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Episode 19 夢現

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 寒い・・・寒くて寒くて体がガクガクと震える。

 ここは何処?

 あぁ、私の部屋だ。だけど凄く寒い。エアコンは?
 周囲を見渡すと、東京にある自分の部屋だった。あぁ、そうか。帰って来たんだ。
 ううん。もしかしたら、全部、夢だったのかもしれない。

 携帯電話を手に取って、SNSを確認する。
 友人たちの充実した日々が、たくさん溢れている。自分も楽しかった事とか、美味しいモノとか、キラキラしてるものをUPしている過去を眺める。幸せで満ち足りてる。そのはずなのに。

 だけど・・・だけど、何か、何か足りない。それがなんなのか、私には分からない。

 何かを探して確かめるように、過去のSNSを辿って行く。
 『ねぇ、何人なの?日本人?カナダ人?』
 『カナダ人て何?カナディアンって言うんじゃないの?』
 『え~どっちでもいいんじゃん?』
 『家で何語しゃべんの?』
 『将来はカナダで暮らすの?』

 ・・・うるさい。そんなの知らない。どうでもいい事ばかり。
 私は、何人なにじんなんだろう?どこにいるのが幸せなんだろう?どうしたいんだろう?別にどこでもいいし、何者でもいいし。なんなら別に、ココに居たくて居るわけでもない。
 
 Everything is going to be OK.
 全てうまくいく。
 その言葉と出会って、最初は、そんなわけない。そんなこと言う人は、余程の脳内お花畑の苦労を知らない人か、他力本願かと思った。

 でも、写真を見ていて思ったんだ。
 努力して頑張れば必ず上手く行くなんて事はない。用意周到に万全にしていれば、必ず成功するわけでもない。
 あの人の写真は、物語っていた。
 何ヵ月も準備して登山に挑んでダメだったとか、努力してもダメだった、賞をとれなかったとか、叶わないカメラマンの道とか。
 それでも、最後に必ず綴られる言葉は、Everything is going to be OK. 

 ボウッと、携帯電話の画面の光に、吸い寄せられる虫のように、目を落とす。
 Who is the most important person in your life?

 その言葉の意味。つまり、この人には、人生が素晴らしと、美しいと思わせてくれる人が存在するんだ。だから、自分は美しい写真を撮れるのだと。それは、恋人かもしれないし、我が子なのかもしれない。
 それって、なんか良いな。

 あぁ、寒い。凍えそうだよ。
 私は、家族に友人に、たくさんの人に愛されてきたのに、これほどに幸せな暮らしをしているのに、どうして満たされないの?
 カナダじゃない日本じゃない、全くの縁もゆかりもない、どこか遠くに1人で行きたいと思っていた。そこで見つけたモノが、私の本当かもしれない。そこで何か見つかるんじゃないかって。

 でも、結局私には、そんな勇気なんか、これっぽっちも無い。
 必死で手を伸ばすけど、空気をかすめるだけ。
 
 その時、
 温かくて大きな手が、私の手を掴んだ。

 そこで、目が覚めた。

 
「・・・ルナ。目が覚めたか?」

 私は、ベッドの上で仰向けに寝ていた。。
 隣には、心配そうに見下ろす、ジャンがいた。
 額には濡れたタオルが乗せられていて、それを、ジャンは取って氷の入った桶に入れて絞りなおす。コン、カラカラカラ・・・という、桶に氷が当たる、心地の良い音が響く。
 天井は、古い木で出来ていて、ここは宿屋だったと思い出す。
 窓の方を見ると、真っ暗だった。
「・・・わたし、どうしたんだっけ?」
 自分でも聞き取れないくらいの、かすれた小さい声が出た。
 ジャンは、私の背中を抱えて、上半身を起こしてくれた。そして、コップに入った水を差し出してくれた。
「ルナが入浴を終えて、入れ替わりで私が入っている間に、部屋で倒れていたんだ。だいぶ熱があったから、医師を呼んだが、旅の疲れと噛まれたショックなどで、熱が上がったのだろうと。」
 渡されたコップを口に付けたけれども、上手く飲めずに、少し胸元にこぼれる。それを、ジャンが拭き取ってくれた。だいぶ、体に力が入らない。コテンッと、抱えてくれるジャンの腕と胸に自分の体を預ける。
「まだ、体が熱いな。目が覚めたら飲ませるように、薬を貰っている」
 そう言って、おかしな臭いのする飲み物を渡される。見た感じも、真っ黒い。いや、少し紫色かも・・。

「・・・・・・飲みたくない」
「・・・確かに、鼻が、ひん曲がりそうな臭いだが、薬だ。飲め。」
 じとっと、視線を向けると、ジャンは困った顔をした。 
「ルナ。おまえが部屋で倒れていて、心臓が止まるかと思った。本当に怖かった。ずっと、苦しそうに熱にうなされているお前を見て、気が気じゃ無かった。これ以上、心配させないでくれ。・・・我慢して飲むんだ。」

 そ・・・それは本当に迷惑かけたと思う。だけど、なんだろう?なんか、バクバクと心臓が鳴り出して、恥ずかしくなる。心配させて申し訳無いのに、心配されて嬉しくもあったりして・・・。
 “怖かった”とか、なんかキュンとくる。あたし、頭おかしくなってるのかも。

 とにかく息を止めて、苦い薬を一気に飲み干す。
 うえ~!必死に飲み込んで、涙目になっている私の顔を覗き込んで、ジャンは可哀そうな人を見るような顔で、苦笑いをした。
 
 はぁ、酷い味の薬のせいか気分も悪いし、益々グラグラ眩暈がする。
 ジャンが、私の手からコップを取り上げてテーブルに戻すと、ベッドに横にさせてくれて、布団をかけてくれようとするので、その手を握る。
 ジャンは、私の目を見て首を傾げる。
「どうした?」
 なんか、いつもの倍、すっごく優しい声のジャンに甘えたくなる。
「ねぇ、一緒に寝て。」
 寒気は消えてくれなくて、冷蔵庫の中にいるようだった。
「ルナ・・・しかし」
「お願い、寒いの。寒くて死にそう。一緒に寝て。お願い。」
 朦朧とした視界の中で、眩暈のする頭で、心細い心と、寒気に負けて、必死にお願いする。
「このままじゃ、凍え死んじゃう。」
 カタカタと震える手で、ジャンの腕を引っ張り、もう片方の手で服を引っ張る。

 困った顔のままで、ジャンは布団の中に入り込む。そのまま、私は彼の体に抱きついた。
「あぁ・・・あったかぁい。」
 大きくて、温かかった。
 足が冷たかったので、ジャンの足に自分の足を絡めて必死に温めようとする。スリスリと、擦り寄って暖をとろうと必死に抱きつく。

「ル、ルナ!ちょっ・・・ま、待て!」
「良い匂い~。落ち着く~。」
 ガッチリとホールドして、抱き枕となったジャンは、身動きがとれなくなった。そんなことは、お構いなしで、私は温かさにホッとして、ウトウトと目を閉じる。

「はぁ~。大好き。」

 ポロリと、ルナの口から零れた言葉に、ジャンの心臓はドクンと跳ね上がった。
 睡魔に襲われながら、ルナは、夢うつつの中で言った。 

「ずっと、傍にいてね・・・」  
 
 その言葉を聞いて、ジャンは、そうっとルナを抱きしめて、目を閉じた。

 そして、ルナが眠ったのを確認してから、コツンと、おでことおでこを、くっつけた。

  





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