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15 謝罪

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 私の言葉を神託と受け取ったサーデット軍は、戦いを休止した。イズナス王が戦うよう指示したけれど、将軍たちは撤退を提案し、引かなかった。

 というのも、私が追放されてからの五年間に、人々の考えを変えるための下地が作られていたのだ。
 イズナス王の即位直後に、たまたま起こった水害に、ルードがまず『背景』を作った。「神が何かを我々に伝えようとしている兆し」だとして、国民の間に噂を流したのだ。
 その後、ニューバルに説得されて(かどうかは定かではないけれど)、キャシーが女王になった。キャシーが暴れたため、ルードはそれも私の追放と関連づけ、噂を作った。
 すなわち、イズナス王が即位したのは天に背く行為だったのだ、だからおかしなことが続くのだ、と。

 この考えはじわじわと周囲に伝わり、かつて私が暮らしていた王都を中心に広まった。竜騎士の私を知る人々は、心のどこかで、私が犯したという罪に疑問を感じていたからだ。
 私が帰ってきて、再び聖女として現れたことが、とどめになった。イズナス王が、アスキス王暗殺の罪を私に着せたのだと、皆が理解した。

 表立って王を糾弾できるほど、何もかもがガラリと変わったわけではない。
 けれど、人々の心は目に見えない形で少しずつ、イズナス王から離れ始めた。


 イズナス王はやがて、病気を理由に退位した。
 そして、イズナス王の従兄弟にあたるリボルグ王が、イズナス二世として即位することになった。

 ところで、私はどうしていたかというと――
 ――あの戦場を離脱した直後、砦にキャシーを戻してから食料を持ち出して砦を出奔、森の中に隠れ住んでいた。
 ものすごく怖かったのだ。
(どうしよう、本当に聖女みたいに振る舞っちゃった。鉱山のあるあの土地だって、返せばいいってもんじゃないのに。賠償金とかお金も動くよね? そういう政治的なことまるっきり無視で、勝手に何を言っちゃったの!?)
 古い炭焼き小屋の暖炉に火を焚き、背中を丸めて火かき棒火をつつきながら魂が抜けたように過ごす日々。キャシーは砦できっと戸惑っているだろうけれど、どうしても砦に戻れない。

 そこへ、ルードが訪ねてきた。

「アディリル」
「…………」
 返事をしないでいると、彼は小屋の扉を閉め、中に入ってきたようだ。私の斜め後ろ、少し離れたところに腰を下ろす気配。
「ここで、何してるんだ?」

 ずっと、彼を拒絶してきた。何か言おうとしても、聞かなかった。
 でも今、私は短く返事をする。
「火を見て、色々、思い出してる」
「……そうか」
 ルードも短く答えた。

 ――しばしの沈黙。パチパチと火の爆ぜる音だけがしている。

 何でここがわかったんだろう、と思っていると、まるで心を読んだかのように彼は言った。
「追いかけ回して、ごめん。でも君の居場所は、肩の印があるかぎりわかってしまう」
「…………」
「神官たちが待ってる。イズナス二世の即位式、聖女騎士アディリルにご臨席賜りたいと」

「今度はそのイズナス二世が、私を道具にするわけ?」
 イラッときて言うと、ルードが息を漏らすような微かな笑い声をたてた。
「イズナス二世は、御年五歳であらせられる。聖女を道具にするには十年早い。いや、もっとかな」
「え……」
「ニューバルの前の竜騎士団長が、摂政としてついて下さることになった。ここからだ」
「何、ここからって……」
「神を信じる一方で、言い訳にはしない、そういう政治にしていく第一歩ってことだよ。だから、こんなところに隠れていなくても大丈夫。砦にも閉じこもっている必要はない。君はもう罪人じゃない、自由だ」
 ルードは、静かに言った。
「アディリル。君にあんなことした男なんか、こうして側にいるのも恐ろしいだろうと思うけど、あの時のことを説明して謝りたい。やっと話すことができる」

 私も、私の冤罪を晴らした彼の話を、聞くべきだと思っていた。今なら、いくら私がカッとなっても、キャシーがいないから彼を光弾で殺さずに済む。
(でも……やっと話せるって、何?)
 彼は続ける。
「誰にも聞かれるわけにはいかなかった。でも、異界から戻ってきた君は、僕が駆けつけた時にはすでに、魔法神官たちやニューバルと一緒だった。その後も君には見張りがついていたし。……説明するのを、許してくれる?」

 私は暖炉に向き直った。火かき棒を握りながら、答える。
「……そうね。許してもいい」
「アディ……」
「ただし、条件がある」
 私はゆっくりと立ち上がると、ルードに向き直った。
 そして、手にした火かき棒の持ち手の方を、彼に差し出す。
「これで、私の肩をもう一度焼いて」

 ルードは目を見開いた。
「……アディリル?」

「罪人の烙印を上から焼いて、ただの火傷にしてよ」
 彼に大股に近づき、手に無理矢理火かき棒を握らせた。そして私はさっさと彼の前で服を脱ぎ始めた。彼はひるむ。
 下に着ていたチュニックの胸元の紐を緩め、左肩をぐいっと露出させた私は、彼に背中を向けた。
「はい。やって。そしたら、話をしよう」

 今も私に気があるようなそぶりを見せる、そんな彼を罰してやりたい気持ちと、やれるものならやってみろという気持ちと。
 私の心の中は、ドロドロしたもので渦巻いていた。
 今のままじゃ、どうしても、イトさんが言っていたような「心、ニコニコ」になんてなれない。
 唇が震えるのを、噛んで無理やり抑え込む。

「…………」
 ルードは動かない。
 私はしばらく待った。でも、ルードは私に近づこうとしない。
「寒いから、早くやっ……」
 振り向いて、私はハッとした。

 右手に火かき棒を持ったルードが、唇を噛み締めながら、涙をこぼしている。
 再会してから、どこか表情に乏しかった彼が、感情を溢れさせていた。
「……できない。できない」
 彼はきしむ声で言いながら、子どものように左の拳で涙をぬぐった。
「二度と、あんな……。君を追放してから、毎晩、眠ろうとするたび……君の悲鳴が、頭の中によみがえって」

 私は思わず一歩踏み出して、彼の言葉を遮りながら問いつめた。
「そんなに後悔するなら、何でやったの!? 私を疑ったからでしょ!?」
「君がイズナスと姦通していたなんて、僕は欠片も疑ったことなどない!」
 ルードは声を強める。
「囚われた君に会おうと奔走もしたけれど、面会は許されなかった。もちろん、アディリルはやっていないと訴えたよ。そうしたら、共犯を疑われた」
「それであっさり引いたわけ? かばって欲しかった!」
 責める私に、彼は悔しそうに顔を歪めた。
「僕だって、共犯だと思われてもいい、いっそ暴れたかった! でもそうしたらどうなる? 当時、王族の言うことは絶対だ。イズナスの一声で僕も追放され、二人とも死んで終わりだ!」
 紫の瞳には、怒りが満ち溢れている。
「そう、僕は引いた。とにかく、あの時は君の命を救うことが最優先だったからだ」
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