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再びの春

再びの春 2

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 食後のコーヒーを飲みながら水希が聞いてきた。

「そういえば、トク子さんは、慶くんの小説のファンだったりしたの?」

 その話題は微妙ですよ、とトク子さんはちょっと思う。でも慶さんは気にする人ではないから正直に話す。

「それがねぇ、私知らなかったんですよ。人気作家なのに申し訳なくて」

「そんなに有名ではないですよ」

 慶さんは謙遜するけれど、それなりに売れている作家であることは間違いない。

「へー、意外。トク子さんもたくさん本読んでるのに」

「いやいや、私の読書量なんて知れてますけど、言い訳をするなら、漫画のほうが多いことと、偏ってることですかね。好きな作家さんは片っ端から読みたくなるんですけど、新しい作家さんの作品に手を出すのに勇気がいるんです」

「勇気……勇気とは、何に対する勇気なの……?」

 ああ、うん、わけわかんないよね、とトク子さんは苦笑いだ。

「んーと、自分の好みかどうか、文章が合わなかったり、内容がすごく苦手だったり、わかりやすく言うと怖いのとか後味が悪いのとか苦手で。評判が良くても読んで何だかすっきりしなくてもやもやしたり……そうすると引きずっちゃって。私の場合、本が好きだから何でも読む、というよりは、好きな作品や作家さんに出逢いたい、というのが近い気がします」

「なるほどー。ちょっとわかる気がする」

「あ、もちろん後から慶さんの本は全部読んで、私的には大当たりだったので、何でもっと早く読んでなかったんだ、って感じですけどね」

 これはお世辞でも社交辞令でもなく、出逢う前に知っていたら間違いなくファンになっていたし、そうしたら二人の出逢いはもっと運命的だったのに、という悔しさみたいなものもある。

「そっかぁ、それはよかったね」

「そういえば昔、みーくんと大喧嘩しましたねぇ」

 慶さんが何か思い出したように苦笑した。

「あ、したねぇ!」

「え、そうなんですか? 意外意外、一体何が原因で?」

「まさにそれですよ。僕が好きな作品を、みーくんがつまんない、って」

「あー……、なるほど」

「だってつまんなかったんだよ、その時は。たぶん、今思えば僕がまだ人間のことよく知らなくて、理解できなかったのかなぁと思うけど、今読んだらどんな感じがするのかはわからないなぁ」

「どの本だったか覚えてますよ。後で持ってきます」

 珍しく慶さんが強気なので、よほど好きなものを否定されたようで悔しかったんだなとトク子さんは思った。

「いいよー、読んでみよ。慶くんの執念深さに敬意を表して」

「あっは」

 笑顔で意外な毒気を見せた水希に、トク子さんは思わず笑い声が出てしまって、皆で大笑いした。

「ああ、ちょっとリフレッシュできました。トク子さん、ご馳走様。またちょっと篭りますね」

 そう言って慶さんが立ち上がる。

「みーくんもごゆっくり。ふたりでゆっくりお昼寝してください」

 思わずはーいと言いそうになって、トク子さんは慌てる。

「な、何で知ってるんですか⁉」

 お昼寝してるなんて一度も言ったことないのに。それはさすがにちょっと後ろめたいからだけれど、慶さんにはお見通しだったようだ。答えはなく笑いながら離れに戻っていった。

「……今日は寝ないことにします」

「えー? そんな意地張らなくてもいいんじゃない?」

「……みーくんはゆっくりどうぞ」

 片づけてコーヒーをお代わりして、ごろ寝マットは一枚敷いて、こたつ布団を外したこたつのテーブル横に置いてある座椅子に座る。

 本当に一緒に寝ないのー? と何度も誘惑されたけれど、頑として頷かないでいたら、さすがに諦めて水希は静かに寝息を立て始めた。

 本当は、慶さんにバレていたのが恥ずかしくて、とかそういうことではなく、思いついたことがあったからだった。

 トク子さんは、久しぶりに押入れの一角に置いてあるタブレットを引っ張り出す。

 これは、慶さんからもらっていたアルバイト代で結婚する前にトク子さんが買ったものである。

 慶さんも周りに人がいると集中できないので、慶さんの執筆する姿はあまり目にしたことはないのだけれど、プロとして活躍している人を目にして、トク子さんの少女心とでもいうものに火がついて、また絵を描こうと思い始めたのだった。デジタルは慣れないけれど、紙やペンや絵の具などいろいろ道具を広げなくていいのは便利な世の中になったものだと思う。

 慶さんに出逢う前に持っていたタブレットもあったのだけれど、古くなっていたし、思い切って新しいものに替えたものの、ここに来てから殆ど出すこともなかったのだ。

 今日の会話に触発されて、久しぶりに絵を描きたい意欲が戻って来たようだ。

(友達でもいれば、コミケとか、そういうのももっと楽しめたのかなぁ)

 などと、言っても詮ないことを思ってしまうけれど、今はネットでいくらでも繋がれる時代なので、これから何か広げて行くことはできるかもしれないと希望が見えてきた。

(さて、何を描こうかな)

 ちらりとすやすや寝ている少年の姿をした神様に目を向ける。

(みーくんは、龍神様というからには龍、なんだよね?)

 前々から何となく気になってはいたけれど、直接聞くのは憚られて聞けずにいるのだ。

(っていうか、そもそも龍自体が伝説の生き物と言われているわけで)

 目の前にいるのだから、既に伝説でないことは証明されてはいるが、トク子さんが目にするのはあくまでも少年の姿だけなので、信じてはいるけれど想像が追いつかない。

 とりあえず龍とか龍神とか検索しまくって出てきたイラストを見比べる。

(こういう……洋風のドラゴン、みたいなのは違うな……所謂蛇のゴージャスな感じの……)

 段々ぼんやりとしてきて無意識に手が動き始める。

(みーくんは、イケメンだから龍だとしてもおどろおどろしい恐い顔じゃなくて、端正な感じじゃないかなぁ?)

 ざっくりとラフを描いてイメージを膨らませる。

(色は……)
 金運が上がりそうな金の龍や、黒い龍、炎のような赤い龍などいろいろ目にしたけれど、何となくみーくんなら、とトク子さんは思う。

(髪の色は黒なんだけど、でも、きっとこっちだよね)

 それはあくまでも自分が想像する水希の姿ではあるが、トク子さんが選んだのは白だった。

(白龍、っぽいかなぁと)

 誰に言い訳するでもないけれど、まあ想像ですからね、自己満足ですからね、と自分に言い聞かせてトク子さんは描き進める。

 いつの間にか随分と集中していたことに気づかなかった。

「上手だねぇ」

 背後から声をかけられて心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

「あ、あ、み、みーくん、お、起きたんですか!」

「うん、結構さっきから起きて見てた」

 何故かにこにこしている。

 タブレットの時刻表示を見ると、水希が寝てから二時間近く経っている。

「え、もうこんな時間?」

「集中すると時間って溶けちゃうよねぇ」

 水希は、のほほんと仰ってトク子さんの向かい側に座る。

「トク子さん、まだ描く?」

 あら。これは、きっと。

「おやつですね?」

「正解」

「まだ描くなら待ってるけど」

「いえ、もう集中力が切れたので、いいです。おやつにしましょう」

 立ち上がったトク子さんの後ろで、小さくやった、と水希の声が聞こえた。

(いや、うん、いいんですよ。集中力が切れたのは確かなので)

 でも、やっぱり我が儘で自由だな神様というのは、とトク子さんは苦笑いした。
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