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Ⅲ.大好きな卵編
64.俺は、救済の予言の面倒な本質を知る①
しおりを挟むルルドが術を解き、二人で『閉じられた空間』から出ると、阿鼻叫喚の凄惨な現場が目の前に広がった。
巨大なヒクイドリがユーリに襲い掛かっているところで。
すぐ隣にいたメイナードを己の前に引っ張り込み、前方へと突き飛ばした。
「あいつ……っ」
「あ。優利が赤い人を盾にしちゃったね」
メイナードは咄嗟の事態に、剣を構えたものの、ヒクイドリの強烈な前足の一撃に薙ぎ払われ、地面へと叩きつけられて動かなくなった。
「うわぁ……ヒクイドリにざっくりやられちゃったね。
リッキーが人は食べないって言ってたけど、そもそもヒクイドリの一番の武器は足の鉤爪だもんね。むしろ食べられた方が、食物連鎖的には意味があったような……。
あちゃあ。腕がプラプラしてる。出血がひどいみたいだけど……死んじゃうかもね。
ああ、もう死んじゃったかも?」
なんて、一切緊迫感のない声で言う。
ユーリはというと、メイナードを突き飛ばした反動を利用して、後方へと飛びそのまま一人、獣の集団から距離をとって逃走を図っていた。
あいつ、ムカつくことに運動神経は悪くねぇんだよな。
と言っても、ユーリもボロボロみたいだな。
全身泥だらけで、右腕がだらりと垂れ下がり、全体が赤く染まっている。整ったご自慢の顔にも血が滲んでいるのが見えた。
カインはというと、審問官を含め全員を庇うように最前線で戦っている。が、顔の右半分が血に覆われてる。
「あれは右目がつぶれちゃってる感じだね。左手も折れてる」
俺の視線を追ったのか、ルルドがカインの容体を教えてくれる。
「なるほど。なるほど。これが竜の試練ってやつの本当の光景なのかな?ヴァルがいないと、こうなっちゃうんだねー」
「いや、俺がいないとっつーか……」
こんだけバンバン竜気術使って、濃い竜気を乱しまくれば、竜気の影響を色濃く受けてる怪物どもがじっとしとくはずねーわな。
俺ならこの降誕の地で獣を殺るとき、極力竜気術は使わねーよ。
なんにしろ、全部こいつらの自業自得だ。
「でも、こんなにうるさいんじゃ、ちゃんと話もできないなー」
ルルドは腕くみし、不満げに言うと、大きく息を吸い込んだ。
「はいはーい!皆、ちょっと静かにしてね!!」
――ぶわり……っ
と、形のない圧迫感がルルドを中心に疾風のごとく駆け抜けて。
――しーん……
辺りは一瞬で静まり返った。
びりびりと空気を震わすような重みに、人も獣も、植物すらも微動だにしなくなって。
乱れていた竜気が瞬時に整った。
この圧迫感を心地よく感じんのは、俺がルルドの竜騎士だからか……?
「割り込んで申し訳ないんだけどさ。ちょっと僕たちも、この人達に用があるから、お先してもいい?後にしてくれる?」
ルルドは当たり前に、獣に対して会話する。
そして、怪獣も怪鳥も、食人植物も、かくかくと見たことのない奇怪な動きをして……おそらく同意の頷きだろう、そろそろと静かに後ずさっていった。
「うんうん。いい子たちだねー」
にこにこと満面の笑みで、獣たちに手を振るルルドは……。
こんな言動にもかかわらず、これまで他の竜の長から感じた、人ならざる者の気配を、全身から放っていた。
神秘的な気高さを体現したような。実体がありながらも、虚構なのではないかと思わせるような、違和を感じさせる。
疑いようもない。すべてを知ると言われる竜そのものの存在感だった。
その証拠に、これまでは巧みに竜気を操るルルドを憧憬の眼差しで見つめて、少しでもお近づきになろうとしていた神官どもが、もはや一同に跪き平伏している。
触れるどころか、見ることも畏れ多いと言わんばかりに、顔を地に伏せていた。
不思議だな。姿形は特に何も変わってねぇのに。
白い髪はこれまでも十分綺麗だったが、いまやその一本一本が何かの繊細な宝石のように輝いて見える。
白い肌も、黒々と煌めく瞳も、朱色の唇も、すべてが人ならざる者の崇高な色をたたえていて。
これまで非常識に見えた言動が……他の竜の長から感じた、『この世が在るためにある』という竜の在り方であるように見えてくる。
笑顔が消え、無表情になると一気に凛々しさと清廉さが際立って、俺は、息を飲んだ。
ルルドは、竜だ。
今更、改めて俺は確信した。
と、同時に不安と焦燥があっという間に胸を満たした。
俺は、何考えてんだろうな。今になって。ルルドに早く成熟してほしいと、俺は望んでいたはずなのに。
何で今になって、奇妙な後悔に似た感情が押し寄せてくるんだか。
いや、今だからか。
俺は不安だったから。ルルドが成熟したら、一体どうなっちまうのか。
ルルド自身が、俺とルルドの関係が。
ふっとルルドの真剣なまなざしが俺を射抜き、心臓が跳ねた。
手招きで呼ばれて、吸い寄せられるように近づけば、俺の耳元にルルドが顔を寄せ、
「僕、靴脱いだ方がいいかな?」
と言った。
「……………は?」
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