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第五章 前編
76話 変態ですから
しおりを挟む頭の中に、永遠にキスされそうになった先刻の出来事が蘇る。唇が熱くなって、混乱して、一心不乱に叫んだ。
「や、やめろへんたい! ばかっ! 触んなっ!」
——ヒオゥネの手が止まる。
「——心外ですね……僕は変態では——」
「————……すけべっ! えっちっ! このキス魔! へんたい仮面! 変態っ子! 無表情っ子! 無理矢理っ子! くつくつ子!」
「で、ですから、変態では——」
「——むっつりすけべ! リピートちゅーのすけべぴー!」
「ぼ、僕はむっつりでもすけべでもえっちでもキス魔でもなくてですね——すけべぴーって何ですか」
「————う、うるさい! 少しも納得いかない! 自分の行動を見直してから否定しろよ! いきなりキスしてきたり脱がそうとしてきたり、ただの変態じゃないか! このへんたい!」
ぴくぴくとヒオゥネの眉毛が慄く。
「いい加減に——」
「離してって言ってるだろ! さわるなへんたい!」
——ブチッ。
そんな音が聞こえた気がして、ハッとする。何か怖くなって訳わかんなくなって色々喚いた気がする。
「ヒ、ヒオゥネ?」
「僕は変態ですからね、そのぴーぴーうるさい唇塞いでしまいましょうかね」
「ちょ、ちょ、ちょっ!?」
めちゃめちゃ間近に顔が迫ってきて、思わず叫ぶ。
「そういうところがへんたいなの!」
「……っ、キ、キスくらいいいじゃないですか。僕は貴方が好きなんですよ」
「いい訳ないだろ! お前が俺を好きでも俺はお前が好きじゃないしキスだってしたくない! き、嫌いってわけじゃないけど好きでもないから! キスもしたくない! でも無理矢理してくる! 変態の行動! 分かったか!?」
「…………分かりません。だってして欲しそうな顔してたのはヴァントリア様だし、何より抵抗だってしなかったじゃないですか。縋り付いてくるばかりで。胸を叩いて促してくるし」
「それは俺なりの抵抗だけどッ!? びっくりだよ抵抗してたらそれが誘惑と勘違いされてたなんて! ええいもう分かっただろ、俺は抵抗したくても力が及ばないの! 今だって必死に抵抗してるだろ!」
「……顔を背けているのは僕に追いかけてきて欲しいからではないのですか?」
「んなわけねえだろへんたい! 嫌そうな顔が見えないのか!」
「——その蔑むような目。……僕を誘惑しているのかと」
「どうしてそうなるんだ蔑まれて何故誘惑だと思う!? もう思考からしてへんたい!」
「変態変態うるさいですね、分かりました。僕が悪かったです。間違っていました。確かに無理矢理キスしていたなら僕は貴方にとって変態と見られても仕方ありません」
よ、良かった。分かってくれた。
ホッと息をついた途端、
唇の上に湿った感触が押し付けられた。
ちゅっと吸い付いてきて離れないそれに、目の前がチカチカとフラッシュをたく。
「んんんんんんんんんんんんんんッ————ッ!?」
——分かったって言ったのに何でキスしてくるのおおおおおおおおッ!?
柔らかい唇がやわやわと触れてきてゾワッと背筋を悪寒が走り抜ける。
離れては何度も吸い付いてくる唇を思わず抵抗の意思で噛み付くと、嬉しそうな鼻声が上がって今までより深く口付けてくる。
——唇が離れてから、近寄る前にすぐさま抗議した。
「——誘惑してないから!」
「え……でも、今僕の唇に自らキスを」
「抵抗したかったんだ、噛んだら痛いだろ、だから離れるかなって!」
「可愛らしく啄んで置いて何を言ってるのか……さっぱり分かりません。今のが誘惑じゃないなんて……考えられません」
「つーか男の誘惑に答えるなよ……俺のは決して誘惑じゃないけど」
「……確かに、変態と思われてもいいから、最後に一回くらいキスしたいって思ったのは事実ですし、こちらが悪いですけど」
だからキスしてきたと言うのかこいつは。
思わず睨み付けると、恍惚の笑みを浮かべて唇を突き出してくる。——違う!
バッと顔を背けて悲鳴を上げる。
「どうして今のが誘惑だと思うんだ! 誘惑じゃない! ふざけんなって言う意思表示だ!」
「……そうなんですね、でも、したいな」
「や、やめ——」
「——例え変態と思われても……いえ、僕は変態なので、ヴァントリア様とキスしたいです。熱い……キッスを……」
「ちょちょちょ、ま、まままま、待っ——!?」
——まさか開き直ってくるとは思わないだろ!?
「ヴァントリア様……」
「ひぎゃああああああああああああああああッ!? ウォルズ、イルエラ! ジノさまああああっ、助けてええええええええええッ!?」
必死に膝で腹を蹴り付けて抵抗するけれど、抵抗すれば擦り付けられる下半身の所為で抵抗する気も失せそうになる。
何度も擦り付いてきて気持ち悪い——っ。
「や、やめろってば! ヒ、ヒオゥネ……!」
「名前を呼んでくださるとは、恥ずかしがっているのですか、可愛いですね……」
「だから誘惑じゃないってえええええええぇっ!」
背けても背けても唇を狙ってきて、更に避けた後もちゅ、ちゅ、と頬や首筋にキスをされて、寒気の嵐だ。もう会話だけで頭が痛くなる。
服の中に忍ばせていた手が出て行って、顎を捕まえる。逃げていた顔を無理矢理自分の目の前に向けて鼻を擦り寄せてくる。
「や、やめろへんた——んっ、ふぅぅ」
叫ぼうとした途端、待ってましたと言わんばかりに舌を入れられて思わず咳き込む。
吐き出したくて口を開ければ、余計に入り込んできて口内を蹂躙した。
唇の端を垂れる唾液を啜って離れていく。満足そうな顔を呆然と見つめる。
「……もう一回」
自らの唇から垂れた涎を舌舐めずりで拭った後、その濡れた唇を押し付けようと迫られて。
——その時だった。突然ヒオゥネの手首に魔法陣が浮かび上がって、彼が動きを止めたのだ。
これはゲームでも見たことがあるぞ。前世で言う電話みたいな——魔法による遠隔の通信だ。
「…………いいところだったのに」
良くない。
荒れた息を整えていれば、離れることもなくヒオゥネが通信を開始する。
「何か用ですか……」
『君が先日寄越した資料についてだけど』
——げええええっ!? こ、この声、まさか!
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