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Ⅱ.体に優しいお野菜編

35.僕、黒い人や臭い人に絡まれてます③

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 扉のあく音に、室内にいた人たち全員の視線が僕に向いた。

 院長は……いつもの院長だ。あの善良で人を疑うことを知らない、あの院長。
 その院長は、ハッとした顔で僕を見て、瞬時に悲壮な表情に転じる。

 何、その顔。僕がここに来ちゃまずかった?

 そして、でっぷりとした偉そうな人は、お馴染みのずるずるとした白い神官服を着ていて、さらに頭には帽子をかぶっていた。

 あの帽子……あんなに長い意味、ある?
 出入り口で絶対ひっかかるでしょ。ホント、神官服って意味わかんない。

 そして、その横に控える二人は………何というか、野蛮な人たち、に見えた。
 身に着けているものこそ、それなりの品質のもので、平民よりも金銭的な余裕があるようだけど。
 僕が見てきた中では、盗賊とか、荒くれ者、という人たちが一番しっくりくる二人だった。

 間違いない。この臭いの根源は、あのでっぷりとした偉そうな人だ。

「うっぷ……」

 ダメだ……吐きそう。
 いまだかつて、こんな汚臭?腐臭?を嗅いだことがあっただろうか。

 ………いや、あるね。この臭い。

 この激しく鼻がもげそうな臭い、覚えがある。忘れたくても忘れられないほどの、地獄のような臭さ。いや、本気で忘れたかった。だから、忘れてた。ヴァルのイイ匂いで上書きしてた。

 これは間違いなく、神殿におつかいに行ったときに嗅いだ匂いだ。
 もう二度と嗅ぎたくないと思っていた、腐った生ごみよりももっと腐ったような臭い。

 臭い。臭すぎるよぉ。

 そっか、こんなに臭いから、きっと院長は僕のことを心配してくれたんだね。

 ああっ!今すぐにヴァルの美味しいイイ匂いを嗅ぎたい!

「ほう………」

 臭い人が僕を見て、何やら感嘆の声を漏らす。

「このような者を囲うことこそ、何よりの証拠。
 これまでも、見目麗しいものを奴隷商人へと引き渡しておったのだろう?」

 んん?なんの話だろう。
 このような者って、もしかして僕のこと?

 囲うってどういう意味だろ。

 ダメだ。全然意味が分かんない。考えられないくらい、臭くて……僕、もう……。

「そのようなことは……っ」
「この院の孤児はすでに、保護が済んでいる。あとは、人身売買の首謀者たるお主を捕らえるのみだ」
「なっ……竜に誓って、そのようなことは致しませんっ!」

 何の話かは分からないけど……もしかして、院長が何か悪事の首謀者にされて、捕まりそうってことかな?

 ぷふふっ。
 あり得ないでしょ。この院長はずっとお花みたいなぽわぽわした匂いがしてるんだよ。
 悪事なんて、働けるはずが無いじゃん。

「弁解の余地はない。
 では、如何様にしてここを建て直したのだ?そのような金を、どのようにして得た?」 
「それは……っ」

 院長がちらり、と僕を見た。見て、そして口を噤む。

 あれぇ……?
 何だかこれ、僕がここをキレイに作り変えたのが、良くなかった感じ?

「安心するがよい。この者も、私がしっかりと保護してやるゆえ……」

 言いながら臭い人は、ねっとりと絡みつくような視線を僕に向けた。

「この老いぼれがどうなろうと、かまいません。
 これ以上、あの子から何も奪わないでいただけませんか。どうか……っ」
「はっ……盗人猛々しい。処遇は罪状による。連れていけ」

 臭い人の後ろにいた二人は無言で院長へ近づき、両脇から拘束する。そして、力任せに引きずって行く。
 最後まで院長は気づかわし気に僕の方を見ながら、部屋を連れ出されて行った。

「うーん……どうしたらいいんだろう」

 これ、今日の夕ご飯はどうなるの?せっかく、ニンジン採りたてなのに。

「お主が気にすることなどない」

 いや、ご飯は大事。全然、些末なことじゃない。何なら僕はそのために生きている。
 ダメだよ。ちゃんと味わって食べないから、そんなに太っちゃうんだよ。

 ていうか、声が気持ち悪いんだけど。ねっとりしたヘドロみたいで。

「ああ……こうして改めて見ても、誠に美しいな」

 わかる。わかるよ。
 僕が持ってる今日夕食に使うこのニンジン、とっても美味しそうだもんね。
 この橙色の美しい艶!形!全部全部、最高だからね!!

 まさに、自然美。美ニンジンだ。

 ちなみに、今日の夕食は、とれたてのニンジンのポタージュと、ニンジンのラペ。
 あと、豚肉のコートレットです!

 臭い人はペロリ、と舌なめずりをする。そして、僕へと近づいてくる。

 僕の方をじっと見ている、この目を僕は知っている。欲にギラついた、今にも欲しくて欲しくて仕方がないときの目だ。

 何、この人……もしかして、お腹が減ってるの?
 まさか、今日のご飯が欲しかったの?

 ………ニンジン目当てとか?
 うんうん。僕の作ったニンジン、我ながらいい出来だからね!

 うっ……それにしても、この臭い……どうにかならないの?こんな臭い人とは、一緒にご飯なんて無理だよ。

 僕はあまりの悪臭に顔をそむけるけど、

「ははっ……怯えているのか?なかなか初々しい反応をする」

 なんて言いながら、さらに近づいてくる。

 こんな臭いの、怯えるでしょ。
 ここまで臭いのは初めてだよ。
 やめて……もう、何も言わないで。こっち見ないで。来ないで。臭すぎて、僕、吐いちゃうから。

 気失っちゃうから!

「君を保護するよう進言した竜の神子に感謝するがいい。
 心配せずとも、今よりもずっと豊かな美味しい思いをさせてやろう」

 美味しい思い……ヴァルよりも?

 いやいや、それは無理でしょ。ないない。絶対にない。
 ヴァルの作るご飯より美味しいものなんてないんだから。ヴァルより美味しい人なんていないから。

 あー……昨日の朝のオムレツも、最高だったなぁ…。

 どうやったらあんなにトロットロのふわふわで、ぽんわりしっとりに仕上げられるんだろう。
 ヴァルの卵愛が詰まってるっていうかさぁ。

 あの上からかかったトマトソースも手作りだよ?卵の甘みを引き立ててる絶妙な塩気と酸味!
 どんだけ卵が好きなんだよって感じでしょ。

「白銀の髪の輝きもさることながら、シミ一つない滑らかな白い肌。その中にあって黒い瞳が、黒曜石のようだ。薄紅色の唇も愛らしい。
 そなたは、何が好きだ?何が欲しい?……望むものは、なんでも与えよう」

 ――――ん?

 僕が夢中でヴァルのことや昨日の朝食にタイムスリップしている間に、臭い人は僕のすぐ目の前に迫っていた。
 それどころか僕の胸元とお尻に手が伸びていた。探るような手つきが僕の身体を這って、流石の僕も目の前の男の目的に思い至る。

 …………はっ!!え。何。待ってよ。
 
 この臭い人がまさぐってる場所。胸とお尻のポケットには、ヴァルのために買ったキャンディが入っている。

 
 まさか、この人も、飴泥棒なの!!?

 え?神官って、飴も自分で買えないの!?

 でも、ダメだよ。絶対あげないから。

 これは、僕がヴァルのために買ったんだからね!!

「全部、ヴァルのなんだから。少しだってあげないよ!!」

 僕は静かにだけど重く竜気を声に乗せ宣言して、渾身の竜気を一気に放った。

 ドガシャーーーンッッッッ!!!

 僕を発信源として、黒い爆風と爆音が周囲に轟いた。

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