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48.嫌いな男(テオドール視点)

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「テオドール・フォレスター……お前は、何がしたいんだ?」

 何の前触れもなく、突如出現した気配に、それでも僕は視線も変えず、手元の書類を書き進めた。

 正直、法律や国費がどうだとか、そういう書類は適当に知識の羅列でいいけれど、シリル兄さんに関わるとなれば、手抜くわけにはいかない。

 これは、今後シリル兄さんと僕のとの時間が作れるかどうか、重要になってくる手続きに必要な処置だ。

「なんだ?だんまりか?……ったく、可愛げも何もあったもんじゃないな。少しは兄さんを見習ったらどうだ?」

 シリル兄さんの名を出され、ぴくり、と反応した僕に、ダニエルは予想通りと言わんばかりに満足そうに口角をあげる。

 シリル兄さんが可愛げに満ちていることには、異論は無い。
 ただ、その感覚をこの男とは共有したくない。絶対に。

 僕の政務室の扉に寄りかかり腕組みして立つ男を、僕は無言のままで睨みつけた。

 男は「おお、こわっ」などと思ってもいない軽口をたたく。

 ダニエル・ヴァン。
 風の精霊力マナの扱いに長けており、さらに商会や裏社会とのつながりを加味すれば、決して油断できない男だ。
 このイグレシアス王国の裏側を最も熟知し、そして操っている人物と言っても過言ではない。

 約束も無く、いきなり押しかけてくるだけで、礼儀もわきまえない相手に、対応する義理は無い。
 そうでなくとも、僕はこの男が嫌いだ。

「はっ……相変わらず、シリルのもんで溢れてるな、この部屋は」

 シリル兄さんは、周囲の世話を焼くのが大好きで、いつも甲斐甲斐しい。いまだに僕の部屋に色々と持っては設置していく。

「逆に、シリルの部屋はお前の気配が濃くて、落ち着かねぇしよ」

 あの人は、自分の身の回りには驚くほど無頓着なのだ。

「本当に、仲の良い兄弟だよなぁ?」

 この、安い挑発は一体何のつもりなんだ。

「はぁ……無駄話は、それくらいにしてくれる?」

 一体、何の茶番なのか。

「貴方がそろそろ来る頃だと思っていた。
 ずっと、僕のこと……いや、僕たちのことを読んでいたでしょう」

 風の精霊力マナは、その特性から情報を掴むことに長けている。僕やシリル兄さんは特殊な気配を持っているから、追跡しやすいはずだ。

 ここしばらくの間、ずっとこの男の気配がまとわりついて、不快極まりなかった。

「そうか。なら、話は早いな。思ったより歓迎されてるみたいで嬉しいねぇ」
「貴方こそ、何がしたいの?」
神災ストロフを起こしたい、と言ったら?」

 本気でそんなことを考えているのなら、この男にはこの世界を滅ぼしたい何かがあるということだ。

「人の手で起こせるはずがない」
「お前が言うのか?」

 面白そうにくつくつと笑うこの男が、何をどこまで知って、こんなことを言っているのかわからない。

「協力してくれるだろう?」
「なぜ僕が……」
「お前ほど、適任は無いだろうが」

 でも、この男の言っていることが、真実に極めて近いことは、僕が最も理解している。

「盗まれた精霊力の蓄積器……あれが、ある場所がメーティスト神殿だとしても?」

 メーティスト神殿。その単語に、俺は息を飲んだ。

 そして、ほぼ同時に強い憤怒が込み上げてきて、自身の精霊力マナがざわざわと騒ぎ出すのを感じる。

 なぜ、この男がその神殿の存在を知っているんだ?

 あの神殿の存在は、僕と、シリル兄さんと……そして、死んだフォレスター領主だったあの男しか知らないはずだ。

「おうおう。なかなか可愛い顔するじゃねぇか」
「殺すよ」

 悪辣な男だとは思っていたけれど、これほどとは。今後の交流の仕方を考えなくてはならない。

「精霊力の蓄積器が盗まれたことを、愛しのシリルにも言っちまったからなぁ」

 重ねて告げられた事実に殺意が湧いて、このニヤついた男の首を想像の中で一度薙ぎ払う。

 今は、この男を処理するよりも優先すべきことができてしまった。

「優しい、優しい、お前の兄さんは、どうするだろうな?」

 あの場所は、呪われた場所だ。
 二度と、シリル兄さんをあの場所に行かせてはいけない。

「準備がいるだろうからな。夕刻まで待ってやるよ」

 その男は、ひらひらと手を振りながら「俺も優しいからな」と再び音もなく消えた。



 だから、言ったじゃないか。ダニエル・ヴァンには気を付けて欲しいって。
 僕にとっては、シリル兄さんの何かが損なわれること以外は、損失足り得ないのだから。

 メーティスト神殿。
 それはこの世界の礎を創造した二神のうち、理と叡智の弟神メーティストを祀る、空想の中のみに語り継がれた存在だ。

 そして、10年前のあの日、シリル兄さんに消えない傷を負わせた場所でもある。
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