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第七章

163話 酔ってらい! おらおら!

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 兵士が逃げ出してきてからずっと、屋敷の中では大混乱が続いていた。

 俺達はそんな屋敷から飛び出して、騒ぎを聞きつけて帰ろうとしていたヒュウヲウンのいる踊り子グループ、ランシャとばったりと出会った。

「匿って!」

 ウォルズの声にこたえて、踊り子達が俺達を荷馬車の中に招き入れる。

 荷馬車の中にいたオーナーもびっくりしていたが、ランシャの華であるヒュウヲウンに頼まれ、彼女が俺達を友人だと紹介すれば、心優しいオーナーは承諾してくれた。

 オーナーはゲームでも、頼み事は断れない親切な人だと紹介される。そのせいでよく騙されてしまうキャラでもあったが。

 荷馬車は屋敷から離れていく。

 道中、俺達を捜索していた兵士に止められて、中を確認されたが、踊り子達の用意した衣装に変装して誤魔化し、乗り切ることができた。

 自分達の泊まった宿屋――サルム酒の酒場まで送り届けられる。
 踊り子達が酒を飲みたいとおねだりするので、オーナーは押し切られて承諾した。

 サルムール酒、もといサルム酒を煽る美女達。どうやら酒には強いようだ。彼女達はイベントに引っ張りだこだから、お祭り騒ぎも、祭りで出るお酒も大好きなのだろう。お祭りで踊った後は、お客さんにお酒を注いで回るのも、席を一緒にして喜んでもらうのも踊り子達の仕事なのだ。美人が隣に来て喜ばないお客さんはいないだろう。
 イベントからお金も出てるだろうし、お客さんを満足させることが彼女達の仕事だ。

 普段は大人なお店って感じの酒場なのに、踊り子達で溢れた酒場は大変賑やかだ。常連客もランシャの突然の来店に驚いているようだが、踊り子達の美しさに目が奪われている様子だ。今では一緒に馬鹿騒ぎしている。

 俺達も酒場で食事を取ることにした。

 屋敷からは随分と離れているし、捜索隊が来るまでの時間はある。……これからどうするか皆と話し合わないと。その前に。

「助かったよヒュウヲウン」

 右隣の席で不貞腐れているヒュウヲウンに言う。なぜ不貞腐れているかといえば、彼女はまだ未成年だからお酒が飲めない、みんなと一緒にバカ騒ぎできないから悔しいのだろう。俺も同じ気持ちだ。ちょっと悔しくて、ちょっと寂しい。

「う、ううん! 私も会えて嬉しかったから! ヴァントリア様の役に立ててすごくすごく嬉しいんだよ!」

 うわぁ、久しぶりの女の子かわいい。

 ――ハッ、い、今の考え方はまずい! 完全に女の子には気持ち悪がられるだろうし、何より、男ばっかりが俺の周りにいることを自分で認めたみたい……ああああ。
 ゲームは可愛い女キャラも沢山いるのに、どうして俺の周りは男だらけなんだろう。

 俺も酒飲みたい……。

 左隣の席にはジノがいる。ジノはフルーツジュースをちびちび飲んでいるが。一体今の数秒の間で何が起きたのか、ジノは顔を赤くしてフラフラァっとしている。

 とたん、鋭い眼光がこちらをギロッと睨み上げた。

「ん? 何ら、何見てるらヒック」
「ジ、ジノ。まさか酔ってるのか?」
「酔ってらい! おらおら!」

 酔っている、完全に酔っている。怖いから絡まないで、お願い。

 まさか、嗅覚がいいから酒の匂いで酔ったとか? いやいや、酒場の宿屋に泊まっても平気だったじゃないか。

 そう思いはしたが、振り返ってみて。ゲームでは可憐な筈の踊り子達ががぶがぶとお酒を食べている姿を見て、思いなおすことにした。お酒は食べるな、飲んでくれ。

 イルエラは店に入ってからすぐに、踊り子達に捕まって、酒を飲まされてしまった。イケメンだからな。酒が強いのか、初めは平気そうにしていたが、今は顔を赤くしてボーッと天井を眺めている。

 そんなイルエラの席の周りに、なぜ空になった瓶が大量に転がっているのか……。ど、どんだけ飲まされたんだ。

 心配になって眺めていたら、そんなイルエラの肩に腕を回す男がいた。

「イルエラぁーもうギブか、まだまだだなぁ、のめのめぇー」

 輝くような金髪がいつもより輝いて見える。お酒が大好きと言わんばかりに、笑顔と一緒に彼の周りの空気がキラキラと輝いている。

 男はイルエラの口にぶちうっと、瓶の口を押し付けて、彼の口の中にお酒を流し込んでいく。お前がイルエラをヨレヨレにした犯人か!

 イルエラは抵抗する気力もないのか、それともサルム酒の虜になったのか、口の端からお酒を零しつつも、ぐびぐびと喉を動かして与えられる酒を飲んでいく。

 跳ねるように立ち上がって、イルエラに酒を与える男を止めに行く。

「ウォ、ウォルズっ! やめろ、この瓶の数を見ればイルエラがどれだけ飲んだか分かるだろ?」

 ウォルズは瓶だらけの床を眺めてから、不思議そうに首を傾げる。

「んー? それ全部俺が飲んだ奴だけど。イルエラがさー、瓶が好きみたいだからー、あげたー」

 この言動、以前より酔っているぞ。だって瓶が好きとか意味わからん。

「んーヴァントリアー」
「お、おい、酒臭い!」

 手繰り寄せるように手を伸ばしてきて抱き寄せられる。ぎうううっと抱き締められて身動きが取れない。

「ほ、ほら、前も吐いたんだから今日はもうやめとけよ。もう介抱してやらないからな」

 んー、んー、と唸って擦り寄ってくる酒臭いウォルズをやりたいようにさせていたら——力が敵わないから——ふにゃあ、と彼は腑抜けて地面にぶっ倒れる。

 傍にあった瓶を抱っこして「おさけー足りない~たりなあいー」とか歌い出すから、もはや手がつけられない——と言うか関わりたくない。

 ヒュウヲウンとジノのいるカウンター席にそそくさと戻って、自分もフルーツジュースを頼む。

「ヒュウヲウンも飲む?」
「私はお水でいいよ!」

 ——と、気遣いが嬉しかったのか、ヒュウヲウンは満面の笑みを向けてくるので安心する。仏頂面は左側だけでいい。

「でも何かお礼したいし。そうだ、食べ物とか——」
「いいよ。私今ダイエット中だから。舞踏会は中止になっちゃったけど、一週間後には参加できなかった人のための祭りがあるんだ。みんなの前に出るんだから、綺麗だって思われたいし」
「ヒュウヲウンは今のままでも充分綺麗だと思うけど……——ぐえ!」

 突然左脇腹に激痛が走って、変な声を出してしまった。

「な、何するんですかジノさん」
「イルエラさんをきれいらってゆったり、その人をきれいらってゆったり、しりがるかおまえは。おしりのあなゆるゆるでいろんなやつにほられらっれうぉるずがいってら」
「意味わかんないんだけど」

 尻がなんだって?

 ジノはうーっと唸った後、机に突っ伏して、寝息を立て始める。落ちてしまったか。疲れたんだろうな。

 よしよしと頭を撫でていれば、相手は寝ているのに、なぜか寒気がしたので手を引っ込めておく。

 左隣が静かになったので、身体ごとヒュウヲウンに向き直る。久しぶりの女の子かわいい。——いいもん、心の中で思ってるだけだもん、誰も聞いてないもん。かわいいからかわいいんだもん。誰に言い訳しているのやら。

 ヒュウヲウンは困ったような笑顔を浮かべて言う。

「まさか、あの騒ぎを起こしたのがヴァントリア様達だったなんて思いもしなかったよ」

 匿ってくれるのだから、理由は言わないといけないだろう。俺達は移動中の荷馬車の中で、ヒュウヲウンや踊り子達、オーナーに事情を話したのだ。

 奴隷達を助けようとしたが失敗してしまったことを言えば、彼女達は涙ながらに喜んだ。なぜ喜ぶのか不思議だったのだが、少し大袈裟なくらい食いついて来た彼女達の言動によってなぜ喜んだのか理解したのだ。

「協力させてください!」
「街のみんなはお客様なんです、お客様が酷い扱いをされているのを見たら悲しいんです!」
「この街に来てからもっと酷くて、ずっとどうにかできないかってオーナーにも頼み込んでいたんです!」

 けれど、踊り子のグループのオーナー、と言うだけでは、奴隷達を助ける術なんかないだろう。

 そうか、奴隷達を助けようとしたことに喜んでくれたのか。一瞬、作戦が失敗したことを喜ばれたのかと思ってしまった。

 踊り子達も奴隷制度には賛成しているのかと考えてしまったのだ。けれど、それはありえない。

 なぜなら、彼女達が涙を流して喜ぶ意味を理解できるからだ。

 幼少期に親に捨てられた者、人攫いにさらわれた者、親に売られた者など、ランシャはかつて奴隷だった人達で構成されている。

 俺の、自分勝手な人助けかと思っていたけれど、賛成してくれる人がいる、喜んでくれる人がいる、涙を流してくれる人がいる、そのことにとても安心した。



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