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第伍章

117話 脳の内の炎

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 何故博士の記憶で14歳の自分に出会ってしまったかは分からないが。会えて良かったと、心からそう思った。

 湿る両頬をパンと叩いて、キッと目の前の世界を睨み付ける。

 絶対にここから抜け出してやる。博士だって救ってやる、みんなみんな助けてやる。俺は昔とは違うんだ。前世の記憶でちょっとは頑張れる筈なんだ。

 くらりと目の前が歪む——はやい、まだ夢の中のような気分だったから、アゼンの元へ戻れていないし、まだ記憶の中なのかもしれない。

 ぼやけた世界がくっきりと描かれていく。ヴァントリアはいなかったが、やけに騒がしい。

「強姦ですって……」
「嫌だわ」

 ……強姦!?

「受付の若い女の子よ。血だらけだったらしいわ、可哀想に」
「係員に発見されたらしいわ。」

 ヴァントリアの偽装工作のことか。あいつの言ってた回収って、このことだったのかな。

「元王族ですって。確か、ヴァントリア・オルテイル様だったかしら……」
「まあ。オルテイル一族なの? ウロボス一族だったらここまで問題にはならなかったのかしら。元王族とはいえ、国王様も大変なお立場ねぇ……」

 違うんだ、ヴァントリアは、ヴァントリアはそんな奴じゃ。

 ああ、もう、自分なのになんかもやもやする。

 それにしたって、どうしてまたここなんだ、とノス・イクエアの聳え立つ本棚の空間を眺める。

 コソコソと話していたご婦人達は去ってしまったが、彼女達が来た方向へ行ってみると、そこには求めていた——もう用はないが——机と椅子があった。

 男達がひそひそとある方向を訝しげに見ながら話している。

 その視線の先は、分厚い本が高く壁のように積み上げられた机の上だ。

 その隙間から覗くモサモサ頭には——見覚えがあった。

 ——テイガイア・ゾブド博士だ!

 しかもだいぶ逞しくなっている可愛くない方の! イケメン味も薄れたな。

 やっと会えたけれど、この記憶の世界じゃラルフはもう……。

 本を読み漁っているようだった博士の背後に近づいて彼の本を覗き込むと、彼が突然こちらに振り向いた。

 あれ、干渉してるまんまだった?

「バ、」

 え。

 視界の端に映る茶髪でわかっていたが、俺はまだ変装中だった。だが、すぐ近くにある顔は驚愕に震えている。

「——バン様……ッ!?」
「こらこら大声出すなよここは図書か——うわっ!?」

 あり得ない動きで振り向いて椅子から立ち上がり、すぐに両手を広げて抱き締めてくる。

「ちょ、ちょっと……っ」

 やっぱりヴァントリアって柔らかかったんだ、博士は硬くて男って感じで逞しいもんな。

 強い力で抱き竦められて抵抗も出来ずされるがままになる。

「会いたかった……」
「……そ、そうか」

 幻なんかじゃない、そう呟いたテイガイアの泣き顔を思い出してやるせない気持ちになる。

 抵抗しないでいると、やがて博士の身体が離れていく。しかし、腰に添えられた手はそのままだ。

「……テイガイア?」
「バン様……」

 それにしたってなんか様子が変な気が……そう思った時、ふと机の上にキラリと輝くそれに気が付いた。

 さ、サングラス!? もう二重人格が完全に覚醒してしまったのか!? 昔から予兆はあったが——いや、完全になるまで結構掛かったな。

 モサモサだが、隙間から覗くらんらんと輝く美しい瞳が迫ってくる。

 鼻先が擦れて、ぞわっと寒気がした————ガッと、相手の腹を蹴り上げて腰の手を支えに身体を背けて迫っていた顔を全力で拒否る。

 もう男とキスなんかしない、絶対。

「バン様……一回だけ、一回でいいんです」
「絶ッッッ対に、嫌だ!」
「…………結構傷付くもんですね」
「わ、悪い」

 スキンシップは嬉しいけど、お前のそれはやり方が違うんだ。子供の頃は純粋に可愛かったのに。色気の上がった男とそう言う事するのはちょっと……。

 それについさっき14歳の自分とキスしたばっかだし、警戒心が上がってるのかも。いいことだ。

 ルーハンは小動物だったから、ヒオゥネは悪い顔が好きだから、博士は甘えたい&マニアックで。そしてヴァントリアは女だと思えれば誰だってキス出来るってことだな。

 どうしてこうも皆キスしたがるんだ、女性向けゲームだからか? いやゲームではそんなシーンも設定もなかったよな、ちょっと距離が近くないかと思うくらいだ。だってウォルズは男だし。

 でもなんか、変な気分だなぁ。高校時代の姿を見たときにも思ったけど、あんなに小さかったテイガイアが俺の背まで抜いてるなんて。

 ……ラルフや皆のことは知ってるんだろうか。ヒオゥネの実験の後なら、俺の記憶も消されてるんじゃないかと思ってたけど、覚えていたんだな。

「やっと会えたのに、残念だ。今から友人に会う約束をしているんです」
「そうだったんだ」

 離れたくないと目が訴えてきてこちらも離れづらくなる。それにこの世界ではアゼンもいない、博士しか頼れる人がいないし。

 すると、背後から、「お待たせしました」と言う声が聞こえて、ハッとする。

 こ、この声……まさか。

「ラルフくん、すまない、今知人とばったり会って話していてね」

 ラルフ、だと?

「いえ、どうぞそのまま続けてください先輩。あ、僕はラルフ・レーライン、よろしくお願いします」

 フードを深く被って頷く。背を向けていたら逆に怪しまれるだろう。振り返り、ぎこちなく黒い手袋の手と握手する。

 ——胸の内で怒りの炎が燃えている。

 ヒオゥネ・ハイオン・ウロボス。ラルフの名を名乗って、博士を仮面に実験をしている男。

 本当にこの男は……許せない。決して許してはならない相手だ。




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