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今冬

今冬 5

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 かちゃかちゃ、と食器を洗う音が心地よく響く。

 食洗機はあるのだけれど、一度に入りきらなかったので残りは手で洗うことにした。

 初めは水希にちょっとだけ指示をして、水希の手際がとても良かったのですぐに二人で黙々と洗って、トク子さんは段々ぼーっとして手だけ動いている。

 家事は苦手で出来るだけ手を抜きたいトク子さんだけれど、時々こうしてふっと無心になる時がある。大げさに言うとゾーンに入るっていうのかな? なんてね、と雑念も湧きつつ心が静かになる。いつもこうだといいのに。いつも頭が忙しいトク子さんは、そういえば、慶さんと出逢ってから、それにみーくんと出逢ってから、あまり過去や未来に思い煩うことが減ったような気がする、とふと思った。

 思っていたのに。

「ねえねえ、トク子さんは、慶くんとどうやって知り合ったの?」

 がちゃがちゃん、とお皿をシンクに落としてしまった。

 水希が突然そんなことを聞いてきたからだ。割れなくてよかった。

「え、聞きます? それ」

「うん、聞く」

 聞きたい、じゃなくて聞くの決定なんですね、とトク子さんは内心こっそり水希にツッコむ。

「その前にさ、トク子さん結婚して初めてのお正月だけど、実家には帰らなくていいの?」

 あ。

 これは、自覚のあるなしは置いといて、やっぱり神様特有の感覚的なもので、いろいろわかっているのではないかな? と、トク子さんは感づいてしまった。ただの好奇心で(それも多分にあるとは思うけど)聞いているわけではないのだろう。

「実家は、今回はいいかなって。まだこっちに来て一ヶ月ぐらいだし、車で二時間ぐらいかかるから、一人で運転するのはちょっと不安で……慶さんお仕事だし、もう少し落ち着いてからでいいかなぁと」

 そんなに、帰りたいわけでもないしね、というのは心の中で呟くに留めておいた。

「ふーん」

 うううん、その無邪気な微笑みが微妙に怖いですけど気のせいですか?

「じゃあさ、洗い物終わってコーヒー淹れて、お菓子食べながらでも慶くんとの馴れ初め教えてよ」

 にっこり微笑まれては抗えない。まさに天使、ならぬ神様の微笑みか。

「それはいいですけど……半分ぐらいは、あまり面白くないですよ?」

「半分は面白いんだ?」

「いや、それは言葉のあやであって、全体を通して面白い要素は皆無です」

「そうなの?」

「そうですよ……」

 心底不思議そうな水希に、やっぱり神様とはどっか相容れないのかもしれない、と思い出す。嫌とか嫌いとかでなく、感覚だろうか。そうだ、きっと彼に見えている世界も、トク子さんとは全く違うのだろう。

 それは少しさみしいような、反面ちょっと羨ましいような気がした。



「慶さんとの馴れ初めですって?」

 ものすごくワクワクした顔でたぬ吉さんがぬっとこたつから顔を出したのは、コーヒーとお菓子を持って和室にやってきたタイミングだった。

「たぬ吉さん、さては地獄耳ですね?」

「いやあ、バレました? 我々もともとは野生動物、耳には自信があります故」

 何故か自慢げに胸を張る。たぬ吉氏はドヤ顔が多いな、でも嫌味がなくて可愛い。

「えっと、なんていうんですかね、こういうの。野次馬? この場合、野次狸ですかね?」

「……トク子さん、もしかして怒ってます?」

「いいえ?」

 にっこりと笑って見せたが、かえって怖がらせたようだ。実際怒ってはいない。怒っているわけではないのだけれど、たぬ吉さんたちって、神様のお付きという割には俗世にどっぷりというか、ワイドショー好きな、その辺のオジサンオバサンみたいなんだけど、とトク子さんは思った。

 それを言うなら水希だってそうとも言える。大晦日からだらだらと飲み食いして、だいぶ適当に年越しをして、朝起きたら催促されて、トク子さん唯一の趣味ともいえる本や漫画本を気に入って読み耽っているし。

 でもまあ、本質的に悪意とか邪気とか、どろどろしたものは見当たらない。奥のほうに凛とした清浄さがある。

 それとも、神様とかに対して人間が過剰なイメージを持ちすぎているのかな、とトク子さんは思った。

「トク子さん?」

 ぼんやり考え込んでしまったトク子さんを心配して、水希が声をかけた。

「ごめんね、嫌だったら無理に話さなくてもいいよ?」

 神様に気を遣わせてしまった。

「ああ、いいんです、嫌じゃないんですよ。むしろ聞いててもらったほうがいいと思うんだけど、ちょっと、暗いかもしれないです、とは言っておきます……」

 自分のことを話すのは少し勇気がいる。でも最終的にはハッピーエンドならぬハッピー進行形なのだから、そこまで行けばオッケーの筈。過去を振り返る必要はそれほどないと思うけれど、隠すことでもない。

 でも、まだ少し胸がざわざわする。

 どこからどう話したものだろう、と頭の中を整理する。

「うーん、話があっち行きこっち行きするかもしれませんけど、脱線したら止めてくださいね」

 要点を簡潔に、というのが苦手なトク子さんは、念のためそう前置きして話し出した。

「慶さんと出逢ったのは、去年の春なんですけど……」
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