166 / 293
第七章
163話 酔ってらい! おらおら!
しおりを挟む兵士が逃げ出してきてからずっと、屋敷の中では大混乱が続いていた。
俺達はそんな屋敷から飛び出して、騒ぎを聞きつけて帰ろうとしていたヒュウヲウンのいる踊り子グループ、ランシャとばったりと出会った。
「匿って!」
ウォルズの声にこたえて、踊り子達が俺達を荷馬車の中に招き入れる。
荷馬車の中にいたオーナーもびっくりしていたが、ランシャの華であるヒュウヲウンに頼まれ、彼女が俺達を友人だと紹介すれば、心優しいオーナーは承諾してくれた。
オーナーはゲームでも、頼み事は断れない親切な人だと紹介される。そのせいでよく騙されてしまうキャラでもあったが。
荷馬車は屋敷から離れていく。
道中、俺達を捜索していた兵士に止められて、中を確認されたが、踊り子達の用意した衣装に変装して誤魔化し、乗り切ることができた。
自分達の泊まった宿屋――サルム酒の酒場まで送り届けられる。
踊り子達が酒を飲みたいとおねだりするので、オーナーは押し切られて承諾した。
サルムール酒、もといサルム酒を煽る美女達。どうやら酒には強いようだ。彼女達はイベントに引っ張りだこだから、お祭り騒ぎも、祭りで出るお酒も大好きなのだろう。お祭りで踊った後は、お客さんにお酒を注いで回るのも、席を一緒にして喜んでもらうのも踊り子達の仕事なのだ。美人が隣に来て喜ばないお客さんはいないだろう。
イベントからお金も出てるだろうし、お客さんを満足させることが彼女達の仕事だ。
普段は大人なお店って感じの酒場なのに、踊り子達で溢れた酒場は大変賑やかだ。常連客もランシャの突然の来店に驚いているようだが、踊り子達の美しさに目が奪われている様子だ。今では一緒に馬鹿騒ぎしている。
俺達も酒場で食事を取ることにした。
屋敷からは随分と離れているし、捜索隊が来るまでの時間はある。……これからどうするか皆と話し合わないと。その前に。
「助かったよヒュウヲウン」
右隣の席で不貞腐れているヒュウヲウンに言う。なぜ不貞腐れているかといえば、彼女はまだ未成年だからお酒が飲めない、みんなと一緒にバカ騒ぎできないから悔しいのだろう。俺も同じ気持ちだ。ちょっと悔しくて、ちょっと寂しい。
「う、ううん! 私も会えて嬉しかったから! ヴァントリア様の役に立ててすごくすごく嬉しいんだよ!」
うわぁ、久しぶりの女の子かわいい。
――ハッ、い、今の考え方はまずい! 完全に女の子には気持ち悪がられるだろうし、何より、男ばっかりが俺の周りにいることを自分で認めたみたい……ああああ。
ゲームは可愛い女キャラも沢山いるのに、どうして俺の周りは男だらけなんだろう。
俺も酒飲みたい……。
左隣の席にはジノがいる。ジノはフルーツジュースをちびちび飲んでいるが。一体今の数秒の間で何が起きたのか、ジノは顔を赤くしてフラフラァっとしている。
とたん、鋭い眼光がこちらをギロッと睨み上げた。
「ん? 何ら、何見てるらヒック」
「ジ、ジノ。まさか酔ってるのか?」
「酔ってらい! おらおら!」
酔っている、完全に酔っている。怖いから絡まないで、お願い。
まさか、嗅覚がいいから酒の匂いで酔ったとか? いやいや、酒場の宿屋に泊まっても平気だったじゃないか。
そう思いはしたが、振り返ってみて。ゲームでは可憐な筈の踊り子達ががぶがぶとお酒を食べている姿を見て、思いなおすことにした。お酒は食べるな、飲んでくれ。
イルエラは店に入ってからすぐに、踊り子達に捕まって、酒を飲まされてしまった。イケメンだからな。酒が強いのか、初めは平気そうにしていたが、今は顔を赤くしてボーッと天井を眺めている。
そんなイルエラの席の周りに、なぜ空になった瓶が大量に転がっているのか……。ど、どんだけ飲まされたんだ。
心配になって眺めていたら、そんなイルエラの肩に腕を回す男がいた。
「イルエラぁーもうギブか、まだまだだなぁ、のめのめぇー」
輝くような金髪がいつもより輝いて見える。お酒が大好きと言わんばかりに、笑顔と一緒に彼の周りの空気がキラキラと輝いている。
男はイルエラの口にぶちうっと、瓶の口を押し付けて、彼の口の中にお酒を流し込んでいく。お前がイルエラをヨレヨレにした犯人か!
イルエラは抵抗する気力もないのか、それともサルム酒の虜になったのか、口の端からお酒を零しつつも、ぐびぐびと喉を動かして与えられる酒を飲んでいく。
跳ねるように立ち上がって、イルエラに酒を与える男を止めに行く。
「ウォ、ウォルズっ! やめろ、この瓶の数を見ればイルエラがどれだけ飲んだか分かるだろ?」
ウォルズは瓶だらけの床を眺めてから、不思議そうに首を傾げる。
「んー? それ全部俺が飲んだ奴だけど。イルエラがさー、瓶が好きみたいだからー、あげたー」
この言動、以前より酔っているぞ。だって瓶が好きとか意味わからん。
「んーヴァントリアー」
「お、おい、酒臭い!」
手繰り寄せるように手を伸ばしてきて抱き寄せられる。ぎうううっと抱き締められて身動きが取れない。
「ほ、ほら、前も吐いたんだから今日はもうやめとけよ。もう介抱してやらないからな」
んー、んー、と唸って擦り寄ってくる酒臭いウォルズをやりたいようにさせていたら——力が敵わないから——ふにゃあ、と彼は腑抜けて地面にぶっ倒れる。
傍にあった瓶を抱っこして「おさけー足りない~たりなあいー」とか歌い出すから、もはや手がつけられない——と言うか関わりたくない。
ヒュウヲウンとジノのいるカウンター席にそそくさと戻って、自分もフルーツジュースを頼む。
「ヒュウヲウンも飲む?」
「私はお水でいいよ!」
——と、気遣いが嬉しかったのか、ヒュウヲウンは満面の笑みを向けてくるので安心する。仏頂面は左側だけでいい。
「でも何かお礼したいし。そうだ、食べ物とか——」
「いいよ。私今ダイエット中だから。舞踏会は中止になっちゃったけど、一週間後には参加できなかった人のための祭りがあるんだ。みんなの前に出るんだから、綺麗だって思われたいし」
「ヒュウヲウンは今のままでも充分綺麗だと思うけど……——ぐえ!」
突然左脇腹に激痛が走って、変な声を出してしまった。
「な、何するんですかジノさん」
「イルエラさんをきれいらってゆったり、その人をきれいらってゆったり、しりがるかおまえは。おしりのあなゆるゆるでいろんなやつにほられらっれうぉるずがいってら」
「意味わかんないんだけど」
尻がなんだって?
ジノはうーっと唸った後、机に突っ伏して、寝息を立て始める。落ちてしまったか。疲れたんだろうな。
よしよしと頭を撫でていれば、相手は寝ているのに、なぜか寒気がしたので手を引っ込めておく。
左隣が静かになったので、身体ごとヒュウヲウンに向き直る。久しぶりの女の子かわいい。——いいもん、心の中で思ってるだけだもん、誰も聞いてないもん。かわいいからかわいいんだもん。誰に言い訳しているのやら。
ヒュウヲウンは困ったような笑顔を浮かべて言う。
「まさか、あの騒ぎを起こしたのがヴァントリア様達だったなんて思いもしなかったよ」
匿ってくれるのだから、理由は言わないといけないだろう。俺達は移動中の荷馬車の中で、ヒュウヲウンや踊り子達、オーナーに事情を話したのだ。
奴隷達を助けようとしたが失敗してしまったことを言えば、彼女達は涙ながらに喜んだ。なぜ喜ぶのか不思議だったのだが、少し大袈裟なくらい食いついて来た彼女達の言動によってなぜ喜んだのか理解したのだ。
「協力させてください!」
「街のみんなはお客様なんです、お客様が酷い扱いをされているのを見たら悲しいんです!」
「この街に来てからもっと酷くて、ずっとどうにかできないかってオーナーにも頼み込んでいたんです!」
けれど、踊り子のグループのオーナー、と言うだけでは、奴隷達を助ける術なんかないだろう。
そうか、奴隷達を助けようとしたことに喜んでくれたのか。一瞬、作戦が失敗したことを喜ばれたのかと思ってしまった。
踊り子達も奴隷制度には賛成しているのかと考えてしまったのだ。けれど、それはありえない。
なぜなら、彼女達が涙を流して喜ぶ意味を理解できるからだ。
幼少期に親に捨てられた者、人攫いにさらわれた者、親に売られた者など、ランシャはかつて奴隷だった人達で構成されている。
俺の、自分勝手な人助けかと思っていたけれど、賛成してくれる人がいる、喜んでくれる人がいる、涙を流してくれる人がいる、そのことにとても安心した。
10
お気に入りに追加
1,952
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる