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Ⅱ.体に優しいお野菜編

53.俺は、改めて自己紹介する①

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 気づけば、ルルドは俺の隣を離れ、デュランの足元で動けなくなっている院長の傍らにしゃがみ込んでいた。

「は………?お前、いつの間に……!?」

 デュランが驚きと共に、腰の剣へと手を伸ばし、抜剣するそのままにルルドを薙いで、院長へと斬撃を叩きつける。

 ──ガキィッ

 剣はただ空を切って、乾いた音を立て火花が散る。
 デュランの剣は、虚空を過ぎただ石の床へとぶつかり、弾かれただけだった。

「院長、もう大丈夫だよ。ヴァルが、来たからねぇ。
 うわぁ……胸にナイフが刺さってる。このままだと血胸か出血多量ですぐに死んじゃうよ?
 痛そうだなぁ」

 いつの間にか、ルルドは再び俺の傍へと戻っていた。当然のように、院長と一緒に。

「なっ……なんだ……こいつっ!」

 デュランは何が起こったのか、まったく理解できていない。

 まぁ、俺だって何がどうなったのか理解できないけどよ。
 ただ、慣れた。理解できないことを受け入れた。麻痺した、ともいうのかもしれない。それだけだ。

「ルルド、大丈夫なのか?」
「剣を抜いて、止血して、そして傷を防げば……ちょっと、血を足した方がいいかもね。
 この程度なら、お芋お兄さんより全然なんてことないよー」

 ルルドの口調は相変わらず場違いに穏やかだった。

「僕が全部キレイにしてあげるからねー」

 一瞬だけ、俺は迷った。

 ルルドを止めるか否か。でも、あの出血の量、刺されている場所。今、ルルドを止めれば院長は助からない。

 迷ったのは、一瞬だった。
 あー……くそったれ。俺はホントに勝手だな。ルルドの安全のために、怒鳴りつけて、押さえつけて、行動を制限しておきながら。

 自分の都合で結局こうして──

「はっ……やっぱり、てめーら知り合いだったんじゃねぇか」

 吐き捨てるかのようなデュランの声が震えていて、驚愕をどうにか逃がそうとする必死さが隠せていない。

「……………どういう意味だ?」
「ユーリがな。こいつに用があるって言うんで、街に出てこいつに会ったんだよ。
 そんときは、お前のことなんて知らないって振りしていたが……お前の入れ知恵か?
 流石だな、せこいことしやがる」
「な……っ」

 ユーリ、やっぱりルルドに接触をはかってきたか。

 予想はしてた。が、当のルルドが全くユーリを認識してねぇんじゃな。注意も何もできやしねぇ。

 しかし、知らない振りなんて、そんな器用なことをルルドができるとも思えないんだが。
 というか、知らない振りをする必要性が認識できねぇだろ、ルルドには。

 ……ああ、もしかして、こいつ。

 その瞬間。
 ふわりっと重苦しい黒い靄が広がる。俺は手先と足先がぴりぴりと痺れ、震えるのをこらえた。
 酷く優しく……まるで、心を優しくなでられるような、そんな心地が俺を襲う。

 ルルドはただ院長に手をかざし、剣をするりと手も触れずに抜き、止血し、傷を見る見るうちに治した。そして、しばし待てば、院長の蒼白だった顔に赤みがさした。

 ルルドはただ、自分の言ったことを、現実にしただけ。それだけだ。

「うん。これで、元通りだね」
「は……?なんだ、その力は……」

 目の当たりにした現実に、デュランが驚き、恐れ、そして同時に打ちひしがれているのがわかる。

 これが、竜の力。ルルドの力だ。

 損傷や欠損の激しい瀕死の肉体を、まるで初めから何もなかったかのように、完全に回復させてしまう力。
 人ならざる、人を超越した力。竜の力。

 当のルルドは、その驚異的な力を全く自覚していない。当たり前のように、ただ想像を現実にする。

「………ん?この人、誰?」

 と、まるで今気づいたようにルルドがデュランを見る。

 いや、実際今気づいたんだろうな。本当にこいつの視界はどうなってんだろうな。

 ………で、なんだってお前、しかめっ面で鼻を両手で覆ってんだよ。

 この行動には、見覚えがあって。
 俺のイイ匂いとやらを、防ごうとしてる時の無駄な動作だ。だけどあの時みたいに、抗いながらもとろけるような上気した表情とは違う。

 不味くて臭くて仕方がない、そういう苦虫を嚙み潰したような顔だ。
 
 なんだ?何か臭いのか?お前、大神官のときだって、そんな顔してなかったぞ。

「おい、ヴァレリウス!こいつは、何者だ!?」

 明らかに動揺したデュランが、抜き身の剣の切っ先をこちらへと……ルルドへと突き付けて、叫ぶ。

 おいおい。剣が震えてるぞ。あぶねーな。まぁ、わかるぜ。

 今、目の当たりにした現実が信じられないって。俺も何度見ても信じられねーから。

 ルルドの使う竜の力は、デュランが竜騎士となるべく、理想としてきた力そのものはずだ。強く、強く望んできた力。
 同時に、どんなに努力しようと、絶対に手にすることができない力だ。その力を目の当たりにすれば、軽い絶望を味わう。

 当のルルドは、デュランの行動にも全く動じることなく、ぽかん、と表情が抜け落ちている。

 なんだ、その間抜けな面は。

「ねぇ。ヴァル」

 だから、その鼻おさえんの、意味ないっつーの。声がくぐもって聞きづらいだけだぞ。

「なんだ」
「ヴァレリ……?……って誰?」

 あー……やっぱりか。


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