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Ⅱ.体に優しいお野菜編

14.俺は、これまでにない変化を感じる③

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 ルルドを神殿や神官共と関わらせていいことは一つもない。

 そう思ってこっちは気を回してるっていうのに、わざわざ忠告を無視して自ら突撃してくるとか……こいつ何考えてんだ。いや、何も考えてないだけなんだが。

 俺の不安や憂慮をよそに、ルルドの進撃は続く。

 竜気術……とはもはや言えない本家の竜気の使い方で、一瞬で廃棄決定だった武器防具用具をすべて新品へ変えてしまう。

 なんなら、それぞれの細工がより上質に、さらに鉱物の純度もあがり、元より価値が上がっている気がするのは、俺の気のせいであってほしい。

 物質の性状を変えるなんてことは、通常の人が扱う竜気術じゃありえない。

 掃除をするだけと言いつつ、神殿をあたかも建設当初のような姿に復元した。

 呆然自失の俺を尻目に、「窓ふきもするね!」とかなんとか張り切って、普段神官共が拝んでる有難い竜の像を足台にして軽々と窓に飛び移り、窓をピカピカに磨き上げて……純度が低く不透明だったガラスを、まるで何もないかのような透明なものに変質させた。

 何度も言うが、物質の性状を変えるなんてことは、通常の人が扱う竜気術じゃありえない。

 当のルルドは「やっぱり窓はピカピカ透明じゃないと!」なんて、これまでの5割増しで射しこむ日の光に照らされて、いい笑顔で笑っていた。

 どうにかしてルルドを隠そうとしている俺の苦労を、何もわかっちゃいない。
 これ以上神殿内が騒ぎになる前に、ルルドを慌てて帰したのは言うまでもない。

 その直後、ルルドを一目でも見た連中から、あれは一体どこの誰なのかと、しつこく詰問されることになった。

 あいつは、お前らの手に負えるような奴じゃねぇよ。

 さらに、武器や発掘用具の完全修理や、神殿の完璧すぎる掃除が誰の所業かを問い詰められて、俺は、自分のやったことだと苦しい説明を幾度となく繰り返した。

 そんな俺の苦悩は、きっとルルドには理解できない。

 そして、知らなくていい。



 その喧騒がようやく落ち着き、ぐったりと疲労感を抱えて帰路に着こうとしていた時、俺が最も恐れていた出来事が起こった。

「ヴァレリウス」

 知った声に呼び留められて、俺は足を止める。

「ちょっと、いいかな」

 ユーリだった。

 俺は密かに気を引き締める。

 ユーリは「竜騎士になる旅に出る」と言って以来、何の業績も上げていない。
 そんな竜の神子に対する不信が神殿内で徐々に燻ぶり始めていた。

 そして、俺を捨て置いたことを公然の秘密として理解している者たちは、じわじわと引き潮のようにユーリから遠ざかっている。

 俺が贄になっているうちはいい。けれど、自分にその矛先が向くことは何よりも恐れている。

 ユーリの焦りは火を見るよりも明らかで、じれればきっと、クラーケンの時のように何かを仕掛けてくるだろう。

 だから俺は、常にユーリに対し最上級の警戒をしている。

「今日、孤児院の使いで来た人がいたみたいだけど。ヴァレリウスの知り合いなの?」

 俺の心臓が軋んだ。それを悟られないように、表面上は平静を取り繕い答える。

「ああ、この前クラーケンの討伐の時に、近くで保護した奴だが……会ったのか?」
「会ったっていうか……ちょっとすれ違ったんだけど」

 あの馬鹿……竜の神子とばっちり遭遇してんじゃねぇか。

 ユーリは異界の人間であり、異色の色彩と整った容姿が目を引く。
 すれ違うだけでも一度視界に入れば、印象に残るほどに異彩を放っている。

 これを全然覚えてねぇって……どういうことだよ。

「あの人……普通の人?」

 ひゅっと息を飲む。心臓が止まるほどに跳ね上がった。

 そもそも俺が、ルルドを神殿に近づけないようにしていたのは竜気術に詳しい神官共に会わせないことと……一番には、ユーリと会わせないためだ。

 竜の神子であるユーリの知っていることは、推測できない。
 少なくとも、竜について俺の知らない何かを知っている。ユーリは確かに『黒き竜』について言及していた。

『そもそも、これは君の役目だよ。
今頃、君はとっくに黒い神官として覚醒して、黒き竜を隷属させて……この世を危機に陥れているはずなんだから』と。

 つまり、救世主らしい竜の神子ユーリと、黒き竜ルルドは敵対関係ということだ。
 会わせれば何が起こるかわからない。

 だから、接触しないように、双方の予定や行動範囲に注意していたのだ。

 それなのに……まぁ、あの竜の行動を読みきれるわけがねーか。

「普通の人、じゃなきゃ何なんだよ」
「その……僕みたいに、異世界から来たんじゃないの?」
「は……?」

 思いもよらない問いに、俺の思考一瞬停止する。
 普通の人か、と問われた俺が、最も恐れたのはもちろん『竜では無いのか?』と、いう意図だ。

 けれど、全く違う方向からの追及に、俺は何と答えたものか言葉が出ない。

 少なくともユーリは、ルルドの容姿でもって、あいつが竜であるという事実には気づかなかった、ということを確認して、その点は安心する。

 と、俺より先にユーリが待てないとばかりに言葉を重ねた。

「だって……あの人が、信号機みたい、て言ったんだ」
「シンゴウキ?」

 何だ、それは。

「信号機は俺の世界で、交通の標識の一つで……ほら、デュランと、カインとメイナードって、髪の色が青と黄色と赤だろう。
 俺の世界の信号機も同じ三色なんだよ。
 あの三人を見て、あの人がすれ違う時にそう言ったんだ」
「へぇ………」

 デュランと、カインとメイナードはそれぞれ青銀竜、黄金竜、赤銅竜の竜騎士候補で、竜の神子であるユーリと行動を同じくしている。
 確かに、三人の髪色は青髪、金髪、赤髪、だ。
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