君の矛先

月野さと

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第19話 その後

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 崖の上で、泣き崩れて動かないレオノーラを抱き上げて、帰ろうとした。しかし、レオノーラは拒否して暴れたので、日が昇るのを待った。

 空が明るくなり始めた頃、レオノーラは、崖の下を探し回った。それ以上に困ったのは、海に飛び込んで、海の中を探そうとしたことだった。手が付けられぬ状態で、苦戦した後、飲み物に睡眠薬を入れて眠らせて、ラッセル伯爵邸へと真っ直ぐ向かった。
 


 エドワードが城に戻ると、フィリックスがペテン師のように全てを処理していた。
 一連の事件を引き起こしたのは、亡くなった王妃が絡んでいて凶悪犯は司教であるとし、王妃と共に死亡して幕を閉じた事になっていた。無理やりすぎる・・・。一方、皇太子の力で、レオノーラの数々の失態も、皇太子の指示でスパイをしていただけと良いように説明され、全て無かったことに隠ぺいされた。そのおかげで、ラッセル伯爵家は御咎め無しとなり、以前のような生活が送れることになった。

 王妃様の葬儀が終わって、国中が喪に服し始めた数日後。
 
 フィリックスは、コーヒーを片手に言った。
「聞いたよ。1週間も部屋から出てこないそうじゃないか。」

 エドワードと、レオノーラの兄アイギルは、皇太子の執務室に居た。
「はい。父の伯爵が謹慎処分にしたのですが、妹はベッドからも出てこないどころか、食事もとらずで困り果ててます。」
「そうか。」と言って、窓の外に目を移す。
「あの後、アルフォンス兄上を捜索してくれたそうじゃないか。見つからなかったそうだけど。」
 それには、エドワードが答える。
「・・・はい。崖の下や周辺を捜索しましたが、何も見つかりませんでした。」
 200メートルある崖の上から落ちたのだ。助かるはずもないけれど。数日間、何度も捜索や聞き込みをしたが、何も得られなかった。遺体すらあがらなかったのは、潮の流れの早い場所だったことも関係するのだろう。

 フィリックスは、少し茶化すように言った。
「レオノーラには、あれから会っていないの?婚約の書類も届いてないけど?」
 チラリと、皇太子を見てから答える。
「今は。気持ちの整理がつかないでしょうから。」
「・・・そうだね。」
 
 フィリックスは溜息をついて、窓の外を見ながら言った。
「何もかもを奪われた兄上が、たった1つだけ手にしたものは・・・彼女だったのかもしれないね。」

 窓から差し込む日光が、フィリックスを包み込む。

「エドワード、私はね、レオノーラに感謝すらしているよ。残酷な運命を強いられた、仮にも血を分けた兄を・・守ってくれた。私の、この手で殺さずに済んだんだ。」


 レオノーラの事は、8歳の頃から知っている。
 よく理解しているつもりだった。

 野山育ちで身体能力の高かったあいつに、剣術を教え込んだのは俺だ。だから解るんだ。あの時のレオノーラの剣は、今までに見たことが無い程の本気さとキレがあった。あの時のあいつは、アルフォンス王子のこと以外に、何も見えていなかった。
 物事を冷静に考える能力を持ちながら、あの時の彼女は、先の事を考えていなかった。

 そうなんだ。

 ただ捨て身で、その身を全てかけて、アルフォンス王子を守ろうとしていた。
 
 それに比べて、王子の方は、最初から死を望んでいるかのようだった。
 王妃を殺害した後も、レオノーラの立場を守るために、彼女を人質にしたのが解った。
 崖から飛び降りたのも、彼女の為だったのだろう。

 レオノーラは、状況が悪化していくことに追い込まれて行き、アルフォンス王子の考えが変わらないことに気が付いていたし、焦りがあった。それでも、あいつは1人で守ろうとしたんだ。

 レオノーラが誰かに盾突くときは、いつも情だ。
 その優しさや愛情が、刃となってしまう。
 
 その矛先を向けられたら、俺は、おまえに剣を向けるなんてできない。

 だけど、あの男には渡したくない。そう思った。
 あいつが、どんなに命をかけて守りたいと言っても、あの男を愛しているのだとしても。あの男にだけは、譲りたくなかった。
 俺は、どんなに無様であろうと、共に生きようと思うからだ。

 
 いや、もしかすると、本当に彼女の言うように、ただ、生きていて欲しかっただけ。なのかもしれない。切り離せない兄妹のような感覚に近かったのかもしれない。
 
 いや、
 俺自身・・・そう、思いたいだけかもしれない。 

「・・・」
 いずれにしてもだ。気持ちの整理には時間がかかるだろう。

 はぁ。嫌な役回りだ。

「あ、そうだ。これ、レオノーラに渡してくれる?」
 フィリックス皇太子は、エドワードに手渡して、ニコリと笑う。
 それを見て、エドワードの表情は更に曇る。

 はぁ、なんて嫌な役回りだ。
 ただ、耐える。ただ、待つというのも、限界があるというのに。結局は、彼女の気持ちを考えれば、待つしかできない。これが惚れた弱みというものなんだろう。




 執務室を出て、暫く歩くと、レオノーラの兄・アイギルが言った。
「なぁ、エドワード。おまえは、本当にいいやつで優しいやつだ。」
 ドン!とアイギルに背中を押される。
「?」
「たまには、相手の気持ちなんか考えるな。」
 アイギルが、書類を取り出して、エドワードにヒラヒラと見せつける。
「これを提出すれば、お前とレオノーラの婚約成立だ。」
「しかし、それでは、レオノーラは・・・。」
「そんなに大事なら、もう手放すなよ。」
 険しい表情で、アイギルは言う。
「エドワード、俺はもう限界だ!あいつがしたことは、お前に対する裏切りだぞ!俺なら絶対に許せない。でも、お前は、そうやってあいつを待ってる!子供の頃からそうだ。レオノーラは優しすぎるお前に甘えてばかりで、身勝手過ぎる!エドワード、もう、あいつの気持ちなんて考えるなよ!」

 アイギルもまた、真っ直ぐな男だった。
 その大きな強い光のある目は、やはり兄妹なだけあって、レオノーラに似ていた。

「・・・違います。」
 レオノーラの立場は、決して強い物ではない。俺がその気になれば、いつだって、自分のモノにできたのだろう。しかし、俺が欲しいのは、彼女の心だ。

 彼女の、愛情の深さを知っている。
 あんな境遇の、大好きだった幼馴染を、必死に助けるに決まっている。見捨てられるわけがなかったんだ。

 理屈なんかじゃないんだ。
 それが、あいつなんだ。

 義理堅い彼女なら、婚約さえしていれば、恋人になっていれば、きっと、もう少し踏みとどまってくれたかもしれない。しかし・・・すれ違ってしまったのだ。お互いに、想いを伝えた時に、想いを返せなかった。結局、恋人でも婚約者でもなく、ここまで来てしまった。

 いや、本当にあの王子を愛しているのだとしても、2人の出会いの方が先で、結婚の約束までしていた仲だ。


 それでも、レオノーラが好きなんだ。
 それでも、彼女の心が欲しい。

「結局、俺は、あいつを愛している。」


 傷つけられても、傍に居たいほどに。







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