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71.おれには関係のない事情
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おれのことは、別にいい。
元々、あってないような名前だ。けれど、ミアとテオドールのことに関しては容易に是とできない。
おれは、反論しようとして口を開くが、
「天候不良なんて、普通にあることだよ」
テオドールが、言う。
「それをいちいち神災だなんて、言っていたらきりがない。ましてや、それが神災対策を主導している愛し子のせいだなんて、言いがかりにも程がある」
さらに、ワザとらしく腕を一振りする。
そうすると、崩れた神殿は、まるで何事も無かったように元通りに戻してしまった。
「それで、何だったかな?」
驚愕に目を見開くダニエルに、テオドールが迫った。
神にとっては、創造と破壊は同質の事象だ。その両方が可能だからこそ、テオドールは愛し子であるのだ。
「シリル兄さんの精霊力の蓄積器……あれも、消失させてしまえばいいってことかな。
ああ……もういっそ、この人を消してしまおうか。彼がいなくなっても、シリル兄さんは特に困らないよね」
と、極めて物騒な発言とともに、前に出る。
おれは、そんな殺気立つテオドールを手で制しながら、
「ダメだよ、テオ。そんなことしたら」
あくまで、穏やかな口調で言った。
おれの制止に、明らかに不満を残しながらもテオドールは渋々引き下がる。テオドールは、おれの嫌がることは基本的にしない。
一瞬身構えたダニエルが、おれの意に従うテオドールにあからさまに安堵して、実に愉快そうに笑う。
そして、一しきり笑うと、大きく息を吐いた。
「教団の奴らは、元々うちの連中だったんだ」
沈痛な面持ちで、ダニエルが語り出す。
それは、本当のことであるのだろうけど。おれの心は、すっと冷えた。
「まあ、数年前に袂を分かったがな。
そこで伸びてる教祖の男は、おれの直属の部下だったんだが……当時から、うちで最大のタブーである人身売買に手を出してたんだよ。
で、最終的に仲間を数人殺して逃亡した」
言う、ダニエルの表現は悲嘆に暮れていた。
ああ、これってもしかして、ダニエルルートのシナリオに類似した現実だったりするのだろうか。
ちらり、とミアを見れば、こくり、と頷かれる。
なるほど。おれの父が関与した人身売買の取引に、何らかの事情があって、ダニエルの部下が関与していたのか。
でも、それがまるでおれの同情を誘うような言い方だったから。おれには、そういう手法なのだと理解できたからこそ、おれの心は動かなかった。
「良かったじゃない。
あの人、ダニエルにとっては、父親みたいな存在だったんでしょう。
下手をすれば……テオドールじゃなく、あの人がオルトロスを召喚していたら、その時に取り込まれたわよ。
シリルとテオドールに感謝しなさいよ」
本来は、そういうストーリーであるらしい。
きっと、彼にも何かしらの譲れない理由があったのだろう。タブーを犯し仲間を殺してまで、為したかったことが。
そして、ダニエルにも譲れないものがあったに違いない。他の何かを犠牲にする可能性があっても、例えそれが世界そのものだとしても、決着を付けなくてはならない何かが。
「ダニエルは、彼としっかり話し合いなよ。生きてるうちにしかできないんだから」
これは、おれが心から実感をもって、言えることだ。
「はあ……シリルは、マジで争わないのな」
「そんなことは、ないよ」
「捕まるときだって、どうせ無抵抗だったんだろう?」
「この辺りは精霊力が安定しているから、他では育たない貴重な薬草の生息地なんだ。
精霊術でも使えば、全て枯れてしまうじゃないか」
別に相手を慮ったわけでは無い。
「死人が出ても当然だと思ってたが……最終的に、誰も死ななかった。
さらに、自分を嵌めた相手を許して、さらに元凶との和解を勧めるなんて。さすがに甘いんじゃないのか?
そんなに甘いから、俺みたいのに付け込まれんだよ」
テオドールがおれとダニエルの間に立ちふさがるようにして、身構えている。
ぴりぴりとした肌を刺すテオドールの精霊力が、周囲を包んだ。
「別に、おれは許してないよ」
ダニエルは何か思い違いをしている。おれは甘いわけでも、付け込まれたつもりもない。
「おれは許してない。そこの人も、ダニエルも、闇の教団も。
ただ、死んだらそこで終わりじゃないか。死んで解放されようなんて、ダニエルの方が甘いんじゃないの」
そこで気絶している男の事情も、ダニエルの事情もおれは知らないし、知っていたとしてもおれにはとっての優先事項ではない。
彼らの事情に理解を示すことと、おれが被った被害や、おれの感情を許容する事とは全くの別の問題だ。
——……おれの大切にしていることを、譲歩する理由にはならない。
「だって、ダニエルは間接的とはいえ、おれの可愛い子供たちを利用したんだよ」
救済院の子供たちを問い詰めれば、自身の精霊力を提供したのだと、涙ながらに告白した。
少しでも救済院の役に立ちたかった、と理由を話した彼らの言葉は嘘ではないだろう。
けれど、自身の財産など皆無の彼らが、例え私利私欲のために自分を切り売りしたのだとして、誰が責められるだろう。
どんな思いで、彼らが自らを差し出したかなんて、そうする他に、彼らが利を得る方法が無かったことなんて、きっとダニエルにはどうでもいいことだ。
そこにある切実な想いは、ダニエルにだって関係の無いことなのだから。
だからこそ、おれはその想いを大切にしたい。自分たちではどうしようもない彼らの境遇を利用したことが、おれには何より許し難い。
ダニエルが直接的に搾取したわけでは無いにしても、弱者が最も被害を被ることは明白であって、彼だってわかっていたはずだ。
「テオの個人情報を暴露した挙句、闇の教団の連中の後始末を“裁きの御子”であるテオに始末つけさせようとしたよね?
もしかしなくても、テオに責任を押し付けるつもりだったんだよね?」
オルトロスが教団により召喚され、暴走したならば、神災が起こって、甚大な被害がでても、何の不思議も無かった。
きっとダニエルは……そうなったときは、テオドールのせいにするつもりだったのだ。
テオドールが“裁きの御子”と明かした上で、闇の教団を扇動し、オルトロスを呼び出したのだと主張すれば、誰もが信じるだろう。
そのことが、おれはもっとも許し難い。
テオドールがこれまでどんな思いで、自分の力と向き合ってきたかも知らないくせに。
実の親に疎まれて孤児になり、孤児院でもただ一人で蔑まれながら、心身ともに傷つけられて過ごしていた、テオドールの感情を知らない。
おれだって、知らないけれど。知らないからこそ、寄り添いたいと思うのだ。寄り添うくらいしか、おれにはできないから。
簡単に他人の事情を口にして、それを容易に利用しようなんて。考えるだけ浅はかだ。
「落とし前、つけてくれるんだよね?」
人の苦しみに無頓着なのだとしたら、同じ苦しみを味わっても仕方がないと思う。
元々、あってないような名前だ。けれど、ミアとテオドールのことに関しては容易に是とできない。
おれは、反論しようとして口を開くが、
「天候不良なんて、普通にあることだよ」
テオドールが、言う。
「それをいちいち神災だなんて、言っていたらきりがない。ましてや、それが神災対策を主導している愛し子のせいだなんて、言いがかりにも程がある」
さらに、ワザとらしく腕を一振りする。
そうすると、崩れた神殿は、まるで何事も無かったように元通りに戻してしまった。
「それで、何だったかな?」
驚愕に目を見開くダニエルに、テオドールが迫った。
神にとっては、創造と破壊は同質の事象だ。その両方が可能だからこそ、テオドールは愛し子であるのだ。
「シリル兄さんの精霊力の蓄積器……あれも、消失させてしまえばいいってことかな。
ああ……もういっそ、この人を消してしまおうか。彼がいなくなっても、シリル兄さんは特に困らないよね」
と、極めて物騒な発言とともに、前に出る。
おれは、そんな殺気立つテオドールを手で制しながら、
「ダメだよ、テオ。そんなことしたら」
あくまで、穏やかな口調で言った。
おれの制止に、明らかに不満を残しながらもテオドールは渋々引き下がる。テオドールは、おれの嫌がることは基本的にしない。
一瞬身構えたダニエルが、おれの意に従うテオドールにあからさまに安堵して、実に愉快そうに笑う。
そして、一しきり笑うと、大きく息を吐いた。
「教団の奴らは、元々うちの連中だったんだ」
沈痛な面持ちで、ダニエルが語り出す。
それは、本当のことであるのだろうけど。おれの心は、すっと冷えた。
「まあ、数年前に袂を分かったがな。
そこで伸びてる教祖の男は、おれの直属の部下だったんだが……当時から、うちで最大のタブーである人身売買に手を出してたんだよ。
で、最終的に仲間を数人殺して逃亡した」
言う、ダニエルの表現は悲嘆に暮れていた。
ああ、これってもしかして、ダニエルルートのシナリオに類似した現実だったりするのだろうか。
ちらり、とミアを見れば、こくり、と頷かれる。
なるほど。おれの父が関与した人身売買の取引に、何らかの事情があって、ダニエルの部下が関与していたのか。
でも、それがまるでおれの同情を誘うような言い方だったから。おれには、そういう手法なのだと理解できたからこそ、おれの心は動かなかった。
「良かったじゃない。
あの人、ダニエルにとっては、父親みたいな存在だったんでしょう。
下手をすれば……テオドールじゃなく、あの人がオルトロスを召喚していたら、その時に取り込まれたわよ。
シリルとテオドールに感謝しなさいよ」
本来は、そういうストーリーであるらしい。
きっと、彼にも何かしらの譲れない理由があったのだろう。タブーを犯し仲間を殺してまで、為したかったことが。
そして、ダニエルにも譲れないものがあったに違いない。他の何かを犠牲にする可能性があっても、例えそれが世界そのものだとしても、決着を付けなくてはならない何かが。
「ダニエルは、彼としっかり話し合いなよ。生きてるうちにしかできないんだから」
これは、おれが心から実感をもって、言えることだ。
「はあ……シリルは、マジで争わないのな」
「そんなことは、ないよ」
「捕まるときだって、どうせ無抵抗だったんだろう?」
「この辺りは精霊力が安定しているから、他では育たない貴重な薬草の生息地なんだ。
精霊術でも使えば、全て枯れてしまうじゃないか」
別に相手を慮ったわけでは無い。
「死人が出ても当然だと思ってたが……最終的に、誰も死ななかった。
さらに、自分を嵌めた相手を許して、さらに元凶との和解を勧めるなんて。さすがに甘いんじゃないのか?
そんなに甘いから、俺みたいのに付け込まれんだよ」
テオドールがおれとダニエルの間に立ちふさがるようにして、身構えている。
ぴりぴりとした肌を刺すテオドールの精霊力が、周囲を包んだ。
「別に、おれは許してないよ」
ダニエルは何か思い違いをしている。おれは甘いわけでも、付け込まれたつもりもない。
「おれは許してない。そこの人も、ダニエルも、闇の教団も。
ただ、死んだらそこで終わりじゃないか。死んで解放されようなんて、ダニエルの方が甘いんじゃないの」
そこで気絶している男の事情も、ダニエルの事情もおれは知らないし、知っていたとしてもおれにはとっての優先事項ではない。
彼らの事情に理解を示すことと、おれが被った被害や、おれの感情を許容する事とは全くの別の問題だ。
——……おれの大切にしていることを、譲歩する理由にはならない。
「だって、ダニエルは間接的とはいえ、おれの可愛い子供たちを利用したんだよ」
救済院の子供たちを問い詰めれば、自身の精霊力を提供したのだと、涙ながらに告白した。
少しでも救済院の役に立ちたかった、と理由を話した彼らの言葉は嘘ではないだろう。
けれど、自身の財産など皆無の彼らが、例え私利私欲のために自分を切り売りしたのだとして、誰が責められるだろう。
どんな思いで、彼らが自らを差し出したかなんて、そうする他に、彼らが利を得る方法が無かったことなんて、きっとダニエルにはどうでもいいことだ。
そこにある切実な想いは、ダニエルにだって関係の無いことなのだから。
だからこそ、おれはその想いを大切にしたい。自分たちではどうしようもない彼らの境遇を利用したことが、おれには何より許し難い。
ダニエルが直接的に搾取したわけでは無いにしても、弱者が最も被害を被ることは明白であって、彼だってわかっていたはずだ。
「テオの個人情報を暴露した挙句、闇の教団の連中の後始末を“裁きの御子”であるテオに始末つけさせようとしたよね?
もしかしなくても、テオに責任を押し付けるつもりだったんだよね?」
オルトロスが教団により召喚され、暴走したならば、神災が起こって、甚大な被害がでても、何の不思議も無かった。
きっとダニエルは……そうなったときは、テオドールのせいにするつもりだったのだ。
テオドールが“裁きの御子”と明かした上で、闇の教団を扇動し、オルトロスを呼び出したのだと主張すれば、誰もが信じるだろう。
そのことが、おれはもっとも許し難い。
テオドールがこれまでどんな思いで、自分の力と向き合ってきたかも知らないくせに。
実の親に疎まれて孤児になり、孤児院でもただ一人で蔑まれながら、心身ともに傷つけられて過ごしていた、テオドールの感情を知らない。
おれだって、知らないけれど。知らないからこそ、寄り添いたいと思うのだ。寄り添うくらいしか、おれにはできないから。
簡単に他人の事情を口にして、それを容易に利用しようなんて。考えるだけ浅はかだ。
「落とし前、つけてくれるんだよね?」
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