169 / 293
第七章
166話 二人きり
しおりを挟むウォルズは、両腕に抱えていた樽をドカドカっと床に落としてから、口を抑える。
「まさかの、触手サンドですか! 二人の呪いの触手でヴァントリアをあんあん言わせるんですね! もっとやれ!」
黙りなさい! 変なサンドを作るんじゃない!
ウォルズは酒樽を一つ抱っこして、そろり、そろりと部屋の中に入ってくる。
「ちょっとウォルズさん酒樽くんと一緒に観賞しててもいいですか。邪魔はしませんから、隣で全裸になってるだけだから。ちょっとウォルズさん覗き込んじゃうかもしれないけど、許してやってくださいな」
テイガイアから離れて酔っ払いウォルズさんに近づく。
「もう飲むのはやめろって。お酒は回復薬じゃないから」
「ウォルズさんの心を癒してくれるのはいつでもヴァントリアとお酒です」
「はいはい。俺達は忙しいんだ。酔っ払いの相手はしてられない。ほら、マスターなら酔っ払い相手も慣れてるだろうから行ってこい」
マスターごめん。
しかしウォルズは「忙しい?」と首を傾げてくる。
「ラルフの呪いが暴走してるんだ。呪いを解く方法をテイガイアと探してる。酔っ払い相手に聞くことじゃないけど、何か知らない?」
ウォルズは酒樽を置いてから、もぞもぞし始める。聖剣レクサリオンを腰から外し、鞘ごと、ほい、と差し出してくる。
「…………何?」
「呪いを抑えるならウォルズさんの剣使えばいいよー。ヴァントリアの呪いを抑えるのは無理だけどー、他の人の呪いならこれを傍に置いてるだけで抑えられるからー」
「それを早く言え!?」
無駄にキスしてしまったじゃないか! あれ、もしかしてテイガイアの呪いもその剣で解けたんじゃないの!? 無駄に使った俺の唇返せ!
ウォルズの剣を奪い取り、ラルフの傍に置けば、彼の肌に広がっていた痣が、徐々に薄くなっているのがわかる。本当に効いている。
「な、なんで教えてくれなかったんだよ!」
「確かに呪いは抑えられるし、呪いも斬れるし、呪いにはすっごく便利なウォルズさんの剣だけど、呪いを解くことはできないんだよねー。多分方法はあるんだけど扱い方がイマイチ分からないというかー」
ウォルズは酒樽を開けようとしているのか、覗き込んだり、板と板の隙間に爪を突っ込んでみたり、側面をペンペンと叩いてみたりしている。
「ウォルズにはまだ色々言いたいことあるけど、これでラルフの呪いは抑えられたな」
テイガイアに振り返ると、彼はじっとラルフの顔を眺めている。
「テイガイア?」
声をかければ、テイガイアは俺の傍にやってくる。そうして俺の頰を撫でてから言った。くすぐったい。
「私はこのままラルフくんの様子を見ています。バン様は戻ってもらって構いません。無理を言って申し訳ありませんでした」
「いや、俺こそ、力になれなくてごめん。俺も残るよ。ラルフを放っておけないし、交互に見よう。テイガイアだって休まなくちゃ」
「バン様は覚えてないかもしれませんが、貴方が一番身体を休めるべきなんです。なのに無理を言ってしまった。ラルフくんは私が見ていますから。貴方は少しでもウォルズさんの傍にいた方がいい」
「え、なんでウォルズ?」
「貴方が暴走した時、貴方の呪いを解いたのはウォルズさんです。彼の傍にいる限りバン様の呪いは抑えられる。私もバン様の傍にいられるから魔獣化しないんです」
ウォルズに振り返れば、ウォルズは酒樽に抱き付いてスリスリしている。「結婚しよう」と酒樽を見つめる姿は完全に怪しい。……何をしとるんだあの酔っ払いは。
ウォルズを眺めていたら、むぎっとテイガイアに抱きしめられた。
「テ、テイガイア?」
「バン様、愛しています」
「う、うん」
「愛しています……ヴァントリア様」
「も、もういいって! 分かったから! 酔っ払いの介抱は俺がするから!」
もう、回りくどいんだよ。つまり酔っ払いをどうにかしてくれって言いたいんだろ。
「じゃあラルフのことは頼む。何かあったらいつでも呼んで」
「はい」
酒樽を抱っこするウォルズを説得して、部屋を後にする。
ウォルズは廊下に残っていたもう一つの酒樽も脇に抱えて「さー行こーいこー! サイコー!」と酒場へと戻っていった。
テイガイアとラルフ、大丈夫かな。
気になるけれど、俺も暴れたらしいし、ウォルズの傍にいた方がいいと言うテイガイアの言葉は正しいのかもしれない。ウォルズが視界に入るだけで安心する。
酒場に戻ってから、ウォルズは踊り子達の中でわーわーギャイギャイとお酒を堪能している。そんな姿に安心なんて……変な話だけど。
机の上に乗って酒樽のお酒を配り始めるウォルズに近づく。
「ウォルズ、話があるんだけど」
「ヴァントリアは未成年だからだめよーフルーツジュースおいしいから、フルーツジュース飲みなさい」
ウォルズは「よちよち」と俺の頭を撫でる。張り倒してやろうかこいつ。
「ウォルズ、大事な話なんだ」
「俺も好きだよ」
…………ん?
ウォルズは机にコップを置いてから、ぎゅっと俺の手を両手で掴んだ。
「俺もヴァントリアが好き。万も好き。両方ひっくるめて君が好き」
「………………はい?」
首を傾げれば、相手も同じように首を傾げる。
「大事な話って告白じゃないの?」
「な、な訳ないだろっ!? いいから来いこの酔っ払い!」
みんなの前で何を言い出すかと思ったら! ヒュウヲウンだって店主だって目をまん丸くしているじゃないか!
酔っ払いの踊り子達がキャーキャー言ってるけれど、彼女達の酔いが覚めた時に誤解を解いておこう。
俺は自分の呪いを使って暴れたらしい、けれど全く覚えていない。自分が何をしたのか、何をしてしまったのか、知りたい。
でもそれを聞くのはウォルズの口からじゃないと、怖い。
それに、ヒオゥネが言ってた、ウォルズのキスで呪いが解けたって言うのも気になるし。テイガイアもさっき、ウォルズが呪いを解いたって。
ウォルズはヒオゥネの言葉を否定しなかった。本当にウォルズが俺にキスしたのか?
ラルフが槍に刺されたところまでの記憶はある。その後がわからない。気付いたら、ウォルズは傷だらけだし、会場は破壊されていた。
何だか、すごく寒かった気がする。
寒かったけど、俺はウォルズの腕の中にいて、ウォルズはあったかくて安心したんだ。ヒオゥネとは違って、ぽかぽかした、お日様みたいな、日向ぼっこしてるみたいな、安心するあたたかさ。
ウォルズを俺の部屋に連れてくる。正確には、俺とジノとイルエラの泊まる部屋だ。先刻ラルフを手当てしていたのはテイガイアとウォルズの泊まる部屋。
俺は部屋の奥にある、出窓を開ける。出窓に座れるよう、ベンチになっているので、そこにウォルズを座らせて風に当たらせる。
「少しは酔いがさめたか?」
「ヴァントリアかわいい~ウォルズさんのお膝に乗ってお酒ついでごらん」
「さめてないなこれは……」
ん?
窓を開けたことがなかったから気付かなかったけれど、外には壁と階段がある。
前の壁にはぽっかりと真四角の穴が開いていて、どうやらそこから風が吹き込んできているらしい。その壁と、自分達のいる部屋の間に、階段があるのだ。
「ちょっと、ここで待ってて」
「んーウォルズさんかわいいヴァントリアを待ってる」
出窓から外へ降りて、階段へ降り立つ。壁の穴を覗いてみたら、今度こそちゃんとした外だった。あかりのついた街が見える。穴から頭を引っ込めて、今度は頭上を見上げた、すると、満点の星空が見えて、思わずほうっと息をつく。
建物の外階段だろうか。宿をかしていることは秘密だから、外側は壁で覆って、中が見えないようになっているんだ。
そうだよな、窓開けてお客さんが顔見せちゃったら、宿屋ってバレバレだし。
「と言うことはこの上は屋上に繋がってるのか」
ちょっとワクワクした気分で階段を登れば、そこにはなかなか広い屋上があった。
すっげー。屋上なんて初めてきた。
壁は高いが、また窓代わりの四角い穴がある。下を覗いてみれば、今は暗いし、周りに人はいない。兵士に見つかることもないだろう。そんなに高くはなかったけれど、夜の街を眺めるのには丁度いい。風も心地いいし。
ウォルズも連れてこよう。……入っていいんだよな、たぶん。
不安になって辺りをキョロキョロ見渡していたら、壁に文字が刻まれているのを発見した。そこには、お泊り客はご自由にお使いくださいと書いてある。ここって最高の宿屋だな。
「うわー広いねーきれいだねー」
「ウォルズ!? 待ってろって言ったのに!」
階段の方から声が聞こえて振り返れば、お酒のせいで顔を赤くしているウォルズがやってきていた。
10
お気に入りに追加
1,938
あなたにおすすめの小説
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる