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vol.34・僕の心に雨が降る
しおりを挟む乾いた星に雨の音がする。
都市を覆うドームの屋根から霧のような水滴を撒く、「梅雨」の季節がやってきた。
この星の人間が生息するいくつかの大地は乾燥が激しく、時折このような時期があるのだが、かと言ってきれいな水は貴重なので徹底的に管理されている。
「おはようございます、エディ。今日の予定は?」
僕が起きた気配を察知して、家の中をすべて管理するスマートシステムのスピーカーが起動した。
「おはよう、マリア。今日は「雨」だからお休みにするよ」
「わかりました。いいですね、風情があって」
ふふ、と器用に音にならない声を漏らして、マリアがモニターで微笑む。
人間みたいだ、などと誰も思わない。
「それ」が殆どの家に常設されて久しいし、もはや家族の一員のようなものだから、疑問や違和感を覚えるのは大体、この星で生まれていない者だ。
僕みたいに。
いわゆる「来訪者」と呼ばれる宇宙漂流者が、この星にはとても多い。
何らかの原因で引き寄せられるようなのだが解明されていない。
この星はとても科学技術が発達しているけれど、星の外には興味がないらしく宇宙に出る技術はないらしい。物理的に不可能なわけではなく開発する気がないということだ。
住んでみれば確かにわかる。
ここは、とても平和だから。
そぼ降る今日の霧雨のように、静かで心穏やかな日々。「来訪者」のケアは万全で手厚く永住が保証されている。けれどほかの来訪者には逢ったことがなく、僕の出身や過去についてもまったく追求されない。
つまり、過去は忘れて二度とこの星から出ないでくれ、と言われているようなものだ。
戦争のごたごたに紛れて脱出した民間船が遭難して、救命ポッドでこの星に辿り着いた。同じ船に乗っていた家族や仲間は誰も辿り着けなかったらしい。
それからずっとひとりだ。
言葉は内耳に埋め込まれた自動翻訳装置で困らないし、住居も仕事も紹介してもらい、希望すれば働かなくても最低限の生活を維持できる年金を受け取ることもできる。
豊かな星だな、と今日みたいな「雨」の日は言葉にできない思いが、どうしようもない思いが胸に留まって消えないでいる。
それが嫌ではない。
この気持ちは、ずっと持っていようと心に決めている。
「エディ、お茶でも入れましょうか?」
妻と同じ名をつけたマリアがやわらかく声をかけてくれる。モニターのアバターも声も記憶の限り妻に似せた。
「ありがとう、いただくよ」
争いばかりの母星に帰りたいとは思わない。今の環境に心から感謝している。
ただ、君がここにいたら。
今日はきっと、ずっと、僕の心にも雨が降っている。
Fin
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