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再びの春

再びの春 1

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 我が家には小人さんがいる。

 と、トク子さんは常々思っている。

 今日は可燃ゴミの日だったので昨日の夜に準備万端にして玄関にゴミ袋を置いていたら、今朝にはなくなっていた。

 まあ、それはいつものことで慶さんがゴミステーションまで持っていってくれたのだ。市の指定では朝七時までに持っていかなければいけないのだけれど、トク子さんはそれまでに起床できた試しがない。慶さんは出勤が遅いのに早起きなので、慌てて何度もゴミを出しそびれたトク子さんを見かねて、率先して持っていってくれるようになった。

 今日は、それに加えて昨日見なかったことにしたキッチンの隅の埃がきれいになくなっていたし、シンクもぴかぴかになっている。洗って乾かしておいたプラスチックゴミはちゃんと専用のゴミ箱に捨ててあるし、リビングの棚の上の埃も、テレビの周りの埃もきれいに拭いとられていた。

(………これは、慶さん、詰まってますね?)

 慶さんは執筆が思うように進まないと片付けたくなる病らしい。そんな人いるんだ、とトク子さんには理解しがたいのだが、実質不都合は何もない。助かるばかりである。ただ家が綺麗になるのはありがたいが、慶さんの仕事が滞るのはありがたくない。ジレンマもある。だからといって慶さんは八つ当たりしたり、苛々を表に出したりしないけれど、トク子さんは慶さんが溜め込まないか心配してしまう。

「トク子さーん、おはよう」

 例によってウッドデッキで洗濯物を干し終えたトク子さんが悩んでいると、水希がいつものようにやってきた。庭の駐車スペースに止めてある慶さんの車を見て、あれ、と声が出た。

「慶くんの車がある。今日お仕事お休み?」

「そうなんです、でもここにはいませんよ」

「?」

「あっちです」

 と向かい側の家を指差す。

 母屋と庭を挟んで向かい側に小さな離れがある。慶さんが子供の頃はきょうだいで子供部屋として使っていたようだけれど、こちらも古くなっていたので改修して慶さんの書庫兼書斎になった。トク子さんの、一般的よりはまあまあ多い蔵書も一緒に置いてもらえることになった。小さいといっても一軒家なので容量は十分にある。床が抜けそうだとぼやいていた母は本がなくなったことを一番喜んだかもしれない。慶さんが持っているものと重複する本や漫画もたくさんあったけれど、トク子さんコーナーを別に設けてくれた。

「あー、こっちのお仕事中かぁ」

「そうなんですよ。でも、息抜きしてるのかもしれませんけどね」

 詰まっているのならば、何かしら気分転換をしているのかもしれない。

「あ、そう? そうかな。そうかも。慶くん、ひとりにならないと駄目な感じだよね」

「そうそう。私もそうなので、気持ちはとてもわかります」

 だから休みの日に慶さんが篭っている時はそっとしておくようにしている。トク子さんも誰かが傍にいると、本を読んだり絵を描いたりすることにとても気を遣ってできないのだ。相手が気にするしないではなく、トク子さんが勝手に気になって動けなくなるのだ。これはたぶん、子供の頃から本に夢中になって叱られた経験が尾を引いている。

「え、そうなの?」

 水希がびっくりしたようにトク子さんに聞き返したものだから、トク子さんは何をいまさらと思ったのだけれど、そういえばそんな話はしたことがなかっただろうか。お正月に馴れ初めを話したから、その時に言ったつもりになっていたけれど。

「そうですよ?」

「え、じゃあ、僕が毎日のように来るの、迷惑じゃない……?」

 あらー、神様でも気にするんだ、と思ってトク子さんは微笑ましく思う。なんというか素直というか、どこまでも可愛らしい神様だなぁ、と思う。

「慶くん、子どもの頃はよく一緒に遊んだけど、中学生ぐらいからお休みの日は小説書いたり本を読んだりで……段々お話するのが減ったんだよね」

 さみしかったことを思い出したのか、しょんぼりした顔に見えたけれど、水希が気にしたのはそこではないようだった。

「トク子さんは平気なのかなと思って押しかけちゃったけど……無理してない?」

 やだ、可愛い! その上目遣いは反則ですよ、とトク子さんはうろたえる。

「だ、大丈夫、大丈夫です。私も不思議なんですけど、みーくんたちは平気なんですよねぇ」

「え、そうなの?」

「そうなんですよ。むしろ大変癒されてます」

「え、そうなの? だったら嬉しいな」

 えへへ、と照れ笑いして、じゃあお邪魔しまーす、と玄関に向かった。

「はいどうぞー」

 と答えて室内に戻り、お茶を沸かす。

「お昼ご飯は慶さんも一緒に食べれるといいですねぇ」

「本当だね! お昼になったら呼びに行ってみよう」

 水希はそう言っていたが、お昼前に慶さんは書斎から出てきて、珍しく一緒に昼食をとった。
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