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Ⅱ.体に優しいお野菜編
67.俺は、二人の家に帰る②
しおりを挟む「イヤならイヤで、話くらい聞いてやるから。だから……」
ルルドの震える手が、抱きしめている俺の腕をぎゅっと握りしめ、重みが俺の方へと傾いた。
ふぅ……、と細く長い息を吐いて、ルルドの身体から力が抜けていく。
『今のルルドをルルドたらしめている何かが損なわれる可能性、十分にある』
ルルドがルルドじゃ無くなるなんて、冗談じゃねぇ。
俺は今のルルドがいいんだよ。竜らしくなくて、人としてもズレてる。そんなルルドが。
だから、駄目だ。
今ルルドが、怯えている『イヤ』なものを手放すなんて許さねぇ。
ルルドをルルドたらしめている大切な何かが、一緒に消えて無くなってしまう。
そんな確信めいたものが俺にはあった。
何としても、繋ぎ止めなくては。そんな思いを込めて、ルルドを強く捕まえた。
ルルドに纏わりついた黒い竜気が、じわじわと俺にしみこんでくる。
そして、俺からまたルルドへと、触れたところから戻っていく。
ルルドは俺の腕の中で、ぐりぐりと胸元に顔をこすりつけ、そしてそこで大きく息を吸う。
そして、ふふふ、と笑って、俺を見上げた。
「ヴァル、いい匂い。温かい」
ああ。いつものルルドだ。
くんくんと俺の匂いを嗅ぎながら「やっぱり、蜂蜜が必要だねぇ」なんて、安定の食いしん坊発言を繰り出すルルドに、俺はほっと胸をなでおろす。
「先に寝とけばよかっただろ。こんなところで、寝てんじゃねーよ」
「大丈夫だよ。そもそも、竜には睡眠が要らないの、ヴァルだって知ってるでしょ」
「いや、どう見てもいるだろ。お前には」
「………え?」
え?ってなんだ、え?って。
今、お前自分の顔見てみろよ。目は赤いし、隈がすごいぞ。どう見ても、睡眠不足の奴の顔だよ。
「まさか、お前……昨日から寝てねーのか?」
俺の問いに、ルルドはこくりと頷いた。
「だって……」
「だって、じゃねーだろっ!」
何考えてんだよ、こいつは。
確かに竜には食事も睡眠も必要ないと、青銀竜の長が言ってたが……それは普通の竜の話だろうが。
いや、待て。もしや、こいつ……。
「お前、まさか……飯も食っていないなんて……俺と食った昨日の朝以降、何も食ってないなんてこと無いだろうな?」
俺の質問に、ルルドの視線がわかりやすく泳ぐ。つまり、肯定だ。
「ルルド……お前は……っ」
人には飴食っとけなんて、言っておいて。自分が食ってねーなら世話ねぇよ。
「うっ……でも僕、竜だよ。何日か寝なくても、食べなくても平気だよ?だって、竜だから」
「竜、竜うるせーな。竜のことなんて知らねぇよ。俺は竜じゃねぇんだから。他の竜がどうだとか関係ねーし、興味もねぇ。
でも、ルルドには、睡眠も食事も必要なんだよ。絶対に」
「え?……だって、食事も、おやつみたいなもので、絶対に必要なんてこと……。
寝るのだって……」
「いや、必要あるだろ」
「なんで?なんで、そう思うの?」
「んなもん、見りゃあわかる」
俺の言葉に、ルルドの瞳が大きく見開いた。口も半開きで、きょとん、と動かなくなる。
「なんだ、その顔は。
自分が腹すかしたとき、眠たそうなとき、どんな顔してるか、一度鏡で見てみろよ」
そういえば、ルルドが鏡見てんのは見たことがねぇな。
はぁ……一度と言わず何度でも自分をしっかり鏡で見て、その他色々も一緒に自覚してくれ。
「えー?だって、……でも、」
「いいか。竜は何日か寝なくても、食べなくても平気、なんじゃねーよ。
まったく眠らないし、食べない。そもそも睡眠と食事の概念が、はなから無いんだよ」
「ふーん……?」
「そういう風にできてないっていう意味だ。
例えば、野菜は少しでも歩いたり、しゃべったりするかよ。しないだろ?」
「何言ってんの、ヴァル。そんなの当たり前でしょ」
「だーかーらーっ!お前が食べたり寝たりすんのも、同じことなんだよ!
根本的に、お前は他の竜と違うんだ」
「ええー?」
もしかして、こいつは本気で、自分に睡眠と食事が必要ないと思ってたのか?
まさか、娯楽か何かのつもりで、寝たり食ったりしてるつもりでいたってことか?
呆れるほどの、馬鹿だな。
「うー……?うーん……うーん……?」
何かが生まれそうな唸り声で、ルルドは考え込む。
「何にしろ、お前に普通の竜の概念は通用しねぇんだよ」
自分に要るものがわかんねーなんて。どんだけ感覚鈍ってんだよ。
まあ、竜として未熟だったり、“迷い星”の影響だったりで、自分の性質だか体質だかが良くわからないんだろうが。
はぁ……難儀だな。なんて、世話のかかる奴なんだ。
「あ。そういえば、お芋お兄さんは?」
どうやら、ルルドの中ではケビンはお芋お兄さんで固定したらしい。個を認識してるだけマシだろう。
「あいつは、家に帰ったよ。爺さん、婆さんも心配してるだろうしな」
「ふーん」
ていうか、お前、そんなにケビンに興味ないだろう?大あくびしてるくせに。
「寝不足で、腹が減ってりゃあ、考えられるもんも考えられねーよ。
そんなんだから、変な夢をみるんだよ」
俺は、ルルドの頭を強めにくしゃくしゃと撫でた。
うわっと声をあげながらも、緊張が解けるのがわかる。
とはいえ、俺もルルドのことを言えない。
昨日からまともに食ってなければ、寝てもないんだから。
「とりあえず、夕飯を食うか」
お前の作ってくれた、野菜スープを、二人で一緒に。
「うん!」
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