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Ⅲ.大好きな卵編

78.僕、迷子のお知らせ希望してませんけど……?④

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 僕を見つめるヴァルの厳しい視線とは裏腹に、僕の顔を首を撫でるヴァルの手つきは酷く優しい。

 毛並みの間に差し入れられたヴァルの長い指がさらさらと梳く感触がたまらなくて。
 絶妙な力加減と、ポイントを押えた……はわぁ……僕、僕……だんだんとふんわり気持ちよくなってきちゃうよぉ……。

 ………はっ!ダメダメ!!

 僕が気を取り直した時には、ヴァルはもう厳しい顔をしていなくて。

 呆れたように半眼で、ふっと笑った。

「で、なんでいなくなった?
 今度は何をうじうじと考えてんだ」

 僕の毛をもふもふと堪能しながら、まるで雑談でもするような軽い調子で聞いてくる。

 ヴァルはさらに「どうせ、くだんねぇことだろうけど」と続けた。

「ほら、さっさと全部吐けよ」

 口調はいつもと同じで、にぶっきらぼうで荒いのに。

 なんだろう。この穏やかな昼下がりのティータイムみたいな、まったりじっくりお話ししようか、みたいな雰囲気。

 ヴァルの顔がゆるゆるだからかな。どこか甘ったるい、優しい顔してるからかな。

 お家だったら僕の大好きなお菓子とお茶が出て来そう。

 いや、絶対出てくる。
 蜂蜜たっぷりのパンケーキとか出てきちゃう。

「言ったろ。いくらでも聞いてやるって」

 ああ、もう。ずるい。
 しょっぱいものの後に、甘いもの持ってくるなんて。

 ずるい。ずるいよ。
 こんなの無限に欲しくなっちゃうじゃない。

 こうなるのが分かってたから、僕、帰ってからすぐにヴァルから離れたのに。

 僕、こんなことされたら……お話ししたくなっちゃったじゃない。

「僕ね……」
「ああ」
「僕……何度も、ヴァルを苦しめたんだよ……」

 僕が考えてるのは、くだらないことじゃないよ。全然くだらなくない。

「いっそ、滅んじゃえばよかったのにね……。ヴァルを大事にしない、バカな世界なんて……て、思ってて」

 ヴァルは自分がされたことに無頓着すぎるよ。
 もっと怒っていいよ。もっと憎んでいいよ。

「もう、竜石は無くなったから。人が竜気術を使えなければ。過剰に黒い竜気が起こることは無い。
 だから、ヴァルは安心して……もう普通の人みたいにしていいんだよ」

 そして、普通の人よりも、この世の誰よりも、もっともっと……一番幸せになってほしい。

「ヴァルは、いくらでも好きなことしていいんだ」

 もう、竜だとか、“澱み”だとかに関係なく。そんなの忘れるくらいに、毎日楽しく。

「結婚したっていいし、可愛い奥さんとヴァルに似た子供がいたりして……。
 ヴァル、子供好きでしょ?
 絵にかいたような幸せだって、ヴァルは手にすることができるんだから」

 僕は結局、いつだってヴァルに望まないことをさせる存在だから。
 僕じゃ、思い出させちゃうから。ヴァルが苦しかった時を。

 僕は、ヴァルを幸せにできない。

 僕にはその資格がないから。

 言おうとして、僕は言葉が詰まって、その先を言えなかった。

 きっと僕は、優利のこと責められない。

 自分が救世主だと信じて、この世の主人公だと信じてる優利と大差ない。

 僕は『小説』の通りヴァルといて当たり前だと思ってた。

 そして僕は、この世の理を、救済の予言の意味を知っていた竜だから。
 救済の予言で繰り返すこの世の中で、ヴァルは僕といることが多かった。

 だから、やっぱりヴァルと一緒にいるのが当然だと、そう思い込んでいたんだ。

 ヴァルが本当にしたいことは、竜気なんて必要ない、そんな力があるからむしろ、阻害されてきたことなのに。

 だってヴァルは……本当は、人を罰するとか、絶対に興味ない。
 きっと、優利のことだって、心のどこかで寂しくて、可哀想な奴だって、そう思てて。だからこれまで、直接手を下すことは無かったんだよね。

 なのに、したくもないことをやらせちゃったのは……僕、だから。

 これまでずっと何度も何度も、繰り返し繰り返しヴァルを苦しめて、ずっとずっと……。

 だから、僕は、ヴァルの傍にいる資格は無い。

 優しく撫でていたヴァルの手がうつむいた僕から静かに離れて、身勝手な僕の胸がぎゅっと痛んだ。

 と、次の瞬間、ぶにっと両頬を掴まれて、左右に引っ張られる。

『ううっ……ふぁうヴァルいひゃいひょいたいよ

 ちょっと……僕、真面目に話してるんだけど。
 それなのにこれ、僕、笑ったみたいな変な顔になっちゃってるでしょ。

「俺は、覚えてねぇよ。繰り返した過去なんて知るか」

 ヴァルは、そう言うと思ってた。
 でも、僕は加害者だから。

 加害者が「覚えてないなら、無かったのとおなじでしょ」は、言っちゃダメだよ。

 言えないよ。そんなこと。

「ただ……俺はな、ずっと不思議なことがあった」
『不思議なこと?』
「ああ。あんなにお前が、俺しか見てねぇのに。俺だけにすり寄って、懐いて……俺のことが好きだって、全身で言ってんのに、俺はそれを信じれなかった」
『ふえっ!?』

 ちょっと……ちょっと、待って!ヴァル、今なんて言った!?
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