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5.そして『英雄』になる編
5-6.アレクセイの緊張と絶望感
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式典は、玉座の間で執り行われるとのことで、時間になると案内される。
この玉座の間は、戴冠式や王子、王女誕生のお披露目、国王誕生日謁見など、王族が関係する式典でのみ使用されるのが通例で、この場所で功労者の褒賞が賜与されるのは、今の体制になってからは初めてらしい。
凄いことのようだが、俺にはどうにも凄さが分からない。
し、どうでもいい。
俺には、もっと別に気になることがあって、そちらの方が余程気にかかっていた。
俺の選択を願いをセフィリオは受け入れてくれるのか。
それだけが、今の俺には、唯一の気がかりだった。
そんな俺の様子を見たセフィリオが、驚いた顔をして、小声で言った。
「アレクの緊張してるところ、初めて見た」
ああ、そうだろうな。俺もこんな緊張したのは、人生で初めてだ。
というか、緊張するというのが、こういうことなら、俺は今まで緊張したことがない。
そうこうしているうちに、順番に名前が呼ばれて、褒賞が賜与されていく。
今回、功労が認められ褒賞が賜与されるのは、その順番に、冒険者を代表して各冒険者ギルドのギルド長と、それを指揮した中央ギルドのギルド長であるコンラートさん、そしてセフィリオと、俺だ。
冒険者ギルドのギルド長、及びコンラートさんは、今後も冒険者ギルドが他の利権に脅かされない、独立した組織として運営されていく保証と、褒賞金が与えられた。
そして、セフィリオの順番になると、恭しく前に進み出て、国王の前に跪く。
国王は、セフィリオへの褒賞について宣言する。
「名誉学術称号として、名誉魔術博士の称号を授ける。
これまで同様に、その真摯な姿勢で、眇眇たる事に煩わされることなく、国防の要と言える貴殿の研究に尽力して欲しい。学術褒賞金を併せて与えるものとする」
国王の言う意味は正直俺には分からない。
事前にレイチェルさんが説明してくれたことによると、魔術の研究をする上では、最も名誉な称号の一つで、半永久的に研究の継続や学会に参加する資格を得ることが保証されるらしい。
当然、魔術の研究者としての身分も確立されることになる。
そして、俺の番になり、事前に言われたように礼をして跪く。
そして、国王が俺への褒賞について宣言する。
「国法に基づき、国家栄誉称号として、『英雄』の称号を授ける。
これは、他の如何なる権限をもってしても脅かすことのできない不可侵の称号である」
その、国王の言葉に、その場がざわり、とどよめいた。
これが、俺がランドルフさんに提案された、俺の選んだ道だった。
俺が望む今後とは、当然セフィリオと共に在ることだ。
それ以外ない。
そのときに、俺自身に不十分なのは、セフィリオのいる場所で、表立って彼を守ることが出来る地位と権力だ。
冒険者としては、Sランクと最高ランクの称号を得ている俺だが、それは冒険者ギルドが組織として独立しているがゆえに、独立した地位とそれに付随した権限だ。
これまで、セフィリオは魔術師として、研究者として、伯爵として様々な悪意に晒されて、苦境に立たされてきたが、その中でも、貴族としての社会的地位には俺自身の何をもっても、太刀打ちが出来なかった。
それを守ってきたのは、今、目の前にいる国王でありシュバルツ公爵家であり、エミール伯爵家の人々なのだ。
セフィリオを脅かすことが、分かっていながら、俺が何もできない。そういうものが、貴族社会にはある。
しかし、俺はどう考えても自分が貴族として生きていくことが考えられなかった。
そもそも、そういう立場に興味が無いことが一番なのだが、領地に対する責任を負うのも、王宮に勤めるのも、どうにも窮屈にしか思えなかった。
そういう俺の思考を、セフィリオは理解しているだろうし、俺が貴族になるなどと言うことを賛成するとは思えない。
この『英雄』という称号は、国法の中でも風化した幻の称号で、実に1000年前に一度、与えられたことがあるらしい。
強大な力をもった、かつての『英雄』のために、作られた条項だと聞いた。
その、個人のもつ強大な力を、他の権力に脅かされないことを保証することが、この称号の主な目的で、その者の持つ力を利用したり搾取出来ないようにする意味がある。
ともすれば、国を相手にも交渉が可能になる、強い権限を持った称号。
それが『英雄』だ。
俺は、ランドルフさんからこの話を聞いたときに、自分が、強大な力をもった個人かどうかは別として、自分の想いを叶えるには、これしかないと思った。
しかし。しかしだ。
あれだけ、英雄に興味が無いと、そう言っていた俺が、褒賞としてこういった称号を望むことを、セフィリオはどう思うだろうか。
そう言った権力に興味のない俺がそういう選択をしたことに、どういった意図を感じるだろうか。
反対されたり、拒否されることを恐れた俺は、今日までそのことを話せずにいた。
俺はセフィリオと在るために選択をした。
セフィリオは、それをどう思うだろう。
これで、終わりかと思っていると、国王が再び口を開く。
「なお、貴殿には冒険者ギルドより、特例として、SSランクの認定の申請がなされており、この場をもって承認するものとする」
は?
いや、今なんて言った。
全く聞いていないことを告げられて、思考が固まる。
国王を見ると、実に良い笑顔で、俺を見ており、視界の隅にうつったコンラートさんは、完全にしてやったり、という顔をしている。
やられた。
俺には全く必要のないものが、あちらから飛び込んできた。
しかし、この場でそれを拒否することなど、出来ない。
「……謹んで、拝命いたします」
俺には、そういう以外の選択肢は無かった。
俺の、その言葉と礼でもって、その場は大きな歓声に包まれて、俺は冒険者ギルドの面々にもみくちゃにされながら、なだれるように式典後の交流会へと突入した。
結局セフィリオと話す時間はなく、お互いに他の功労者に囲まれて、夜の祝賀会のための支度をする時間となった。
*
祝賀会も、基本的な色調は昼のものと変わらない。
ただ、ジャケットの裾が長くなり、襟元のスカーフの光沢が強くなり、全体的な刺繍が派手になり、装飾品が増えた。
つまり、一段と眩しい。
着ている本人も目がちかちかする。
そんな視界の眩しさよりも、俺の気がかりはやはりセフィリオのことで、それ以外はない。
支度が終わると、皆と合流する。
セフィリオの服装は、趣が変わって、シルバーの光沢のある、ジャケットとトラウザーズ。刺繍が濃紺で施してあり、ベストは同色の紺。リボンタイが大きめのブローチで留められており、全体的に煌びやかな装いになった。
「…セフィリオ」
「ああ、アレク。その服も似合っているね」
そう言って微笑む。けれど、この微笑は、いつも俺に向けられているものとは違う、余所行きのものであることがすぐに分かる。
瞬時に、背筋に寒いものが走った。
「その、怒ってるか?」
「……何も、怒ることはないよ。
称号のことを言っているのなら、アレクが受けるべき当然のものだと思っているし、それを決めるのはアレクだよ」
そう、やはり笑顔で、淡々とした口調で言う。
じゃあ、なんで目を合わさないんだ。
俺は、きっと情けない、すがるような表情をしているに違いない。
すると、セフィリオは困ったように、一度息を大きく吐くと、
「ああ。ごめんね。アレク。
本当に称号のことは、良いんだ。その、僕のために考えてくれたことなんだと、分かっているし。
叙爵されるより、ずっといいと、僕も思う」
そう言った。
「僕は、本当に……アレク、貴方のことになると、どうにも欲が強くなるみたいで。
ごめんね。今は自分の気持ちに整理がつかないんだ。
けれど、これはアレクが悪いんじゃなくて、僕の気持ちの問題だから。
しばらくしたら落ち着くから、気にしないで欲しい」
言うと、先に準備を終えたランドルフさんや合流したエドガー、レイチェル夫妻の方へと行ってしまう。
俺は悪くないが、先ほどのことで、少なくともセフィリオは何かしら不快な感情を抱いているのだろう。
気にしないで欲しいと言われても。
いや、めちゃくちゃ気になるし。
というか、それしか気にならないから。
ああ。
俺は、自分の選択に対して、今までセフィリオから否定されたことが無かったのだ。
今回のセフィリオの態度は、初めての明確な拒絶に映った。
俺は、これまた感じたことの無いような絶望感を味わいながら、祝賀会への会場へと足を運ぶこととなった。
この玉座の間は、戴冠式や王子、王女誕生のお披露目、国王誕生日謁見など、王族が関係する式典でのみ使用されるのが通例で、この場所で功労者の褒賞が賜与されるのは、今の体制になってからは初めてらしい。
凄いことのようだが、俺にはどうにも凄さが分からない。
し、どうでもいい。
俺には、もっと別に気になることがあって、そちらの方が余程気にかかっていた。
俺の選択を願いをセフィリオは受け入れてくれるのか。
それだけが、今の俺には、唯一の気がかりだった。
そんな俺の様子を見たセフィリオが、驚いた顔をして、小声で言った。
「アレクの緊張してるところ、初めて見た」
ああ、そうだろうな。俺もこんな緊張したのは、人生で初めてだ。
というか、緊張するというのが、こういうことなら、俺は今まで緊張したことがない。
そうこうしているうちに、順番に名前が呼ばれて、褒賞が賜与されていく。
今回、功労が認められ褒賞が賜与されるのは、その順番に、冒険者を代表して各冒険者ギルドのギルド長と、それを指揮した中央ギルドのギルド長であるコンラートさん、そしてセフィリオと、俺だ。
冒険者ギルドのギルド長、及びコンラートさんは、今後も冒険者ギルドが他の利権に脅かされない、独立した組織として運営されていく保証と、褒賞金が与えられた。
そして、セフィリオの順番になると、恭しく前に進み出て、国王の前に跪く。
国王は、セフィリオへの褒賞について宣言する。
「名誉学術称号として、名誉魔術博士の称号を授ける。
これまで同様に、その真摯な姿勢で、眇眇たる事に煩わされることなく、国防の要と言える貴殿の研究に尽力して欲しい。学術褒賞金を併せて与えるものとする」
国王の言う意味は正直俺には分からない。
事前にレイチェルさんが説明してくれたことによると、魔術の研究をする上では、最も名誉な称号の一つで、半永久的に研究の継続や学会に参加する資格を得ることが保証されるらしい。
当然、魔術の研究者としての身分も確立されることになる。
そして、俺の番になり、事前に言われたように礼をして跪く。
そして、国王が俺への褒賞について宣言する。
「国法に基づき、国家栄誉称号として、『英雄』の称号を授ける。
これは、他の如何なる権限をもってしても脅かすことのできない不可侵の称号である」
その、国王の言葉に、その場がざわり、とどよめいた。
これが、俺がランドルフさんに提案された、俺の選んだ道だった。
俺が望む今後とは、当然セフィリオと共に在ることだ。
それ以外ない。
そのときに、俺自身に不十分なのは、セフィリオのいる場所で、表立って彼を守ることが出来る地位と権力だ。
冒険者としては、Sランクと最高ランクの称号を得ている俺だが、それは冒険者ギルドが組織として独立しているがゆえに、独立した地位とそれに付随した権限だ。
これまで、セフィリオは魔術師として、研究者として、伯爵として様々な悪意に晒されて、苦境に立たされてきたが、その中でも、貴族としての社会的地位には俺自身の何をもっても、太刀打ちが出来なかった。
それを守ってきたのは、今、目の前にいる国王でありシュバルツ公爵家であり、エミール伯爵家の人々なのだ。
セフィリオを脅かすことが、分かっていながら、俺が何もできない。そういうものが、貴族社会にはある。
しかし、俺はどう考えても自分が貴族として生きていくことが考えられなかった。
そもそも、そういう立場に興味が無いことが一番なのだが、領地に対する責任を負うのも、王宮に勤めるのも、どうにも窮屈にしか思えなかった。
そういう俺の思考を、セフィリオは理解しているだろうし、俺が貴族になるなどと言うことを賛成するとは思えない。
この『英雄』という称号は、国法の中でも風化した幻の称号で、実に1000年前に一度、与えられたことがあるらしい。
強大な力をもった、かつての『英雄』のために、作られた条項だと聞いた。
その、個人のもつ強大な力を、他の権力に脅かされないことを保証することが、この称号の主な目的で、その者の持つ力を利用したり搾取出来ないようにする意味がある。
ともすれば、国を相手にも交渉が可能になる、強い権限を持った称号。
それが『英雄』だ。
俺は、ランドルフさんからこの話を聞いたときに、自分が、強大な力をもった個人かどうかは別として、自分の想いを叶えるには、これしかないと思った。
しかし。しかしだ。
あれだけ、英雄に興味が無いと、そう言っていた俺が、褒賞としてこういった称号を望むことを、セフィリオはどう思うだろうか。
そう言った権力に興味のない俺がそういう選択をしたことに、どういった意図を感じるだろうか。
反対されたり、拒否されることを恐れた俺は、今日までそのことを話せずにいた。
俺はセフィリオと在るために選択をした。
セフィリオは、それをどう思うだろう。
これで、終わりかと思っていると、国王が再び口を開く。
「なお、貴殿には冒険者ギルドより、特例として、SSランクの認定の申請がなされており、この場をもって承認するものとする」
は?
いや、今なんて言った。
全く聞いていないことを告げられて、思考が固まる。
国王を見ると、実に良い笑顔で、俺を見ており、視界の隅にうつったコンラートさんは、完全にしてやったり、という顔をしている。
やられた。
俺には全く必要のないものが、あちらから飛び込んできた。
しかし、この場でそれを拒否することなど、出来ない。
「……謹んで、拝命いたします」
俺には、そういう以外の選択肢は無かった。
俺の、その言葉と礼でもって、その場は大きな歓声に包まれて、俺は冒険者ギルドの面々にもみくちゃにされながら、なだれるように式典後の交流会へと突入した。
結局セフィリオと話す時間はなく、お互いに他の功労者に囲まれて、夜の祝賀会のための支度をする時間となった。
*
祝賀会も、基本的な色調は昼のものと変わらない。
ただ、ジャケットの裾が長くなり、襟元のスカーフの光沢が強くなり、全体的な刺繍が派手になり、装飾品が増えた。
つまり、一段と眩しい。
着ている本人も目がちかちかする。
そんな視界の眩しさよりも、俺の気がかりはやはりセフィリオのことで、それ以外はない。
支度が終わると、皆と合流する。
セフィリオの服装は、趣が変わって、シルバーの光沢のある、ジャケットとトラウザーズ。刺繍が濃紺で施してあり、ベストは同色の紺。リボンタイが大きめのブローチで留められており、全体的に煌びやかな装いになった。
「…セフィリオ」
「ああ、アレク。その服も似合っているね」
そう言って微笑む。けれど、この微笑は、いつも俺に向けられているものとは違う、余所行きのものであることがすぐに分かる。
瞬時に、背筋に寒いものが走った。
「その、怒ってるか?」
「……何も、怒ることはないよ。
称号のことを言っているのなら、アレクが受けるべき当然のものだと思っているし、それを決めるのはアレクだよ」
そう、やはり笑顔で、淡々とした口調で言う。
じゃあ、なんで目を合わさないんだ。
俺は、きっと情けない、すがるような表情をしているに違いない。
すると、セフィリオは困ったように、一度息を大きく吐くと、
「ああ。ごめんね。アレク。
本当に称号のことは、良いんだ。その、僕のために考えてくれたことなんだと、分かっているし。
叙爵されるより、ずっといいと、僕も思う」
そう言った。
「僕は、本当に……アレク、貴方のことになると、どうにも欲が強くなるみたいで。
ごめんね。今は自分の気持ちに整理がつかないんだ。
けれど、これはアレクが悪いんじゃなくて、僕の気持ちの問題だから。
しばらくしたら落ち着くから、気にしないで欲しい」
言うと、先に準備を終えたランドルフさんや合流したエドガー、レイチェル夫妻の方へと行ってしまう。
俺は悪くないが、先ほどのことで、少なくともセフィリオは何かしら不快な感情を抱いているのだろう。
気にしないで欲しいと言われても。
いや、めちゃくちゃ気になるし。
というか、それしか気にならないから。
ああ。
俺は、自分の選択に対して、今までセフィリオから否定されたことが無かったのだ。
今回のセフィリオの態度は、初めての明確な拒絶に映った。
俺は、これまた感じたことの無いような絶望感を味わいながら、祝賀会への会場へと足を運ぶこととなった。
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