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Vol.7・はじまりの日
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早送りの映像みたいに足早に過ぎ去る都会の人たちを、ナミは途方に暮れながら眺めていた。
高校を出て田舎で就職したけれど都会への憧れが消えず、思い切って東京に出てきたものの、修学旅行以来の東京は異世界みたいに眩しくて、或いは雑然として、誰もが急ぎ足で通り過ぎる。
早朝に新宿で止まる夜行バスに乗って、新宿駅で従兄弟が待ってくれている筈だったのだが。
『ナミ、ごめん! どうしても抜けられない授業が入ってたの忘れてた!』
着いたとメールを入れると、折り返し電話がかかってきた。
『親父もお袋も仕事だし、俺の友達が代わりに行ってくれるから、バス乗り場で待ってろよ』
『え、でもシュウちゃん、ナミもう駅の方に歩いてるよ。バス乗り場、今から引き返すのは無理! 迷う!』
それだけが問題じゃない。ナミは慌てる。
『それに、シュウちゃんの友達なんて、嫌だよ、知らない人だし…!』
ただでさえ田舎育ちで人見知り。都会の洒落た大学生なんて、未知の生き物みたいだ。
焦る声にシュウちゃんは、ちょっと笑ったみたいだった。
『大丈夫、お前も知ってる奴だから。コウヘイ、去年の夏、一緒に行ったろ?』
どきん、と胸が鳴った。
『じゃあ、そこからだったら新宿駅の西口、小田急の前で待ってろよ。デパートの看板、わかる?』
人の流れに沿って、何となくあっちが駅のようだと向かっていった先には大きなデパートらしき建物がいくつもある。どこからどこまで一つの建物なのか判然としないデパートを見上げて、目を皿のようにしてやっと小田急の文字を見つけた。
『うん、わかった、と思う』
『じゃあ、もう向かってるから、そんな時間かからないと思うから』
と言って電話はぷつりと切れた。急いでいたようだ。
ナミは急にどきどきしてきた。知らない街に出てきた緊張とは違う、別の緊張だ。
去年の夏、シュウちゃんとコウヘイは親戚の海の家を手伝いにやってきた。バイト半分遊び半分で、同い年のナミも誘われて泳いだりバーベキューや花火と、楽しく過ごした。
ちょっとチャラいシュウちゃんと比べるとコウヘイは落ち着いてて、でも東京の人らしい垢抜けた感じが新鮮で、田舎の少女にはありがちだけど、ときめいてしまった。
東京に行きたいと思うようになったのも、また逢えたら、という気持ちがなかったといえば嘘になる。
(でも、こんなに早く逢えるなんて)
俯いて思い出をかみしめていると、やさしい声が聞こえた。
「ああ、いたいた。ナミちゃん?」
少し髪が伸びたコウヘイが目の前で笑っている。ナミは泣きそうになったけど、必死で堪えた。
新しい日々の始まりに、一番の笑顔を見せられるように。
Fin
高校を出て田舎で就職したけれど都会への憧れが消えず、思い切って東京に出てきたものの、修学旅行以来の東京は異世界みたいに眩しくて、或いは雑然として、誰もが急ぎ足で通り過ぎる。
早朝に新宿で止まる夜行バスに乗って、新宿駅で従兄弟が待ってくれている筈だったのだが。
『ナミ、ごめん! どうしても抜けられない授業が入ってたの忘れてた!』
着いたとメールを入れると、折り返し電話がかかってきた。
『親父もお袋も仕事だし、俺の友達が代わりに行ってくれるから、バス乗り場で待ってろよ』
『え、でもシュウちゃん、ナミもう駅の方に歩いてるよ。バス乗り場、今から引き返すのは無理! 迷う!』
それだけが問題じゃない。ナミは慌てる。
『それに、シュウちゃんの友達なんて、嫌だよ、知らない人だし…!』
ただでさえ田舎育ちで人見知り。都会の洒落た大学生なんて、未知の生き物みたいだ。
焦る声にシュウちゃんは、ちょっと笑ったみたいだった。
『大丈夫、お前も知ってる奴だから。コウヘイ、去年の夏、一緒に行ったろ?』
どきん、と胸が鳴った。
『じゃあ、そこからだったら新宿駅の西口、小田急の前で待ってろよ。デパートの看板、わかる?』
人の流れに沿って、何となくあっちが駅のようだと向かっていった先には大きなデパートらしき建物がいくつもある。どこからどこまで一つの建物なのか判然としないデパートを見上げて、目を皿のようにしてやっと小田急の文字を見つけた。
『うん、わかった、と思う』
『じゃあ、もう向かってるから、そんな時間かからないと思うから』
と言って電話はぷつりと切れた。急いでいたようだ。
ナミは急にどきどきしてきた。知らない街に出てきた緊張とは違う、別の緊張だ。
去年の夏、シュウちゃんとコウヘイは親戚の海の家を手伝いにやってきた。バイト半分遊び半分で、同い年のナミも誘われて泳いだりバーベキューや花火と、楽しく過ごした。
ちょっとチャラいシュウちゃんと比べるとコウヘイは落ち着いてて、でも東京の人らしい垢抜けた感じが新鮮で、田舎の少女にはありがちだけど、ときめいてしまった。
東京に行きたいと思うようになったのも、また逢えたら、という気持ちがなかったといえば嘘になる。
(でも、こんなに早く逢えるなんて)
俯いて思い出をかみしめていると、やさしい声が聞こえた。
「ああ、いたいた。ナミちゃん?」
少し髪が伸びたコウヘイが目の前で笑っている。ナミは泣きそうになったけど、必死で堪えた。
新しい日々の始まりに、一番の笑顔を見せられるように。
Fin
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