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第伍章

97話 記憶の門

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 ヒオゥネの冷たい声が響いた直後、身体が後方に引っ張られるような感覚が起きて門から弾き出される。

 元の場所に戻ってきてから、もう一度門へ入ると、再びヒオゥネと博士の会話が繰り返される。状況も距離も、仕草も、薬品の配置も全て同じだ。



『簡単に騙されるなんて——本当に貴方は醜い人だ』



 その言葉がヒオゥネから発せれたタイミングで門の前に戻される。

 なぜ話し掛けてもすり抜けてしまうんだろうか。妙にくっきりしていたし、もしかして、現実の世界か? タイムスリップが今のが現実世界に出来る門だとしたら、天井の門は記憶の部屋への門。

 ゲームでもこの設定があったなら、ウォルズがいたら簡単にクリアしてくれるんだろうけど。

 そう言えば……博士はヒオゥネのことをラルフくんと呼んでいた。博士の前ではラルフと名乗っていたのか?

 プライバシーに関わるが、天井以外のドデカイ門4つ。外に出られる鍵はここにある筈だ。

「どれにしようかな……」

 最初は一番安全そうなキラキラ輝くピンクの門にしよう。

 近付いただけで暖かな気持ちになっていく。少し暑いくらいだ。

 潜る時、毎回感じる嫌な浮遊感は不思議なくらい感じなかった。今回はふわふわとした、心地よい感覚だ。

「……? こここここ、ここ、これって」

 目の前に広がる光景を見て——絶句する。


『バン様……』
『ずっと好きでいるよ』
『私も……ずっと。貴方のことが——』

 博士が俺と瓜二つの人物を抱き締めて、すぐ顔を寄せる。

 ちょ——!?

 客観的に見たらすぐ分かる。博士の唇がヴァントリアの唇に重ねられて以前触手を扱ったみたいにヴァントリアの舌を揉みくちゃにしだしたのだ。

 まままま、ま、待って、こんなの記憶にない、こんな、こんな! やっぱりここは、記憶の世界じゃない! でも現実でも起きてない! つまり現実の世界でもないってことか?

 とにかく——ヴァントリアとのキスシーンなんておえええなんだけど!

 なんで自分で自分のキスシーンなんか見なきゃならないんだ。博士の相手がウォルズやシストが相手だったらまだ見れるかもしれないけどヴァントリアは……いやウォルズでもシストでも戸惑うけど。

 記憶にない、こんなのしてない!

 ――現実にも記憶にもないと言うことはまさか妄想か? あり得る。

 博士はセンスがズレているから、ヴァントリアを妄想の道具に使うのは変じゃないのかも。……想像上でもあんなことされてると思うとどんな顔をして会えばいいのやら。

 それとも触手による幻覚かな……

『バン様……』
『ん……テイガイア、だめだ……』

 ひえええええっ!?

 やめてくれ! それ以上気持ち悪くならないでくれ!

 博士はヴァントリアの首筋に唇を這わせると、焦っているのか乱暴に服を脱がし始め、かわいい、と連呼しながら、手をヴァントリアの下半身に伸ばした。

「ひぎゃあああああああああっもう見てらんない!」

 叫んだ途端、バリン——ッと目の前にあった空間がヒビ割れる。


 え——。

 バラバラと崩れていく記憶の中で、博士が手を伸ばす。

 先刻までいた妄想の自分は博士の前にはいない。

 ヒビの向こう側で博士の唇が動いた。

「——様」

 その世界にたった一人取り残された博士は、寂しそうに見えた。

 姿が見えなくなるまで粉々に砕け散る。引っ張られるような感覚が再び起きて、またあの部屋へ戻っていた。

 暑いくらいの心地良さが、あの空間が砕け散った途端——胸が張り裂けるような——それこそぽっかりと穴が空いたような喪失感があった。

「…………」

 次の門へ行かなくちゃならないのに、次もこんな苦しみにあわなきゃならないのかと考えると行く勇気が出ない。

 胸が苦しい。息がしづらい。

 こんな感覚初めてだ。一体俺の中で何が起きてるんだ? もしかして呪いの影響? それとも俺を見てしまったからドッペルゲンガー系の効力が発生して死に掛けてるのか?

「——こんなこと考えてる場合じゃない。博士はもっと苦しんでるんだ。俺が助けなきゃ」

 今度は古ぼけた門だ。

 近寄ると、ゾッ——と全身を悪寒が駆け抜けていく。な、なんだろう。行ってはいけないような、そんな感じがする。

 けど。

 胸の蟠りを外へ吐き出すように大きな息をつく。決心して一歩踏み出せば、急激に心臓が早鐘を打ち始めた。

 眼前にはテイガイアが幼い頃案内してくれた庭がある。

 彼のお気に入りだと言っていた池へ行けば、池の水は一滴も残らず枯れ、魚達の姿形も無くなっていた。

『自分の失態を理解しているのか』
『申し訳ありませんでした。父上』


 テイガイアの声?

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