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第四章

56話 約束しろよ

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 俺が先刻通った時の道中って、こんなにグロかったっけ。


 ウォルズはそんなことを考えながらからくりだらけの廊下を走っていた。

 角を曲がった途端、ピカッと一瞬壁に白い線が走るのが見えて、咄嗟に床を蹴って後退する。

 ——矢先、地響きを立てて屋根から落ちて来た白い壁が眼前を覆い尽くす。

 分厚い石の塊に、ゴクリと唾を飲み込む。

 ゲームでも似たような仕掛けがいくつもあり、大掛かりな仕掛けを越えた後油断していたら此の初歩的な仕掛けに引っ掛かってゲームオーバー。なんて事も何度もあった。

 だがここで油断していたら本当の意味でゲームオーバーだ。

 前世の死を経験した記憶があって生死に関しては然程興味はない。このゲームの世界に似た今世を主人公として楽しく過ごしたし満足だ。悔いはなかった。 

 でも、万に——ヴァントリアに会えて、彼が其処に存在していると言うのなら、あの子を守る為にも俺は死ぬ訳にはいかないんだ。

 直ぐ近くで何かが爆発する音がして、げ、と顔を歪ませる。

「ふふふふふ。あははははは、よく俺の前にそんな汚い色で存在出来たもんだ。でもお前の中もきっと美しい色で染め上げられているに違いないよね。それは必然だ」

 ――おっかねえ!

 セル・ウロボスはウロボスの支配層最上階のラスボスだ。ゲームでも初期からやり直した時セルと闘うことだけはいつも嫌がられる。セルと闘いたくないと言う理由だけでゲームを進めない、なんてプレイヤーも世間にはいた。

 それくらいセルは面倒で厄介なんだ。

 ウォルズは赤い薔薇を彼の目の前に投げる。セルは目を奪われ注意を逸らす、ウォルズはその隙に逃走する。

 セルに会うのが嫌なプレイヤーはアイテムに赤い薔薇を大量にストックしていることが多い。人以外は真っ白なモノしか存在しない地下都市では、白い薔薇しか咲かないのだ。

 しかしウロボスの支配層では逆で、赤い色が集められている。支配層の一角に庭園があり、そこには赤い花々が咲いており、特に薔薇がセルを足止めする効果があると攻略本でも明かさらており、素材として赤い薔薇を取りに行くのは常識だった。

 セルの弟であるルーハンの気遣いか知らないが、此の城にも赤い薔薇が高級そうな壺にぽつんと飾られている場所がある。

 ゲームでは素材として回収出来ないが、現実世界は別だ。

 ヴァントリアも白い世界に慣れてきてちょっとうんざりしてる頃かも、色のある薔薇を見たら喜ぶかも、なんてちょっとした下心で侵入中に回収して置いたんだが。

 やはり主人公だからなのか、運がいいみたいだ。ただヴァントリアに渡すことが出来ないことだけがすんごい悔しい。

 ウォルズが逃走を図ってもセルは目もくれず、地面に落ちた薔薇を拾いに行く。

 掬うように優しく取り、しかし萼片から下を毟り取ってそれは乱暴に投げ捨てる。残った薔薇を見て陶酔した表情で言った。

「美しい…………………だけど、足りないな」

 凛と咲き誇る赤い薔薇を見つめる瞳が輝きを失って行く。興味がないと言わんばかりに手を離し地面へ捨てて。

 セルはハッとする。地面に落ちた茎を見て、容赦なくブーツで踏み潰す。

「……汚い色は排除しなければ。」

 そう言って眼帯を外してから、ウォルズの後を追った。



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 風に揺れる白い枝と白い葉を暖色の明かりが照らす。白い草むらはチラチラと光を瞬かせて靡く。

 草木の自然の香りと、肌を撫でる湿っぽい感じは、ゲームでは感じられなかった感覚だった。何て気持ちいいのだろう。眼前に広がる世界は、真っ白という、色の情報量が圧倒的に少ないというのに開放感は選りすぐりだった。

 門をくぐれば、ゲームと同じ光景が広がっていた。

 ――凄い。楽しい。

 ゲームのストーリーで流れた場所はもちろん、プレイヤーとしてキャラクターを動かして訪れた場所も存在するんだ。

 この世界に行って見たいとどれほど思ったことか。

 そして、この景色を肌で感じたいと、何度夢見たことか。

 いつか皆んなで色んなところを見に行きたいなぁ。

 ジノとイルエラと話して、一旦森で隠れることにした。木の上へ隠れようとジノが提案し、俺とイルエラは承諾したが、俺が一向に登れずに二人の手を煩わせてしまった。

 イルエラの隣に座ると、彼はどこか遠くを見ていて此方を振り向く気配はない。

 いい景色でも見えるんだろうかと彼の視線の先を覗くがただの白い木と白い木と白い木である。申し訳ないがいい景色とは言えない。もっと高い木であったなら周囲を見渡せて、此の壮大な森を絶景として受け入れただろうに。

 イルエラの視線の先には思わずうっとりするような景色はなかったが、俺はその横顔に無意識に見惚れてしまっていた。じっと見つめていたら、やや彼の顔色が悪くなり始める。

「……何だ」

 そう言ってやっとこちらを見たイルエラの振り向く仕草に思わず顔が熱くなる。

 じょ、女性に人気のゲームであることが分かった気がする。流石は女性向けゲームである。

 真っ白な髪が木々と共にキラキラと輝き、その上のツノも宝石みたいに光を反射して美しい。瞳も宝石みたいだし、かっこいいし、なんか凄く絵になる。

 アクションも多く可愛らしい女性キャラも多く出るし怖い怪物とか魔獣とか亜人とか、狩りとか事件とか、女性向けにしては殺伐としていると感じていたが、やはりキャラクターは美形が多いな。男性に人気な理由は世界観やアクションだろう。そしてもちろんストーリーも素晴らしい、けれど、男性の俺でも偶にイケメンかよって突っ込みたくなるくらいの神作画だったからな。

 それが目の前で繰り広げられている。思わず顔を逸らすと、ジノが幹の向こうからジトーッと此方を覗き込んでいるではないか。

「な、何だよ……! なななな、何もしてないぞ!」
「じゃ、何で顔赤いんだよ」
「うえっ!? い、いやイルエラがかっこいいからつい!」
「はあああああ!?」

 ジノががっつり目を見開いて枝の端っこまで逃げるように後ずさる。よく座ったまま移動出来るもんだ。

「え、だってほら、かっこいいって思うだろ?」
「いや、何言ってんのかさっぱり……あ、いや! イルエラさんがかっこよくないわけじゃなくて!」
「あ、ああ……」

 景色になって蚊帳の外にされていたイルエラが眉間を抑えて呟いた。呆れていらっしゃる。

「見ろ。様になるだろ」
「何でお前は我が物顔なんだよ……」
「綺麗だろ」
「……まあ」

 ジノは恥ずかしそうにそっぽを向いて頭を掻く。ふふふ、素直じゃない奴め。

 改めてイルエラを見てみると、嫌そうな顔をされてしまった。何で。褒めたのに。

「……ヴァン。私はかっこよくなどない。私はお前を……」
「ん? かっこいいよ?」
「……あのな、お前は私を知らなさ過ぎるんだ、そもそも囚人だった私を何故解放しようなんて思ったんだ、お前は莫迦過ぎるッ、もし私ではなく他の囚人だったらどうするつもりだったんだお前は私がどんな風に見えているんだ、殺されるんじゃないかと、恐れたりしないのか……!」
「はあ……よくわかんねえけど。助けたいと思ったから助けたんだ。前も言わなかったか?」
「ああ。どうしてわからないんだ。どうして最初の質問にだけしか答えないんだ……。」
「な、なんかごめん。」

 ジノが「そいつ莫迦だから」とイルエラの質問に答えて「やはりそうか……」と頭を抱える様を見て、何か失礼なこと言われてる気がしたがもういい。お前達の中で俺は莫迦だと確定されてしまっているらしいしな、今更弁解したところで……実際頭は良くないし迷惑ばかり掛けているし。

 ウォルズにまで莫迦だと思われたくないなぁ。

「……其れにしても、ウォルズの奴遅いな。」

 不安になって木から降りようとした途端、ぐいっと腕を引かれて止められる。

「い、イルエラ……?」
「行かないでくれないか。」
「え?」
「ついていっても、お前を守れる自信がない……」

 た、確かにルーハンと渡り合えなかったし。

「べ、別に守らなくてもいいんだ、俺がただ気になってるだけだし。何よりなんか、お前の言う守るって……俺が助けたから、みたいになってるけど。俺はお前に自由に行動して欲しいから、別にずっと俺の傍にいなくたって……」

 俺が助けたことにより恩を感じて、逆に縛り付けているんじゃないかと思う。イルエラはこう言う律儀なところがあるからヴァントリアに付け込まれたのかもしれないしな。

 すると、背後から何やら不穏な空気を感じて振り返る。

 ジノさんがお怒りの様子だった。

「……お前、ほんとデリカシーない奴だな」

 それお前が言うんだ。

「ああッ!? 何か考えたか!?」

 何で考えがわかるんですか!

「イルエラさんがお前を助けたいって思うのって、お前がさっき言ってたイルエラさんを助けたいって奴と同じことだと思うんだけど」
「……そ、そうか?」

 でも、ヴァントリアを助けたいなんて思う奴はいないんじゃ。

「俺は別に……守られなくても」

 ヴァントリアは各方面から命を狙われていると言う設定が付いているんだ。……幼少期とは言わないが、誰かを傷付ける前に前世を思い出していたら、少しは変わっていたのかもしれないが。もう、手遅れだ。たくさんの人を傷付けた。そんな俺が傷付かない道を選ぶなんて。

「……まあ、ぶっちゃけ。守られる価値なんて俺にはないからな」
「は……?」

 ジノが、ぽかんと口を開けて呆ける。

「ここで待っててくれ。必ず帰ってくるから。ああ、そうだ。帰って来そうな様子がなかったら他の層に避難して——」
「——僕達がここにきた意味分かってるのか!? 態々危険を犯して迄無様なお前を笑いにきたってのか!? ふざけんなッ!!」
「え、わ、あの、ジノさん?」

 こちらの枝に飛び移って襟首を掴み上げてくる凄い剣幕のジノさんにガタガタと身体が震えてしまう。

「——僕達はお前を助けにきたんだ! 僕達の意志で……! この僕がお前に恩なんか感じると思うか!? 殺意しか沸いたことねえんだよッ!!」
「え、何それ酷い——」
「でも助けたいって思ったから来たんだよ! お、お前の息の根を止めるのは僕だからな!」
「あ、そ、そう」
「う、嘘だよ莫迦! た、たたた、助けてくれたから、助けたいし、なんか、いや、恩じゃねえけど、僕は。その」

 どうしたんだ?

 ジノはブルブルと震え出して、俯いてしまう。彼の頬から一筋日光の光が落ちていき、ぎょっとする。

「……僕は、ヴァントリアと、イルエラさんと、もっと一緒にいたい、から」

 力が抜けた様に身を預けて来て、ぐずぐずと泣き噦る。背中をさすってやろうとすると叩かれた。何でだ。

「ジ、ジノ?」
「すぐ無茶しようとするのやめろよ……約束しろよ」
「え、あう。でも、俺無茶なんかしてるつもりは」
「じゃあせめて生きようとしてくれよ!」
「な、何言って」

 俺は別に死のうとしたことなんて。

「じゃあ何で死にに行く様なことしかしないんだよ! さっきだって何が、守られる価値がないとか、ふざけるな、僕は、死んじゃったらどうしようって莫迦みたいに心配して——あああ、もう! 兎に角お前は守られてたっていいんだよ僕も守ってやるから!」
「わ、分かった分かった落ち着けって」

 ボカボカと叩かれて痛い痛い。——エスカレートしてバキバキ言ってるやめて。

 ……よく分かんないけど、ジノとイルエラは俺と一緒にいたいと思ってくれてるってことでいいのかな。それはなんか、もし誤解だったとしても嬉しいな。いや誤解だと悲しいけど。


「……ま、守られるのもいいけど、守りたい……って思ったらダメ?」
「うぐ……っ、そんな顔で見るな」
「え、何。俺どんな顔してた。」

 もしや持ち前の悪人顔で脅していたのでは。違うんだ此れはこう言う顔なんだ。

「けど、お前が守りたいなんて100年早いな。諦めろ」
「んなッ!? そんなのおかしいだろ、そ、それなら俺だって約束チャラに——」
「——ああッ!?」
「ちゃ、ちゃら、ちゃらに、ちゃらりら」
「——ああああッ!?」
「ごめんなさい冗談ですすみません。此の哀れでか弱い俺を守ってください」
「フン。何で僕がお前なんかを」

 えええええ。そのタイミングでツンデレなの、どっちなの、どう受け取ればいいの。でも此れを真に受けたら確実に剣幕がヤバいことになるのは確かだな。

 返答に困っていると、出口から何者かが飛び出して来て何やら叫び出して足元を見ていなかったのか木の根に引っかかってずっこけてゴロゴロと転がって、木の幹に打つかって仰向けになり大の字になる。

 金髪の美しい髪が白い世界ではっきりと浮いているのが分かった。さらに言えば、青い鎧は……赤い色に染まっている。さらに言えば、彼の転がって来た道にはべっとりと、引き摺られた後の様に血液がこびりついている。

「——ウォルズ!」

 爽やかな彼のイメージではない。ゲームのストーリーでボロボロになって瀕死の状態になった彼と重なって思わず、先刻制止されたばかりだと言うのに飛び降りた。



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