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昨冬
昨冬 5
しおりを挟む「ところで、みーくん、今日はどうしてそんな立派な正装なんですか?」
汚すといけないから、と被り物やら上に羽織っているものを脱いでもらい、トク子さんの割烹着を着てもらうことを提案すると、そういえばそうだね、とあっさり脱ぎ始めた水希に、慶さんが問いかける。
ということはやはり、これが日常の服装ではないんですね、とトク子さんは納得して返事を待ったのだが、意外な答えが返ってきた。
「えー? あー、今日さぁ、トク子さんがお参りに来てくれたから、ちゃんと慶くんの奥さんに挨拶しとかなきゃなと思って」
「え? 私のためですか?」
「うん。っていうか、慶くんにも逢いたかったし」
「帰ってるの知ってたんですか?」
「ううん? だから今日、トク子さんがお参りに来てくれてわかったの」
へえ、と頷きながら慶さんはトク子さんに問いかける。
「トク子さん、上の祠に上がったんですか?」
僕、言ってなかったですよね? とやや困惑している慶さんに、トク子さんは慌てて今日のことを説明する。
「あ、あの、昼間、散歩してたお爺さんに何か教えてもらって、えっと、誰かわかんないというか、名前も顔も覚えられなくて」
「どんな人でしたか?」
「えっと、小柄な感じのお爺さんです。えっと、髪が、あの、なくて、お髭が長い、何か仙人みたいな感じの人でした」
こんな説明が下手で大丈夫かな、と思いつつ意味不明に身振り手振りで伝えると、慶さんも、水希も、狸夫妻も、何とも妙な表情になった。
「え、何ですかその間」
「トク子さんそれってさぁ……」
水希が最後まで言い切らないうちに、トク子さんは嫌な予感、と身構える。
いや、別に嫌なわけではない。悪いわけでもない。ただ、きっと。
「寿の爺様、トク子さんに逢いたかっただけじゃない?」
「好奇心旺盛ですからなぁ……」
水希とたぬ吉氏が頷きあっている。
「…何ですか、その寿の爺様って……」
寿なんてつくだけで目出度い感満載で、ますます疑惑は深まるばかり。
「えっとねぇ、寿老人っていうの? その神様だと思うよ」
「寿老人……聞いたことあります。確か七福神の」
「そうそう、それそれ」
(―――――やっぱり、人間じゃなかった……)
「寿老人って、日本の神様じゃなくないですか? っていうか、そんなに神様がうろうろしてるもんなんですか? 何ですかここ、異世界? 異世界なの?」
トク子さんはちょっと混乱して一人で頭を抱えたが、慶さんは笑っている。
「親切ですからねぇ、神様は」
慶さんも思い当たる節があるのか、呆れたような困ったような、でも嬉しそうな顔になった。
「どうして慶さんはそんなに嬉しそうなんですか?」
いつも静かににこにこしている印象の慶さんが、ぱっと明るい笑顔になって、トク子さんはちょっと意外に思う。
「そりゃあ、トク子さんが神様たちに受け入れてもらったようで、嬉しいに決まってますよ」
「……あ、そ、そうですか……」
かああっと赤くなって俯いたトク子さんに、可愛らしい割烹着をつけて更に可愛らしくなった水希はにこにこして催促した。
「お二人さん、仲がいいのはわかったからさぁ、早くカレー食べさせてもらっていい?」
「あ、は、はい! 少々お待ちを!」
赤面しつつ急いでカレーを温める。それほど冷めていないから時間はかからない。
(今からでも、神様に食べさせても申し訳なくないくらい、美味しくなりますように)
と、トク子さんはこっそり呪文のように唱えてみた。
一口食べた神様と狸の夫婦は一瞬固まり、トク子さんは不味かったか? と身構える。
「美味しい……」
「これは……」
「……懐かしい……えっちゃんのカレーと同じ味だね」
水希が小さく呟いて、狸夫妻がうんうんと頷いて、それから猛烈な勢いで食べ始めた。
トク子さんは胸を撫で下ろし、我が家のカレーは昔ながらのメジャーなカレールーを使っているだけで、隠し味も何も入れないのだけれど、と思ったのだが、あまり食べ物にこだわりのない慶さんがこれがいいと言うので、きっとこれがこの家のお袋の味なんだろう。
たくさん作ったカレーはあっという間に無くなって、トク子さんはとても幸せな気分でみんなを見つめていた。
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