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第六章

142話 にごり

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「まず基礎の動きだけ覚えよう、その後は同じレベルのザコを倒してレベル上げだ!」

 ――と、ウォルズが言うので。俺達は42層の魔獣の森――でなくて、41層のただの森へやってきた。

 イルエラが兎みたいな生き物の耳を掴んでぶら下げて持ってくる。みーみー鳴くその子を俺の前持ってきて、「これはどうやって食べる?」――原始人か!! やめたげて!

「あ、それ美味しいよねー。魔力が額の角にあるから首落とすと身体に回らなくなって固くなるんだ。だから先に皮剥いて火を通してから」
「食ったのか!? 食ったのかウォルズ!?」

 兎を取ろうとするウォルズから庇うようにイルエラから受け取れば。

「小動物抱きしめるヴァントリア見れた。グッジョブイルエラ!」
「ブレないなお前」
「――じゃあまずはそのウサギさんで稽古しようか」
「え」
「イルエラとジノにはウサギさんを捕まえてもらう。その間に、うさぎさんを切る動きを覚えようか」
「う、ふえ」
「ん?」

 ウォ、ウォルズは心優しい勇者なんだぞ。そんな残酷なセリフ聞きたくなかった! 俺の中のウォルズ像が壊れていく……。いや、敵の返り血を浴びるような奴だけどさ。こう、爽やかな風に吹かれてキラキラ笑顔で日だまりにいるみたいなイメージがあって。今のウォルズじゃイメージには程遠いか。

「き、木とかじゃダメなのか? ほら、硬いし丁度いいかも」
「ウサギさんは朝ごはんだから。観念して」
「こ、殺せる訳ないだろ!」
「でも君がこれから相手するのは人間だ。しかも君を襲ってくるような相手なんだ。殺せないなら殺さなくたっていいよ、けど動けないぐらいの致命傷は与えなきゃ」
「……で、でも」

 はぁ、とウォルズは頭をかいて。

 俺を気遣ってか、まずは素振りから始めよう、と木の棒を持たせた。ウォルズの魔法によって、木の棒が剣の形に変わる。玩具みたいだ。

 1時間ほど経つと、休憩しよう、とウォルズがイルエラ達の方へ向かっていく。どのくらい捕まえたか聞いているらしい。

 ずっと俺とウォルズの稽古を眺めていたテイガイアが傍にやってくる。俺が自分の水筒から水を飲んで、その後、頭からかぶると、テイガイアはハンカチで俺の顔を拭った。

「服の中は?」
「うん。拭きたい」

 上着を脱ごうとすれば、じっと眺められていて居心地が悪い。

「たったこれだけの筋肉で剣を扱えるんですか?」

 確かに。木の剣じゃ軽いし。まるで空気を振っているかのようだ。本物の剣を扱うとなると違ってくるよな。

「それに……上達が早い気がしますけど」
「習わなかった訳じゃない。王宮で子供の頃少しだけ」

 ただ、本気で取り組んだことは無かった、気がする。

 だけどどうしてだろう。ウォルズに教えられた基礎の動きをすると。違和感を感じてしまう。もしかしてウォルズが地上で生まれたから型が違う?

「ねえテイガイア。ちょっと振ってみるから見ててくれないか」
「はい」

 ウォルズの動きを思い出しながら、連続して剣を振る。しかし、やはり。こうではなくて。

 素人の癖にこうじゃないなんておかしいけど。違和感が気持ち悪くて、自分のやりたいように振ってみようと思った。

 ――瞬間。

 ざわざわと胸の内から冷えた感覚がして身体が氷のように凍てついた。

「――っ」

 木の剣が地面へ落ちた音で、ハッと我に帰る――そうしてやっと気がついた。今、一瞬意識が無くなった。

「テ、テイガイア、俺」
「大丈夫ですか?」

 慌てて駆け付けたテイガイアが俺の後頭部を覗き込む。

「何?」
「覚えてないんですか? 剣がすっぽ抜けて頭に命中して」
「そ、そっか、あはは」

 は、恥ずかしい。気を失ったのはそのせいか。集中できてなかったからそんなことになったんだ、やっぱりウォルズの教えは正しい、信じないでどうするんだ。

 折角俺の強くなりたいって気持ちに答えてくれようとしているのに。

「バン様、お菓子食べませんか?」
「え?」

 そう言えば休憩中なんだった。にしても。

「買ったのか?」

 比較的大きめの木の根を見つけて腰掛ければ、白い包みを持って来てテイガイアも隣に腰掛けた。

「いえ。作りました。材料があったので」
「え」

 テイガイアは白い大きな葉にお菓子を包んでいたようで、どうぞ、と差し出してくる。

「うわ……」

 まるでクリスタルのような輝きを放つ、透明のぷよぷよした四角い菓子。既に切り分けられている。

 見たことないお菓子なのに、葉を広げた途端にむあっと鼻の中を甘い香りがいっぱいになって、食欲から逃れられなくなる。

 そう言えば、ジノとイルエラと脱出した時に貰った薬も、とても綺麗な薬だった。もしかして、料理も得意?

「あーん」
「あ、あーん……」

 手を付けなかったら、ひとつ摘んで口元に差し出された。ほんと、甘えん坊だよな。……あーんされたのは俺だから今は俺が甘えているのか?

 ――しかし、口に入れた途端、その甘露に俺は意識をドロドロに溶かされた。ドロドロに溶けて座っている根っこに吸い込まれてしまいそう。

「おいしい……」

 うっとりしていると、次を差し出されてためらい無く食べる。

「おいしい! 凄いよテイガイア……!」
「バン様のように美味しそうには作れなかったのですが」
「い、いや。こっちの方がいいよ」

 寧ろ目指さないでくれ。

 ウォルズが帰ってくるまでたわいない話をしていたら、テイガイアは真剣な声音で言った。

「ずっと聞きたいことがあったのです」
「ん?」
「バン様は……ラルフの居場所をご存知なんですか?」
「……っ」

 きっとテイガイアの中でずっと考えていたことだろう。

 ……なんて答えればいいんだ。


 ラルフは。一体どこへ消えたんだ。




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