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Ⅲ.大好きな卵編

72.俺は、新たな道を歩むだけ①

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 ルルドがいなくなった。

 巡礼から帰って、速攻であいつはいなくなった。

 いなくなったってなんだって、そのまんまの意味だ。どっかに行って、戻ってこなくなった。

 速攻っつーのは、俺がルルドを孤児院に送って、巡礼の報告書を提出するため大神殿に行き、一悶着あってを大神殿を半壊にした後、孤児院に戻った時には、あいつはもう跡形も無くいなくなってた。

 書置きも言伝もなく、人知れず忽然と消えた。

 ルルドは竜だ。造作もねぇことだろう。

 いつの間にかルルドが見当たらなくなったと院長が言って、ルルドがいなくなった事実に平然としている俺に、院長の方が取り乱して、逆に俺が宥めた。

 つーか、院長があんなに慌てんのは初めて見た。

 俺らを出迎えるために孤児院に来てたケビンに「なんでそんなに落ち着いてんだよ。おかしくなったのか?」なんて詰め寄られて。

 なんでって……なぁ。

 俺が平然としていられた理由なんて、こんな事態を可能性が高い未来として予想していたから以外ねぇだろ。

 ルルドが成熟した竜になったらば、他の竜と同様に人と交わらねぇように、避けるようになるんじゃねぇかと考えていた。

 理がどうとか、歪がどうとか。理由はわからねぇが、きっと竜には竜の都合が在るんだろう。

 だから、これは想定内であって、慌てる理由にならなかった。

 ただ、それだけのことだ。

 想定して、俺なりにルルドに対して色んな働きかけをしてたつもりだ。
 あいつは、普通の竜じゃねぇから。

 情に訴えて、胃袋掴めば、どうにかなるかもしれねぇ。
 淡い期待を込めて、俺は努めた。

 でも、まぁ……それだけじゃあ、やっぱり不十分だったってことだ。

『帰ったら、話がある。
 大事な話だ。待っててくれ』
『うん!』

 返事だけはよかったが、結局待ってなんていなかったしな。

 だから。

『絶対に、勝手にいなくなんなよ』
『う……うん、……わかった』

 なんて言葉も、信じちゃいねぇ。

 もしかして、とは期待しても、冷静な俺はそれをずっと否定してた。

 でも、それでも俺は、餌付けして、居心地を良くして、ルルドが俺から離れなくなばいいと、願ってたよ。

 それだけじゃ、足りなかったのか。
 足りなかったんだろうな。

 わかってたけど。



 *



 俺は家を片付けた。
 ルルドのいない、俺とルルドの家を。

 もう戻ってこないだろうルルドのものはさっさと片付けた。譲れるものは譲り、廃棄するものは廃棄した。

 はぁ………。

 わかってたこととはいえ。
 当たり前にいた場所に、当たり前にいないってのは、こんなにも辛いんだな。
 いてほしい奴が、そこにいないっつーのは、何とも堪えるものがある。

 ルルドが使ってた皿とか。

 勢い余ってつけた歯形があるスプーンやフォーク。あいつ、歯並びきれいだったよな。つーか、金属にはがたつけるってどんな顎力だよ。

 お椀じゃ足りなくて、買い直したデカいどんぶりとか。

 二人で料理するために買い足した包丁だとか。

 いちいち、あいつの顔が……美味そうに俺の作った飯を食うあの顔が思い浮かんで、そのたびに胸が引き攣れる。

 一緒に寝てた……のか、なんなのか。とにかくベッドは、最悪だ。あいつが使ってたベッドは最初に廃棄した。

 ルルドの残渣が、いちいち俺を刺激する。

 まぁ、俺ももうすぐここを出ていくつもりだけどよ。

 だから、ルルドのもの以外の、まだ使える道具や家具は譲ってしまった。
 がらんとなった部屋は、それほど長く過ごしたわけでもないのに、異常な哀愁を誘った。

 ルルド、お前。ホントにすげぇな。いてもいなくても、俺のこと振り回しやがって。

 ホントにお前、ひどい奴だよ。
 ここに一人でいるのは、辛すぎるぞ。

 何とも言えない物悲しさに、一つ息を吐いたところで、

「ヴァレリウス」

 名を呼ばれた。作業の手を止め声の主を見れば、そこにはカインが立っていた。

 このラフな格好の……いつも誇らし気に着ていた神官服ではないカインの姿も、いつの間にやら見慣れたもんだ。

「なんの用だ。こんなとこまで」
「本当に、神官を辞めるのか……?」
「………辞めるのかっつーか、もう辞めたんだよ」
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