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序章
プロローグ
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チャイムの音で意識を呼び覚まされる。連続で鳴らされているそれに、――そう言えば、昼に宅配で荷物が届くのだった――と、思い出した。
跳ね起きて着替えようと床に散らばった服を手に取ったが、インターホンの音が止んでからいっ時が流れていたので諦めた。
足元に置き去りになった様々なモノにつっかえながら。裸足で玄関のタイルに降り立つ。
ボサボサの儘だった髪を軽く撫で付けて、少しだけマシにしようと装って。
風呂に数日入っていないことと、背後のシンクに溜まった皿やゴミ袋の山が気になったが。さっと出てさっと受け取ればいいか、と。
――扉を開けたとたん、眩い光と熱気が押し寄せた。
のそっと出てきた寝巻き姿の男に、慣れたように。宅配の配達員は薄い用紙を差し出した。片手にはA4位の薄型段ボールを持っている。
「サインお願いしま~す」
「あ、はい……」
寝巻きの男は扉を背で押さえたまま、前の壁に用紙を押し当てて殴り書きする。
その間に室内の冷気が脹脛を撫でて抜けていく感覚があった。
「ありがとうございま~す」
宅配の配達員は紙を受け取ると荷物を手渡し、もう仕事は終りました、と言わんばかりにさっさと帰っていった。
彼の仕事に対しての自分の役目を終えた後。扉を背に、自分の部屋を見て安心感を覚える。
ふう、と息を吐いてから、手の中にあるそれに思わず口角が上がる。
誰もいないからと、スキップをしながら、重宝している万年床へと戻った。
.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+
ゲーム機の電源をオンにしてカセットをセットする。カセットが飲み込まれていくその様を眺めるのも、今からゲームを始めることへのワクワクへと変わっていく。
目にはうっすらと涙が浮かぶ。
男はその喜びを噛み締めるように、言った。
「やっとだ、やっと……ここまでが長かった……」
新発売の話題のゲーム。
自分の無駄遣い生活に突如舞い込んできた大本命が、世に晒されてから半年経つ。
発売日から1ヶ月がたっても働いていない自分には買えない代物だった。
自宅で出来るタイプのバイトを増やし、外に出たくなくてネット購入しようと漁り、しかし全て完売、入荷待ち。
勇気を出して自分の城を出て電気店を虱潰しにあたったが関連商品も全て完売、入荷待ち。
帰路の廃れた書店で発見したキラキラと輝く戦利品。
それは唯の攻略本だった。しかも、前作の方の。
懐かしくて。開きたくてウズウズしたが。
ゲームを始めて世界観に触れる時までは我慢しよう、と手を止めて。開封することなく、封印した。しかし3日でその封印は解かれた。何故なら手に入れるまでの期間が果てしなく長かったからだ。
ネット上のやりとりが嫌でも目に付き、悪態を吐きながらそれを見ないように心掛けたが。いつしか気になり、目を止めてしまい、夢中になり。
やりたくて仕方がなくなり過ぎて。ネタバレになってしまう、自分がプレイする時に楽しみがなくなってしまう、禁忌の動画へ手を付けてしまう。
自分もプレイしているつもりになれるそれに。思わず。
しかし我に返り、タイトル画面と実況を耳に。冒頭が始まる寸前でウィンドウを閉じたのだ。
そんな日々から逃げるように、昔の記事に目を通した。
そのシリーズの最初の世界。始まり。入口。
軽く流し読みするだけでも、早くやりたいと心がかき立てられる。
しかし。その世界観に囚われていたのはその期間だけ。
もうほぼその感覚を忘れそうになっていた2ヶ月後にやっと。
自宅に届いて。
思わず鼻歌まで歌ってしまう。
しかし、子供の頃を思い出した様なキラキラした目で。画面を見つめても。
「……何で。起動しないんだ……」
配線にも、カセットにもゲーム機にも可笑しい処は見当たらなかった。
それでも何度やっても起動しない。
「はあっ? 何なんだよ、ああっ、もう……ふざけんなよ、意味わかんねえっ!!!」
バシバシ叩いて苛ついた後、もういい、と。取り敢えず飯食って落ち着こう、と。
電気ケトルに水を入れて、沸騰させている間にカップラーメンを用意して、箸を咥えたまま蓋をベリベリと開けて。
そのとき。
足に。
奴が。
奴の猛襲が。
イヤホンのコードに引っかかって――――
――――――――……………………
――――――――…………
――――――――…………
――――――――…………
――――――――…………
――――――――…………
――――――――…………
――――――――…………。沸騰を知らせる音色が。鳴った。
.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+
広告塔にも電気屋の窓にもその世界が存在した。
嘗て。大人も子供も夢中になった、あの世界の待望のシリーズ化。
端末一つにカセット一つ。
その世界に行く術は、それしかなかった。
今もファンが絶えない。今もその二つを手放せない人々がいる。
誰もが知るあのゲームの。
――――〝WoRLD oF SHiSUTo〟の、その先の物語――――。
ビルの大画面で。
激しい戦闘を繰り広げる主人公と、シストの名を持つキャラクター。
地下に広がる美しい世界。
あの世界へ。もう一度。
跳ね起きて着替えようと床に散らばった服を手に取ったが、インターホンの音が止んでからいっ時が流れていたので諦めた。
足元に置き去りになった様々なモノにつっかえながら。裸足で玄関のタイルに降り立つ。
ボサボサの儘だった髪を軽く撫で付けて、少しだけマシにしようと装って。
風呂に数日入っていないことと、背後のシンクに溜まった皿やゴミ袋の山が気になったが。さっと出てさっと受け取ればいいか、と。
――扉を開けたとたん、眩い光と熱気が押し寄せた。
のそっと出てきた寝巻き姿の男に、慣れたように。宅配の配達員は薄い用紙を差し出した。片手にはA4位の薄型段ボールを持っている。
「サインお願いしま~す」
「あ、はい……」
寝巻きの男は扉を背で押さえたまま、前の壁に用紙を押し当てて殴り書きする。
その間に室内の冷気が脹脛を撫でて抜けていく感覚があった。
「ありがとうございま~す」
宅配の配達員は紙を受け取ると荷物を手渡し、もう仕事は終りました、と言わんばかりにさっさと帰っていった。
彼の仕事に対しての自分の役目を終えた後。扉を背に、自分の部屋を見て安心感を覚える。
ふう、と息を吐いてから、手の中にあるそれに思わず口角が上がる。
誰もいないからと、スキップをしながら、重宝している万年床へと戻った。
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ゲーム機の電源をオンにしてカセットをセットする。カセットが飲み込まれていくその様を眺めるのも、今からゲームを始めることへのワクワクへと変わっていく。
目にはうっすらと涙が浮かぶ。
男はその喜びを噛み締めるように、言った。
「やっとだ、やっと……ここまでが長かった……」
新発売の話題のゲーム。
自分の無駄遣い生活に突如舞い込んできた大本命が、世に晒されてから半年経つ。
発売日から1ヶ月がたっても働いていない自分には買えない代物だった。
自宅で出来るタイプのバイトを増やし、外に出たくなくてネット購入しようと漁り、しかし全て完売、入荷待ち。
勇気を出して自分の城を出て電気店を虱潰しにあたったが関連商品も全て完売、入荷待ち。
帰路の廃れた書店で発見したキラキラと輝く戦利品。
それは唯の攻略本だった。しかも、前作の方の。
懐かしくて。開きたくてウズウズしたが。
ゲームを始めて世界観に触れる時までは我慢しよう、と手を止めて。開封することなく、封印した。しかし3日でその封印は解かれた。何故なら手に入れるまでの期間が果てしなく長かったからだ。
ネット上のやりとりが嫌でも目に付き、悪態を吐きながらそれを見ないように心掛けたが。いつしか気になり、目を止めてしまい、夢中になり。
やりたくて仕方がなくなり過ぎて。ネタバレになってしまう、自分がプレイする時に楽しみがなくなってしまう、禁忌の動画へ手を付けてしまう。
自分もプレイしているつもりになれるそれに。思わず。
しかし我に返り、タイトル画面と実況を耳に。冒頭が始まる寸前でウィンドウを閉じたのだ。
そんな日々から逃げるように、昔の記事に目を通した。
そのシリーズの最初の世界。始まり。入口。
軽く流し読みするだけでも、早くやりたいと心がかき立てられる。
しかし。その世界観に囚われていたのはその期間だけ。
もうほぼその感覚を忘れそうになっていた2ヶ月後にやっと。
自宅に届いて。
思わず鼻歌まで歌ってしまう。
しかし、子供の頃を思い出した様なキラキラした目で。画面を見つめても。
「……何で。起動しないんだ……」
配線にも、カセットにもゲーム機にも可笑しい処は見当たらなかった。
それでも何度やっても起動しない。
「はあっ? 何なんだよ、ああっ、もう……ふざけんなよ、意味わかんねえっ!!!」
バシバシ叩いて苛ついた後、もういい、と。取り敢えず飯食って落ち着こう、と。
電気ケトルに水を入れて、沸騰させている間にカップラーメンを用意して、箸を咥えたまま蓋をベリベリと開けて。
そのとき。
足に。
奴が。
奴の猛襲が。
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――――――――…………。沸騰を知らせる音色が。鳴った。
.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+
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嘗て。大人も子供も夢中になった、あの世界の待望のシリーズ化。
端末一つにカセット一つ。
その世界に行く術は、それしかなかった。
今もファンが絶えない。今もその二つを手放せない人々がいる。
誰もが知るあのゲームの。
――――〝WoRLD oF SHiSUTo〟の、その先の物語――――。
ビルの大画面で。
激しい戦闘を繰り広げる主人公と、シストの名を持つキャラクター。
地下に広がる美しい世界。
あの世界へ。もう一度。
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