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Ⅱ.体に優しいお野菜編
28.俺は、白い竜に首輪をつける②
しおりを挟むぱたぱたと嬉しそうに揺れる尻尾を視界にとらえ、
「ケビンと、随分親しくなったみたいだな」
俺は半ば無意識につぶやいた。
言って、その言葉が自分の耳に入り、非難する口調に、自分で自分に眉をひそめる。
なんだ、この言い方。まるで恋人の浮気でも疑うような……。
『ケビン?誰それ』
こてんと首を傾げながらも、どさくさに紛れすんすんと俺の匂いを嗅いで、ルルドは言う。
「さっき来てたやつの名前も覚えてねぇのか」
思わず苦笑して……ハッとする。
俺は今、ルルドの返事に満足している。
「………お前が、あいつを家の呼んだんじゃねぇのか?」
『えー?違うよ。あの人がヴァルの好物を教えてくれるって言ってね、それで――……』
ことのあらましを聞いて、納得した。
ケビンはどこか俺の神官としての現状に対して、不必要な責任を感じているところがある。
きっと俺の変化を感じて、何かが刺激されたんだろう。
それで、今日夕食を二人で……。ったく、あいつは何考えてんだか。
「あいつだったから良かったが、無暗に他人を家に上げんなよ」
『無暗になんて上げないよ。
ヴァルの知り合いで、ヴァルのことを好きな人だったからだよ』
「ああ、そういう……」
で、また。ルルドの返事に、満足する俺がいる。
俺はどうやら、俺の作った飯をルルドが食う、という状態が当たり前だと思ってたらしい。
そして、それ以外は口にせず、それが飯であれ、竜気であれ満たしてやれるのは俺だけだと、そう思っていたようだ。
俺は他の誰かからルルドが食い物をもらってるのは、見たことがなかったし、本人も「今はヴァルだけ」なんて、言っていた。
だから、少なくとも今は、ルルドは俺の与えた物だけでできてるんだと、そう思ってた。
だからなのか。
俺ですら、一緒に料理なんてしたことねーのに。なんでケビンが先にやってんだよ、なんて。俺は苛立ってる。
俺のために作った料理なんだろう?だったら、真っ先に俺が食う権利があるんじゃねぇのか。だとか……どうでもいいことばかり考えてしまう。
さっきから繰り返し押し込めては噴き出してくる、自分でも馬鹿馬鹿しい考えが、はっきりと去来する。
はぁ……これは、要するに。
つまらない嫉妬だ。
ルルドが『俺のため』、『俺の好物を』なんて言うたびに、わずかに溜飲が下がるのがその証拠だった。
ルルドの行動の動機が、俺に起因していることを知って、俺は満足してる。
こんなの、もう誤魔化しようがねぇだろ。
俺はこの竜に対して、明確な独占欲を抱いている。しかも、かなり強烈で面倒な類いの。
これまでは、俺を踏みつけにしてきた竜が、俺を動機に行動する様に……俺の行動で一喜一憂する姿に、単純な征服欲や復讐心が満たされている、と思うことで、誤魔化してきた。
単にそうであれば、この気持ちは……ルルドが俺以外の奴と接しているときに、無駄にイラつくこの感情の説明がつかねぇ。
俺は、こいつの関心が俺以外に向くことが許せねぇ。
俺だけに執着しているルルドをみて、俺は確かに喜んでる。
俺は自覚した感情をぐっと何かに耐え、こらえた。
そして、ふーっと長く息を吐く。
「俺の知り合いでも、むしろ俺のことを嫌ってる奴も多い。気をつけろよ」
『うん、わかった。でも、あの人はヴァルの大切な人、だよね?』
「………まあ、そうだな」
『だったら、僕も大切にするよ』
「そうか」
『うん!』
あー……なんだ、俺ってこんなに半端なく面倒くせぇ奴だったんだな。
いちいちつまんねぇ情動に振り回されて、馬鹿みたいじゃねぇか。
と、その時。
ちゃりっと胸ポケットの中に入れたものが小さく鳴って、そこに突っ込んでいた物の存在を思い出した。
いや、このタイミングで、これを思い出すか、俺。
………いや、このタイミングだから、か。
俺は胸ポケットから、それを取り出した。
俺の手の中にあるのは、黒い皮と銀のチェーンがついた首飾りだ。
前に来る部分のみ黒革製で、残りは銀製の細い鎖でできている。
それをルルドの首元のあてがって、サイズと質感を確かめる。
ま、悪くはないだろう。
『ん?なに?』
「あー……これは、新しい………首輪、だな」
『え?新しいの?』
まず新旧かよ。まず首輪に突っ込めよ。簡単に受け入れんな。
正確には、首飾り兼首輪、が正しい。
「なんか印つけとかねぇと、お前を捕獲しようって奴がいたら、ヤベーだろ」
『ええー!僕、捕まったりしないよ?もし、そんな人がいたら、こうズバッと』
ルルドは言って、前足をブン、と振った。ぶわり、と風が巻き起こる。
なるほど。前足一振りで、疾風やら竜巻が起こせるらしい。
この風刃で熊も一発だったに違いない。
「馬鹿。だからだよ」
『えー?どういうこと?』
人が殺られたら、マズいんだよ。人の社会では普通に、殺人という罪になるからな?
理解できないまま頭を傾げるルルドの了承を得て、首飾りを首にはめてやる。
ルルドが首をふりふりすれば、ちゃりちゃりと金属音が鳴って首飾りが馴染んだ。真っ白な毛に埋もれ、半ば見えなくなる。
やっぱりな。鎖だけだとこの白い毛に全部見えなくなると思ったんだ。
『僕、前のも気に入ってたのに。シンプルでおしゃれだったから。
なんたって、あれヴァルの手作りだったし』
「いや、あれを人型ではめてたら……俺が危ない趣味みたいになるだろうが」
あれは完全に、犬を想定した首輪だ。
『ふーん?そうなの?
ああ、つまりこの首輪は人型でもおかしくないデザインってことなんだね』
「まぁ、一応な。人がはめていても、違和感のない作りにしたつもりだ」
デザインに特段自信があるわけじゃねぇけど。
『え?それって……。
ヴァルがわざわざ考えて、デザインして作ってくれたってこと?僕のために?」
「まぁな」
「あ。もしかして、最近夜、寝るのが遅かったのって……』
「ああ、これを作ってた」
『何それ。すごく嬉しいっ!』
ルルドの鼻息がふんふん荒くなる。ぶわりと毛が逆立って、尻尾がはち切れんばかりにぶんぶん揺れた。
『僕、竜体になれるの見られて以来、ヴァルに避けられてるんだと思ってた……』
いや、若干避けてたよ。変なところで勘がいいな。こいつは。
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