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王国の秘密

王国の秘密

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 ドラゴンは静かにラシルの傍に寄り添ったまま、子供ドラゴンはラシルの肩に乗っている。
「ひ、ひっ……」
 リリアナ姫は、恐怖に真っ青な顔を引きつらせて、それでも腰が抜けたのか立ち上がれないようだった。しかしそれ以上の面倒は見れそうにない。抱き起こすことすらラシルにもアシュランにも無理だ。
「だ、誰か……!!」
 必死の形相で叫ぶと、ようやくわらわらと森の奥から彼女の従者たちが出てきた。巨大な体を何人がかりかで持ち上げ輿に乗せようとするが、なかなかうまくいかない。
「――――…もうよい」
 ふっと、リリアナ姫の顔が変わった。
 腰を抜かしていた筈なのに、静かにすっと立ち上がり、にやりと笑みを浮かべたのだ。
「ふ、ふふふ。やはり噂は本当だったね。王国ヴィダルの森の中には―――ドラゴンが棲息しているってね」
 言いながら剣を振りかざしてドラゴンをまっすぐに狙った。
「な、何を…するんですか…!!」
 ラシルが慌ててドラゴンを庇う体勢になるが、姫からの距離では届く筈もない。なのに何だろう、この余裕は。
 姿かたちは何も変わらないのに、まったく違う人のようになってしまったリリアナ姫は、その巨体からは想像もつかない速さで走り出して、ドラゴンに剣を振り下ろした。
 きん、と鋭い金属音が響いて、剣は高く舞い上がった。
「アシュラン様!」
 そこには、自分の剣を抜き放ちリリアナ姫の剣を止めたアシュランが立っていた。
「……お前は誰だ」
 いつもの軽い口調とは違う、明らかに怒りを孕んだ声はラシルも聞いたことがない。
「正体を現せ。お前はリリアナ姫ではないだろう――――オークの魔女」
「知ってたのかい……女好きの軽い王子という噂はデマだったようだね」
 確かに感心したように軽く微笑んで見せたリリアナ姫、の形をした誰かは――アシュランに弾かれてくるくると落ちてきた剣を受け止め―――。 
 その時にはもう、剣であったものが――――――明るい茶色の杖に変わっている。あれは――オークの杖か。
「…オークの魔女」
 その名はラシルも聞いたことがあった。ルート・オブ・アッシュと対極をなす位置に住む、偉大な魔女ドリーのことだ。
「初めからドラゴンが目的だったのか」
「そういうこと。あんたたちには何の恨みもないけど、そのドラゴンは貰っていくよ。何せドラゴンが守る国は千年の栄華を誇るって、世界中が狙ってるからね」
 アシュランは毅然と言い返した。
「言っておくが、王国ヴィダルの永きに渡る平和はドラゴンの恩恵だけではない。国民が皆争いを好まぬ温厚な性質であるからこそだ。お前たちのように邪魔するものさえいなければな!」
 アシュランは言いながら既に剣をドリーに向け、再び杖を振り払って落とすと、その巨大な腹に突き刺した。
「ぎゃあ!!」
「…ああ!」
 ラシルは慌てた。まさかアシュランが人を傷つけるなんて思ってもいなかったからだ。でも本当に戦わなければいけないのなら、ラシルの考えは甘いのだろうか。
 すると、リリアナ姫の体が大きく膨らみ――――パン! と弾けた。
 まるで、風船のように。
 弾けた体は紙吹雪のようにはらはらと舞う、ただの色紙のようになった。
 くすくすと笑う声だけが残って。
「…なんと無粋な…女性に剣を向けるとは」
 そこには。
 リリアナ姫とはまったく別の、美しい女が立っていた。
 魔女の証である黒いベロアのドレスに、先が長く尖った三角の帽子。ぱっと見二十代後半というところだが、魔女の年齢はきっと見た目とは違うだろう。金髪に青い瞳。背は高くすらりと細く、にも関わらず胸元は随分と前にせり出していて、あのドレスはきっと特注だろう、とラシルは思った。
 いろいろな意味で師匠とは対極の、妖艶な魔女だ。
「あなたが普通の女性であれば、こんなことはしませんよ」
 魔女に対して敬意を表するつもりか、アシュランの口調が丁寧になった。或いは、リリアナ姫の姿だったからこそ、好機とばかり強気に出たかったのか。それは否定できない、とラシルは思った。基本アシュランは紳士的である。
「そう簡単に刃にかかるような方ではないでしょう?」
 揶揄するように微笑まれて、ドリーはふふっと笑った。
(わー、色っぽーい)
 お師匠様とは全然違うー、と思わず見とれてラシルははっと我に返った。
 他の魔女に見とれたなんてばれたら師匠がどれだけ拗ねることか。
「あらぁ、やっぱりいい男ねぇ。さすがに、リリアナ姫にはもったいないわね」
「そういっていただけると助かりますよ」
 アシュランの口からは思い切り本音が吐き出されたが。
 ドリーのその言葉は、ドラゴン捕獲が隣国メデルの依頼だと暗に告げている。そしてアシュランは、大体のところを理解しているということも。  
 一体全体どういうことだ。ラシル一人がぼんやりと見ているしかできないなんて。
 その気持ちを察したのか、肩に乗った子供ドラゴンが慰めるように頬に擦り寄り、親ドラゴンもラシルに身を寄せた。
「…大丈夫って言いたいの? …ありがとう」
 何故だか、彼らの言葉がわかるような気がした。
「美しい王子に免じて手を引くというわけにはいかないのがつらいところよ、あたしもね」
「つらいと思っているようには見えませんが」
 にこやかに会話をしつつ、目に見えない火花が散っている。
「とにかく、ドラゴンを連れて帰るから!」
 ドリーは杖を振りかざした。
 ばりばり、と小さな雷が杖の先から出たかと思うと、しゅっと巨大な網が広がり親ドラゴンと子供ドラゴンを一度に掬い上げた。
「きゅうっ!!」
「きゅー!!」
「何するんですか!!」
 ラシルは叫んだが為す術がない。
 宙に吊り上げられた形になったドラゴンたちもまた、為す術もなく悲鳴を上げている。
「随分卑怯な真似をするんですね」
 アシュランはかなり怒っている。それはそうだ、ドラゴンは実は森の守り主で―――アシュランはこの国の次の王だ。
 そこまで考えてはっとした。
 ラシルは初めドラゴン退治を目的にやってきた。それを聞いたアシュランは、どんな気持ちだったんだろう。ラシルもまたドリーと同類ではないのか。
「手段は選ばないのよ、魔女っていうのは。ねぇ? 魔法が使えないお嬢さん」
 ラシルの方を意味ありげに見て、杖を持ち上げた。
「それ。迷惑だから壊すわよ」
 そう言ってラシルの胸元のペンダント―――さっき吹いた笛を狙った。
「本人じゃなきゃ使えないなんて、ほんと迷惑」
 ぴり、と小さな雷が起きる。
 まっすぐにラシルのペンダントを目指して、しゅるしゅると走る電流。
 ラシルは咄嗟に笛を庇ったが、それが正しいことなのかどうかはわからなかった。笛を守れてもラシルの両手が無事では済まない。
 しかし。
「はい、そこまでよ」
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