の蓋を開けた。

「それは……?」

 それに口を付けてグビっと一気に飲み干す。確か俺は呪いが強いから効き目が出るまで時間が掛かるんだったよな。

「ヒ、ヒオゥネ、あのな、さっきのは誤解なんだ、求愛の振り付けとか俺知らなくて……!」
「はい? ああ、そう言えば客席が騒いでましたね。でもあれは承諾の意味があるんでしょう? 僕は貴方に求婚した覚えはないんですが……もちろん、例え求婚でなくとも、承諾されるような内容の出来事はなかったと思いますけど」

 そ、そうだ、今は女の子だから俺だって気付かないんだ、いや、女の子なのは知ってる筈でってこんがらがってきたぞ。……あれ、てことはヴァントリアって気がついてなかったってことじゃないか!! ならこのまま去って何もかもなかったことに……!

 そう思った時だった。

 ボフンッと言う音と共に自分から煙が吹き出した。煙は身体を包み込む。咳き込んでいるうちに、やがて徐々に煙がおさまってくる。目を開ければ、ちょうど風が吹いて、煙を連れ去っていくのが見えた。

 煙が消えた視界にはヒオゥネの驚きの表情があった。

 驚くと言っても、僅かばかり目が開き、口をぽかんと開けているだけだけれど。

「ヴァントリア……様」

 しまったああああ! くっそぅ呪いめッ!! もうちょっと効果が出るまで時間掛けろよ!?

「ヒ、ヒオゥネ、あ、あのな、これは」

 ヒオゥネは敵なのに……バレてしまった! どうしよう、自分で自分をどんどんピンチに追い込んでしまっている気がする……! さっきから混乱し過ぎだと思う!

 そんなことを考えていたらビュウウウと風が吹いて、バタバタとはためく布の音と肌寒さでハッとする。

 しまったあああああああああああぁぁぁぁああッ!? お、お、踊り子の衣装のまんまだったぁぁああ……っ!?

 ああぁあ! 見るな見るな見るなぁあっ!!

 バッと手で隠そうとしてみるが無理だ、隠されていないところが多すぎる! こういう時はあれだ!

 地面におしりをつけて、膝を抱えて座り込む。

 よし、これで完璧だ!

「なんで膝を抱えて座り込んでいるんですか?」
「必殺、体育座りだ!」
「はあ……」

 ヒオゥネは膝まづいてわざわざ目線を低くしてくる。体育座りはしてくれないらしい。

 肩に掛けていた黒衣をバサッと俺の上で広げて、そっと俺の肩に掛けてくる。

「か、貸してくれるのか?」
「はい。今は使いませんので着ていてくれて構いません」

 シストとはえらい違いだな。

 いや、男姿で露出多めの女装なんてただの変態だよな。しかもヴァントリアだし、似合うわけないし。そりゃ隠したくもなる。

「せっかくなので、ここで踊って欲しかったんですけど……また今度でいいです」
「え……」

 今度ってなんだ、踊らないぞ!

「さっきの踊り……」
「え!?」

 ――だ、だからそれは誤解で! きゅ、求愛なんてしてないっ!


 口をパクパクしていれば、相手は静かに呟く。

「とても綺麗でした」
「…………」

 き、綺麗って……何だ。

 かああっと顔が熱くなるのを感じる。いやいやいや、俺への評価ではなくて俺の女体化した姿への評価であって、踊りへの評価であって、別に俺が綺麗ってわけじゃない!

「あ、ありが、と……ございます」

 黒衣を掴み、交差させた両手で引っ張って前を隠す。そうすれば、ヒオゥネは手を差し伸べてくる。シストとは大違いだ。

 手を取れば、引っ張り上げてくれる。シストとは違いすぎる。あいつはダメダメだ。

 よいしょ、と立ち上がれば、噴水の前に腰掛けるようにエスコートされた。シストとは――……もういい、あいつは救われない。

 ヒオゥネはハンカチを敷いてくれる。それを奪い取ると、ヒオゥネは不思議そうに見てくる。

「汚れちゃうだろ……」
「いいんです」
「あ、洗って返すよ」

 俺がハンカチをポケットに入れて噴水に座れば、ヒオゥネは隣に座る。

「綺麗って言ってたけど……お前、最初はヒュウヲウンのこと見てなかったか?」
「ヒュウヲウン……?」
「ランシャの華だよ」
「真ん中で踊っていたエルフの女の子のことですか?」

 頷けば、考える素振りを見せる。

 彼がそうしているうちに、ふぁっと風に黒髪が靡いて、じっとその姿を眺めていれば、こちらを向いたので思わず顔を背けてしまう。何でだ、別に目が合ったっていいだろ……。

「……貴方に好かれそうな方だなと、思って……ちょっと」
「……? それだけ?」
「いえ、どうやって……その、排除しようかな、と考えてしまって……」
「怖いんですけど!? ヒュ、ヒュウヲウンは大事な友達なんだ、何かしたら絶対に許さないからな!!」

 ヒオゥネの襟首を掴みあげれば、ふぁ~っと黒衣が飛ばされそうになる。慌てて捕まえて、ふぃーと息を着く。

 すると、隠しきれていなかった隙間から、ヒオゥネの手が入ってきて、熱い掌が肌を撫でていく。

「お、おま、な、ななななな!? 何を……っ」
「冷たいですね」

 そういう問題じゃない!! 何で今触る必要があるんだ、あれか、また解剖したいとか言い出す気か!?

「うひっ」

 な、撫でるなバカ、バカ。ヒオゥネのバカッ!! バカっ!!

 黒衣で隠しているところは触れられないが、隙間から手を突っ込まれてると言うのも、余計に変な感じがする。

「ちょ、ヒオ、やめ……」

 ヒオゥネの指がお腹の筋を通っていく、胸の真ん中を触ってから踊り子の衣装の下に侵入してきた。

「……っ」

 声が出なくて口をパクパクさせることしか出来ない。

 ど、どどどどど、どこ触ってるんだお前は!!


 衣装の下――胸に熱い掌の感触を感じていれば、指先が動いて乳輪を執拗に撫でてくる。

「や、やめ……あっ」

 乳頭を指でギュッと挟まれて思わず声を出してビクつく。

「…………気持ちいいですか?」
「ち、ちが……す、少しも全然気持ちよくない……」

 だから触るなっ!!

 抵抗してもビクともしないので、必死になって睨み付ければ、ヒオゥネはポッと頬っぺたを赤くして顔を近づけてくる。

「素直じゃありませんね……」

 素直もクソもない……っ!

 ヒオゥネは親指で乳頭を押し潰して、枠の下に他の指を潜らせる。何度も何度も撫で回した後、またギュッと2本の指に挟まれて声が漏れる。

 ヒオゥネに触られていると、熱い熱が教えてくるようで……恥ずかしくて、たまらないし、胸が苦しくて息もしづらいし、涙まで出てくる始末だ。

 服の中からスルンと手が抜けて、今度は下へ下へと下がっていく。

 ヒオゥネの熱い掌をお腹で感じて、胸がぎゅううっと締め付けられた。や、止めろって言ってるのに! ……恥ずかしい。

 ……恥ずかしい!!

 ヒオゥネの指が下へ向きを変えて、中指が服の中へ侵入しようとする。

「…………っ、ヒオゥ……」

 お腹にあるヒオゥネの手から、彼の顔へと視線を動かせば、目と目があって思わず逸らしてしまう。

「…………」
「……っ」

 そうしていたら、ヒオゥネの手が離れた。

 あわてて次の侵入がないように防御しようと黒衣で前を隠そうとしたが、その手を取られて、逆の方向へと動かされてしまった。元気な風も吹いてぴらーっと黒衣が背中から離れる。

「……へ?」

 つまり、丸見えである。

「ちょ!? おま――ヒオゥネ!? な、何、離せよ。こ、こんなの見ても何の得もないだろ! 離せッ!!」

 またこうやってからかってくる! なんでお前はそう意地悪なんだ!

 じっと見つめられて、もう、羞恥が身体中でパレードを踊ってるんじゃないかと思えてきた。羞恥って踊るのか? パレードって踊るものか? もうわけわかんない誰か助けて!

 胸には鳥が住んでいて、キュンキュンキュンキュン鳴いてうるさい。いや住んでないけど住んでるんだ! じゃないと説明がつかない!

 何も出来ないでいれば、両手をヒオゥネの指で絡め取られて、どうにか親指と人差し指で黒衣を摘んでいる状態だ。飛ばないようにしているだけで、パタパタはためいて少しも身体を隠してくれちゃいないけれど。

「……美しいですヴァントリア様」
「え?」
「女性の姿でも美しいと思いましたが、今の貴方はもっと美しい」
「…………………………」

 柔らかい風が吹く。遠くでドオンドオンと地響きのように鳴り響く音がする。花火でも打ち上げているのか、それとも祭りの太鼓の音か。大きくも小さくもない音だけど、しかし遠くにあることはわかる音だ。

 しかし夜の闇は静けさがある。人の声などの周りの音は確かに聞こえているのに、この広間に人が少ないせいなのか、少し静かなせいなのか、ヒオゥネと世界に二人きりのような気さえする。

 空気は優しいのに、身体の中は酷く動揺していた。心も心臓も、指先から何から何まで嵐のような熱風が吹き荒れている。

「何故震えているんですか? 寒いんですか? すみません、つい……」

 心の底からなんとも言えない激しい感情が、突き上げるような鼓動ともに迫ってくる。ヒオゥネは、苦手だ。

 中でもヒオゥネの瞳はとても苦手だ。彼の瞳は不思議な色合いをしている。最も美しいと思うのは、その輝き方だった。

「ヴァントリア様……?」
「ヒオゥネ……」

 白に近い七色の光、それが小さな粒となって散りばめられている。月明かりに反応してさらに輝きを増すその瞳はこの世のものとは思えないほどに美しい。

 屋台の明かりでもいい、その瞳に新たな光を当てれば、より美しさが倍増するのだ。

 また見とれてしまっている、そう思って、目を逸らそう、と思うけれど。もったいない気がして、そらすことが出来ない。

 そうしていれば、ゆっくりと、ゆっくりと、ヒオゥネの顔が近付いてくる。胸がきゅうっと締め付けられる。熱さはピークな筈なのに、どんどん、体温が上がっていくのが分かる。

 すぐそこまで迫ってきた顔から逃げることが出来ない。心臓がバクバクうるさい、爆発寸前のカウントダウンが始まってしまった。

 熱で頭がぼうっとしていたからか、つられるように、ヒオゥネの睫毛が降りるのを追い掛けて瞼を閉じていく。鼻先が触れ合う、吐息を感じられる。ヒオゥネの熱に引っ張られて、体温が上がっていく。


 待ちきれない熱に自分からも唇を寄せていく。


 それから、熱くて柔らかい感触が怯えるようにちょんと触れてきて、そっと唇が重ねられた。


 壊れる……。




 こわれる。



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