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Ⅰ.主食編

11.僕、これでもグルメです④

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 いや、うそです。ごめんなさい。思い出せなかった。
 あんまり……いや、ほとんど……いや、全然覚えてない。

 えー……?どんなんだったっけ?
 確か、竜の神子とか呼ばれてた人が、いて。真っ黒な人がいたのはかろうじて覚えてるけど。
 他に何人かいたなぁ……くらいしか覚えてない。

 ………………。

 うん。あの時、僕、お腹がすいてたし、ヴァルを探すのに一生懸命だったからなぁ。

 うんうん。仕方ない、仕方ない。

「別に神官なんて職は……もはや、惜しくもねぇが。
 このまま帰って、奴らの思惑通りになんのは気にくわねぇ」

 ヴァルの瞳が深い紫色にぎらりと輝く。

 こんなこと言ってるけど。
 ヴァルは、きっと自分のことだけじゃなくて、孤児院のことや、院長のことも考えてるんだと思う。「やっぱり孤児は」なんて、心無いことを簡単に言われて、簡単に傷つけられることを、ヴァルは知ってるから。

 そうやって、ヴァル自身がずっと傷つけられてきたに違いないから。

 だから、ヴァルは面倒臭そうにしながら、悪態をつきながら……痛くて、辛い思いをしながらも、ずっと神官を続けてきたんだから。

「俺一人でも……もう一度行って、クラーケンを討伐する。それまでは、帰れねぇ」

 これはもう、決意した強い眼差しだ。

 きっと、このまま放置すれば、クラーケンが被害をだすかもしれないから、てことだよね。
 だから、放っておけない、て。

 ああ、もう、ヴァルは優し過ぎるよ。

 別にヴァルが危険を冒してまで、どうにかしなくちゃいけないとは、僕には全然思えないんだけど。

 でも、僕が止めたところで、ヴァルはきっと聞き入れないんだろうな。

「だったら、僕も行くよ」
「はぁ?お前みたいなちんちくりんが行って、どうなるんだよ」
「僕は、見た目はちんちくりんでも、これでも竜だから!きっと、クラーケンより強いよ!」

 胸を張って言えば、

「いや、お前。どうせ、クラーケンも知らねぇんだろ?」

 ヴァルが半眼で静かに指摘する。

「え、すごい。ヴァル、なんでわかったの?」

 ヴァルってもしかして、超能力者?

「はぁ………まあ、これを置いていくわけにもいかねぇか」

 その後、「さらに事態を悪化させる気がしてならねぇからよ」と呟いて、溜息をついた。

 やっぱり、ヴァルはとっても優しい。

 優し過ぎて……僕は心配だよ。



 *



 捜索、討伐するにあたって、ヴァルがクラーケンについて説明してくれる。

「クラーケンは、軟体の水生生物だ。タコとか、イカをもっと巨大で狂暴にしたと思えばいい」
「へぇ……」

 巨大なタコやイカ。かぁ。

 ………それってつまりクラーケンをやつければ、タコ焼きとか、イカ焼きみたいなのがいっぱいできるってこと?
 何それ。めちゃくちゃお得な討伐じゃない。

 じゅるり、と涎が垂れる。

「………まさか、お前……食う気じゃねぇだろうな?」
「え?食べないの?」

 食べるに決まってる。もったいないじゃない。

 即答する僕を、ヴァルが信じられないものを見る目でじっと見てる。
 その視線の意味の方が、僕には全然わからない。

 なんで逆に食べないの?謎過ぎる。

「この先の湖にいるんだっけ?」
「ああ。しかし……湖は川と繋がってる上、あいつは陸にも短時間なら上れるようになったかもしれねぇから。
 今もそこにいるかわかんねぇよ。つーか、もういないだろうな、おそらく」
「そっか。陸に上がれるなら、その方が討伐にはいいのかな。だって、ヴァルは泳げないもんね?」

 ヴァルはどうやって、クラーケンをやつけるつもりなんだろう。
 そうだ、僕が湖に潜っておびき出すとかはどうかな?

「あ?なんで、お前がそんなこと知ってんだよ」

 え。だって……。

「小さい頃に、魚をたくさん取ろうと思って川に飛び込んで、そのまま流されて溺れて死にかけたんでしょ?」
「!?!」
「それ以来、泳げないって。僕が川で水遊びしてたら、自分でそう話してたじゃない」

 ヴァルは、「だから、流されても知らねぇぞ」て言ってて。

 あれって、僕のこと心配してくれてたんだと思う。ふふ。僕、溺れたりしないのに。竜だから。

 僕の答えに、ヴァルが「ああ……そうか。お前がルゥつーことは……そういうことか……」と、苦々しい表情で頭を抱えた。

 何が、そういうことなんだろう。ヴァルってば、すごく顔が赤くなってるけど……大丈夫?

「忘れろ」
「え?」
「これまで、俺がお前に……ルゥに話したことは、全部忘れろ」
「え?全部って……」

 全部って言われても……そんな秘密にしないといけないような話あったっけ?
 別に普通の話が多かった気がするけど。子供の頃の話とか、今の仕事とか職場の愚痴くらいで……。

「ヴァルの夢が、田舎でのんびり白い犬でも飼って、自分の手作りのものに囲まれて細々とでも長生きすること、とかも?」

 世界征服でも企んでるならまだしも、こんな 慎ましすぎる夢、忘れる必要ある?

「~~~っっ!!!忘れろ!全部だ!!いいな!?」
「ええー、ヤダよ」
「いいな!」

 よくない。全然よくない。

 僕が返事をせずに考え込んでいると、

「忘れねぇなら、今後、お前は飯抜きだ」

 と、ヴァルが宣言する。

「ええっ!何それ?!あんまりだ!横暴だぁ!!」
「嫌なら忘れろ。いいな!返事は!?」
「………ええ……うーん、はーい、忘れますぅ」

 うそ。今の真っ赤な可愛い顔もあわせて、絶対に忘れないから。



 ヴァルの予想通り、クラーケンは湖にはいなかった。
 湖の縁には大きな爆発の痕のような抉れた箇所がある。へこんだ土もまだ均されていないし、倒れた木々の断面もけばけばと真新しい。

 これが、クラーケンによる被害なのかな?だとすれば、大きな生き物であることは間違いなさそうだ。

 険しい表情でその場所を見つめるヴァルには、何となく何がどうなってこうなったのか聞けなくて。
 だって、ヴァルが痛そうな顔で、何も言わないから。

 ヴァルは、一度だけ大きく息を吐くと、何かを振り切ったような表情で、「仕方ねぇな。探すか」と言った。

 僕は、どこか悲し気なヴァルの背中に黙ってついていった。

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