上 下
14 / 31
王国ヴィダルの軽薄王子

王国ヴィダルの軽薄王子4

しおりを挟む

 食後のコーヒーをゆったりと飲みながら、アシュランはラシルに告げた。
「提案なんだけどさ、どうせドラゴンを退治しなきゃいけないのなら、このまま森にいればいいんじゃない?」
「は? 何でですか?」
「だって城まで行っても父上と話をしたらまた戻ってこなきゃいけないわけでしょ? 二度手間だと思うけど」
 その言葉の裏には、門まで辿り着くのにラシルの足ではどれほど大変かという含みがある。そのくらいはラシルにもわかる。
「でも、王様にお逢いしてご挨拶しないわけにはいきません」
 正式な依頼を受けた者として、王城に向かうのは当然の礼儀だ。
 でも、アシュランはあっさり流した。
「ああ、それは大丈夫。誰かに行ってもらうから」
 さらっと言って森の中のどこというでもない場所を指差す。
 だから! そういう問題じゃない! とは思うが以下略。
「それに、父上は大雑把だから、そういう形式ばった面倒なことは好きじゃないから、大丈夫」
 何が大丈夫なのかさっぱりわからないが、ふと閃いてラシルは問いかけた。
「……それって、わたしのためだけでもないですよねぇ?」
 ラシルにしては勘が働いたというべきか。アシュランは世の中の女性が黄色い悲鳴を上げそうな笑顔で頷いた。
「察しがいいね。俺もいつまで家出してなきゃいけないかわからないし、見習いとはいえ魔女と一緒にいられたら安心だなぁって。いくら家臣がいてくれても野生動物とか怖いし、ましてやドラゴンがいるなら尚更ね」
「……」
 アシュランの言いたいことが見えてきてラシルは背中に冷たい汗をかき始めた。ええっと、それはつまり。
「何かあっても魔法を使える魔女がいるなんて、心強いよね!」
 初めに隠した罰なのか。アシュランの言葉には屈託がなく、ラシルはどうすれば切り抜けられるのか考えもつかない。悩んだ挙句、別のところから踏み込んでみた。
「……あのぅ、王子様はいずれ家出はやめるつもりなんですか?」
「もちろん」
「お城に帰るってことですか?」
「もちろん」
 にこやかに当たり前のように答えられるとどうしていいやら。
「…勘当されてるかも、と仰いませんでしたっけ?」
「言ったね」
「…じゃあ、どうして」
 帰れるんですか? という無言の問いはあっさりと回答された。
「要するにあれだよ、勘当したっていう言い訳でもって、例の姫君の縁談を父上が断ってくれたら、大手を振って帰れるだろう? ってこと」
「―――……そういうの、ありなんですか?」
 疑惑の目を向けたラシルに、アシュランはちょっとだけ困った笑顔になった。
「ありだね。だって俺は一人しかいない貴重な跡継ぎだから。余程のことがなければ本当に勘当なんてできないし…父上だけじゃなく国中に必要とされてるってことだよ」
 それは嬉しいことなのか、ラシルにはわからなかった。人は誰でも誰かに必要とされたいものだが、王子とは国のため、血を繋ぐための存在なのか。
 それは何だかさみしい、と思った。
「……王子様は、ご自分で好きになった女性とか、いなかったんですか?」
 ロマンスノベルでは身分違いの恋も珍しくない。みんな様々な障害を乗り越えて幸せになっている。
 でも、ラシルの何気ない言葉は、きっとアシュランを傷つけた。
 アシュランは、どこか遠くを見る目になったが、アシュランの年齢を考えれば、それはそんなに遠い過去ではない筈だ。
「…何人かいたけど、みんな田舎の純粋な娘さんだったからさぁ…俺の身分がわかると身を引いたり身内が命乞いをしてきたり、家族ぐるみで夜逃げした、なんてこともあったね」
 取って食ったりしないのにね、と苦笑する。
「……」
 王子の身分にこそ目の色を変える貴族の娘たちとは違う、そんな女性にこそアシュランは惹かれ、でもだからこそそんな女の子には王子という身分は重すぎたのだろう。
 ラシルは自分が話題を振ったにも関わらず、アシュランの過去に少し胸が痛み、その理由に悩み、そしてそれはロマンスノベルのようにうまくはいかない現実に憤ったからだと結論付けた。
「……好きな人と結婚できないなんて、そんなの酷い…!」
 言いながら、ぼろぼろと大粒の涙が零れていた。
「ラ、ラシル?」
「王子様…可哀想…!」
 ラシルの涙は一向に止まらず、曇ってしまった眼鏡を外した。
(あ…)
 アシュランは固まってしまった。
 平常であれば同情されるなんてまっぴらだ、と思う筈なのに、ラシルの言葉には素直な気持ちがこもっていて純粋に嬉しかった。
 それに何より。
 ラシルはきっと知らないのだろう。その不恰好で不自然な眼鏡を外したら、自分がどんなに――――美少女なのかということを。
 昨日も見合いの理不尽さに怒ってくれたラシルが、すごく、すごく可愛いと思う。
 だから。
「ラシル、泣かないで。まるで俺が泣かせたみたいじゃないか」
「だって…!」
 向かい合ったテーブルの椅子から立ち上がり、ラシルの傍へ回り込む。泣いたまま、近づいてきたアシュランに気づき何気なく顔を上げたラシルの涙を拭いながら頬を撫で、そのまま唇を―――――重ねようとした。
 その時。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...