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王国ヴィダルの軽薄王子
王国ヴィダルの軽薄王子
しおりを挟む王子という身分でたまに付き合っている近衛騎士団の訓練を終えると、アシュランはその日珍しく王に呼び出された。
「アシュラン王子、陛下がお呼びです」
「え? 珍しいな、父上が俺を呼び出すなんて」
一番の側近にとぼけたように言ってみせると、彼もまた小さく微笑んだ。
「あれじゃないですか? またお見合いの話」
「あー、そうか。有り得るなぁ」
アシュラン王子は現在十九歳。そろそろ妃を持っておかしくない。それでなくても一人息子で王には王女もいないのだから、早く妃を迎え世継ぎを、というのは王としては自然な願いであろうし国としても重大な問題である。
「面倒だなぁ…お嫁さんなんて来ちゃったら遊べないじゃない。ねぇ?」
「そういうことを仰るから国の者が皆、あなたをチャラ王子とか言うんですよ?」
巷でまことしやかに流れる噂話を、アシュラン本人も知らないわけではない。
「言いたい人には言わせておけばいいんじゃない? 遊ぶのは好きだしね。可愛い女の子も大好きだし」
悪びれた様子もない。
側近は呆れたように肩を竦めた。半ば諦めている。
「王子が気になさらなければ結構ですが。陛下もそのような瑣末なことは気にされないでしょうし」
「うん、理解のある王でよかったよね」
と、どこまでも他人事のようなアシュランだった。
執務室の前に立つとドアをノックする。
「父上、アシュランです」
「おう、入れ」
ざっくばらんな口調の王の声が聞こえ、アシュランはドアを開けて中へ入った。側近は外で待機だ。
「父上、何か用ですか」
「お前は本当にあっさりしてるな。もう少し何とかならんのか」
父としても息子は可愛いので構ってほしいことを言外に訴えているが、アシュランはいつもそっけない。
「はあ…でも俺ももういい年なんで、あまり子供扱いされても困ります」
当然のように突き放すと王はむぅ、とむくれた。正論なだけに反論できない。気を取り直したように引き出しの中から本のようなものを取り出した。―――例の肖像画の装丁のようだ。
「あー…やっぱりお見合いの話ですか?」
「やっぱりとは何だ、こんな辺境に来てくれる妃を探すのは大変なんだぞ」
とにかく見てみろ、と乱暴に差し出す。
「…そうかもしれませんけど、俺だって誰でもいいというわけでは……」
渋々といった体で表紙を開いて、アシュランは目を見開いた。
問いかける視線で王を見る。
王も慎重に口を開いた。
「…これには理由がある」
聞くだろう? という無言の問いに、アシュランは珍しく真面目な顔をして頷いた。
*
しばらくして王の執務室を出てきたアシュランは、側近ににっこりと微笑んだ。
「待たせたね」
いつもより少し長かった気がするのは、気のせいだろうか。
「お話は終わられたんですか」
「うん、終わったよ。それでね、ベルナール」
今日のおやつは何かなぁと、その後に続きそうな話し振りで側近の名を呼ぶ。
「何でしょう」
「俺は、家出することにしたよ」
たっぷり一分は沈黙していたかもしれない。終始笑顔のアシュランと何とも言えない表情で眉を歪ませているベルナール。
やがて、意を決したように問いかけた。
「――――――――……はあ?」
それは問いにすらなってはいなかったが。
側近たるもの主人の命には絶対服従、などと思っているわけではない。むしろ主人が道を踏み外しそうな時にこそ手綱を取る役だと思っている。
だから、優秀な側近であるベルナールは、痛む頭を抑えながら、小さく声を振り絞った。
「…もちろん、理由をお聞かせ願えますよね?」
やだなあ、当たり前だろ? とアシュランの苦笑に、あまり信用できません、と冷酷に告げた。
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