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3話「道半ばの皇帝」

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大陸旗を背に皇帝が演説を始めると、民衆も静まり返り耳を傾けた。

「六華大陸に暮らす皆、まずは遠路はるばる第六大陸まできてくれてありがとう。思えばこの六華大陸の中心である地に皇帝として立っているのも――」

皇帝の演説は人々へのねぎらいから始まり、自身の生い立ち、大陸の歴史、式典に参加してくれたことへの礼を告げる。
 そして話題を変え、政策に対する話を始めようとした。

まさにその時。
悲劇は、静かに始まった。

「陛下、鼻……」

 小さく声を上げたのは、民衆の最前にいた初老のオークだった。
声が耳に届いたフォルテは何気なく鼻の下を触る。
 ぬるりとした感覚が指に伝わり、鉄の匂いが嗅覚を刺激する。
 察した皇帝は咄嗟に民衆へ事態を告げた。

「申し訳ない、興奮して話しすぎたかもしれんな」

 彼の軽い冗談に民衆から暖かい笑い声が上がる。
 鼻血。突然として起こったそのアクシデントに、アウラは誰よりも早く駆け寄った。

「すまないアウラ」
「いえいえ……どうされたのでしょうか」
 
 アウラは胸ポケットからハンカチを取り出すと、それを皇帝の鼻へ押し当てた。皇帝も懐から同じハンカチを出してその上に被せる。
 そしてアウラは「『キュアー』」と呟き、治癒スキルを発動する。
 軽微な鼻血程度ならこれで収まるはずだった。
 しかし鼻血は止まらず、ハンカチを朱に染めていく。
 普通の鼻血ではない。その異常に気付いたアウラは気付く。

「この出血、鼻からでは無い?」

 彼の異常を呟いたその時――全身を突き上げる衝撃が、皇帝を揺らした。
その様子を間近で見ていたアウラと従者たちは、一気に顔を青ざめさせた。

「こ、これは……!?」

 自身の肉体に起きた異常を察した皇帝。
 垂れ流される鮮血が衣装を朱色に染めていく。
 しかし時すでに遅し……運命を決定づけられた皇帝は、盛大に喀血した。

「ぐ、がっ……はっ!!?」

 その衝撃で倒れる皇帝。
 アウラは倒れたフォルテを胸に抱くと、必死の形相でスキルを発動する。

「『ボディ・ハック』!」

 『ブレイン・ハック』の肉体版。
 数秒とかからず皇帝の肉体情報がアウラの脳に流れ込む。
 しかしそれはアウラに強烈な吐き気を催させ、嗚咽させた。

 二人の元にコリュートが駆け寄る。
 彼も『キュアー』を使いながら、鬼気迫る表情で声を張り上げる。

「まさか、『王権』が……!?」
「いえ、違います……!」

 嗚咽を堪え、アウラは彼の言葉を否定する。

「陛下の……フォルテ様の身体は、な……何らかの魔術によって……内側から……内側から……ぐ、ぐしゃぐしゃに……!」

 そこまで告げると、アウラは堪えていた涙を抑えきれず、泣きながら周囲に怒鳴りつけた。

「手が空いているものは民衆の鎮静化を! 医師を呼びに行った者は何をやっているのですかっ!?」

 彼女の怒声により立ち尽くしていた従者たちも我を取り戻す。
 城下の民衆は既にパニックを起こしていた。
 このままでは城の警備も危うい。
 従者たちは守衛を引き連れ、鎮静化と避難を始める。

 コリュートも応援に向かい残されたアウラ。
彼女は冷たくなっていく皇帝を抱き、振り絞るように呼び掛ける。

「陛下……フォルテ様……っ、フォルテ様ぁっっ!」

 しかし、彼に言葉は殆ど届いていない。
 もはや彼の肉体に感覚はなく、ぼやけきったアウラの姿と、頬に落ちてくる彼女の涙が薄く感じ取れるだけだった。

(俺は、死ぬのか)

 薄れゆく意識の中、自身に降りかかった早すぎる死を悟る。
 皇帝になる以前、大陸平定のために戦場で指揮を執っていた彼にとって、死は決して自身から遠いものではなかった。

 しかし、後悔はあった。

(まだ、大陸に平和が戻っていない)

 それは皇帝としての自分を見つめなおした後悔だった。
 彼が皇帝として生きた時間はあまりにも短すぎる。
 膨らんでいく後悔が、彼にアウラの言葉を思い出させた。

――2ターンキルでは不満ですか?――

 その時は言葉を濁した彼だったが、消えかける意識の中で返答する。

(やっぱり速攻……1ターンキルが、俺はいい)

 もっと速く、もっと最小手で、最も失わずに平和を取り戻したかった。
 彼の優しき野望は、意識と共に崩れ落ちていく。

 やがて皇帝は……フォルテは、空高くから落下するような感覚を全身に浴び、意識を失った。


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