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Ⅰ.主食編

1.僕、とにかく腹ぺこです①

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 ごろごろと草の上を転がりながら、僕は空を仰ぎ見た。

 空、青いなぁ。雲、白いな。
 でもあれ、あんな美味しそうだけど、食べられないんだよ?

 ああ、お腹減った。もう、ぺこぺこ。そろそろ本気でお腹と背中がくっつく頃だと思う。
 これ、例えとかじゃなくて、本当にそうなる。絶対。たぶん。

「ルゥ、こんなところにいたのか」
『あ!ヴァル!待ってたよ、もう!遅いんだからっ』

 僕は跳び起きて、身体にくっついていた草を振るい落とし、急いで声の主に駆け寄った。
 ぶんぶんとふさふさの尻尾を振って、そのままの勢いで、身体に纏わりつこうとして、

『あ、いけない。ヴァルの神官服を汚さないようにしないとね』

 身体をすり寄せるように、ヴァルに身を寄せた。そして、ヴァルの手をぺろぺろと舐める。

 ぐきゅるるるううぅぅぅ~……。

 と同時に、僕のお腹が盛大になった。

「なんだ。お前、飯もらってないのか?いつも腹すかせてんな」
『だって、ヴァルのくれるご飯が一番おいしいから!お腹いっぱいだって、いつでも食べられるよ!まぁ、今は、お腹ペコペコだけどね!』
「ははは、わかったって。そうがっつくなよ」

 ヴァルは笑いながら、僕をいつもの切り株の所へ連れていく。

 大人が3人は座れそうな大きな切り株の上に、ヴァルがいつものようにお皿をおいて、その上に袋の中の食べ物を並べてくれる。
 今日は、野菜のスープとパンを持ってきてくれたらしい。

「今日は……ま、ちょっと物足りないかもしれねぇけど」
『そんなことないよ』

 と返事をして、僕はご飯の前にちょこんと座った。

 ……いや、実際には返事なんて出来てないんだけどね。

 だって、僕の声は、がうがうと発声しただけで、言葉にすらなっていないのだから。



 僕の名前は、ルルド。竜だ。

 本当はもっと、もーっと長い名前だけど、長すぎるからそれでいい。
 真っ白なふわふわの毛におおわれた体に、真っ黒でつぶらな瞳と、ピンクのお鼻に、垂れた耳。
 自慢のふさふさのしっぽも真っ白で、耳の上には小さな角が毛に埋もれて生えている。

 それが、僕の姿。

 竜は全てを知っている。
 生まれながらに、己が何者か、己が為すべきことは何なのか、知っている。この世の全てを理解し、構築するこの世の一部なのだ。
 神様みたいな存在。

 それが、竜だ。

 僕の意識が生まれたとき、僕は、僕の森にいた。
 森の中で一人で過ごしていたから、どのくらい時間が過ぎたのかもわからない。
 ただ、日が昇って、日が沈む。夜がきて、また朝がくる。そんな毎日が流れるようにただ過ぎていって、僕もその流れの中を漂っているみたいだった。

 ふと、お腹が減っていることに気づいたのは、たぶん生まれて30年くらい経ったとき。
 木の実や果物を食べたり、お水を飲んだりして過ごしていたけど、全然食べた気がしない。

 もしかして、僕肉食なのかも?
 と思って、空腹のあまり小さな兎に齧りついたときのことは……うっ、二度と思い出したくない。
 ダメ、吐き気がしてきた。

 そんなこんなで、ただ100年くらいが過ぎたある日。
 僕の森に人族が迷い込んできた。僕を見るなり逃げ出したその男たちが落としていった食べ物を……確か、干し肉とか硬いパンとかだったと思う。かなり前のことなので、はっきり記憶にない。そんな豪華なものじゃなかったけど、僕はそれを食べて思った。

 あ、食べ物だな、て。それを食べたら、少し元気が出る気がした。

 ホント、僕もバカだなぁ。
 お腹がすいてるなら、美味しいものを探して回ればいいんじゃないか!
 どうしてすぐに気づかなかったんだろう。

 なぜかここにいるのが当たり前で、ここを動いちゃいけないような気がしてたから。
 ずっと100年も腹ぺこのままで、時間を無駄にしちゃったよ。

 だけど、僕、もう我慢も限界。ていうか、我慢する理由もない!

 だって、僕は、竜なんだから!!

 このままの姿で人の前に出たら怖がられるみたいだから、ちょっと身体を小さくできたらいいんだけど……と、思っていたら、大きな家サイズだった身体が、大きな犬サイズになった。

 うん。いいんじゃない?これならきっと、犬に見えるでしょ。

 こうして僕の、美味しいものを探す長い旅が始まった。

 色々なものを食べて、それなりに美味しいような気がするのだけど、全然お腹は膨れない。食べても食べても、全然お腹いっぱいにならない。

 で、それから、えーっと……40年くらいは数えてたけど、そこから面倒臭くなって……。
 僕の森を出て100年くらい経ったのかな。たぶん。

 世界をめぐって……彷徨って……今いる場所が良く分からなくなった頃だった。
 僕は何となく直感で美味しそうな匂いがする方に進んでいって、ついにお腹が減り過ぎて、行き倒れてしまった。

 そんな時に、出会ったのがヴァルだ。

 どうやら僕は、ヴァルの住む街の外れにある森の中に倒れていたらしい。

 地面に横たわって動けなくなっている僕を、ヴァルが助けてくれたのだ。

 で、今僕はというと。

「ガキどもには、もういじめられてねぇか?」
『ヴァルが怒ってくれてからは、大丈夫だよ!』

 ヴァルが育ったという孤児院で、番犬として飼われている。

 ことになっている。

 孤児院としては飼っているつもりのようだけど、僕は飼われているつもりはない。認識の相違というやつだ。

 大きな犬の子犬サイズの僕は、もう少し大きい方が番犬としてはいいと思うけど。お腹が減り過ぎて、今は今より大きくなれないっぽい。
 何回か試したけど無理だった。前みたいに大きな家サイズになんて、全然なれる気がしない。

 竜はお腹が減ると縮むらしい。これ、新発見だから。絶対、たぶん。

「なんか、変わったことは無かったか?」
『昨日、また臭いにおいがぷんぷんする奴らが院長先生に会いに来てた。
 変な壺持ってたけど、全部割ってやった!僕が追い払ったから心配ないよ!』

 臭いにおいがぷんぷんしてたから、吠えて追い返してやった。

 あんな臭いにおいがしてたら、ご飯が不味くなっちゃうでしょ!

 それに、ああいう臭いの奴らは、大体悪い連中なのを、僕は経験則として知っている。

「俺が神殿に行って以来、ちょくちょく孤児院を抜け出すのがいたんだけどよ。お前が来てからはなくなって。……お前がいるからかもな。
 お前、意外と番犬できてんな。偉いぞ」

 言って、ヴァルが僕の顔を両手で掴んで、わしゃわしゃと撫でてくれる。

『もっと、撫でて!』

 えへへ。誉められちゃった。ヴァルになでなでされるの、僕大好きなんだよね。

 ヴァルは、神殿の神官だ。
 いつも白っぽいだぼだぼの服を着て、普段は神殿にいて、神殿の宿舎に住んでいる。

 まぁ、僕は神殿とか神官とか、人の社会のことは全然わからないんだけどね!

 こんなに白い服、汚しそうで気を使うし、正直ヴァルにはあんまり似合ってない。ていうか、全然似合ってない。

 ただ、神官はとても忙しいみたいだ。だって、ヴァルはとっても忙しそうだから。

 ヴァルはその忙しい合間をぬって、こうして僕にご飯をあげに来てくれるんだ。



 僕がはっきりわかることはつまり、ヴァルは僕の命の恩人で、めちゃくちゃいい人ってこと!

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