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4.厄災編

〈閑話〉セフィリオの独占欲③ (セフィリオ視点)

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 ギルド内は、午後の依頼達成の報酬を求める冒険者で混み合っていた。
 どこかに出ているのか、アレクやコンラート殿の姿は無かった。

「うーん…ここにホーンラビットを大量に転送する訳にもいかないな」

「そうですね。70匹はいますからね…」

 ハンス君も同意してくれる。

「セフィリオさんは、なぜ冒険者に?あの……身分のある方だと伺いました」

 この数時間で、随分と僕に気を許してくれたらしい。
 個人的なことを聞いて嫌がられるとか、面倒なことに巻き込まれるとか思わないのかな。
 なんて素直な子なんだろう。

「ハンス君、これまでお金とか身の回りの物をだまし取られたりしたことない?」

「え!?あります!なんで分かったんですか!?」

 やっぱり。
 彼のようなタイプは、搾取される良いカモにされがちだろう。

 えーっと、なんだったっけ。

「僕がなんで冒険者になったか、だっけ。
 そうだなあ。魔獣や魔術に興味があったことと——」

 僕が話しているところで、

「おうおう。お貴族様が何の道楽だ?」

 実にガラの悪い、厳つい冒険者が僕の前に立ちはだかって絡んでくる。
 アレクよりも上背のある男で、大きな両手剣を背に担いでいた。

「そこに立つことで見えることもあるかな、と思って」

 僕は特に表情を変えず、ハンス君に続けた。

「なんだ、ハンスじゃねえか。この前はあの後大丈夫だったか?」
「ガンツさん……」

 ハンス君がガンツと呼んだその冒険者は、にやにやとした汚らしい笑みを浮かべながらハンス君を見た。一方のハンス君は、青ざめた表情で気圧されて後退していく。
 その彼の背に手を当てて、後退を制して、僕は変わらぬ表情でその冒険者を見据えた。

「パーティーメンバーの不当な置き去り行為は、罰則の対象ですよ」

 静かに告げる。僕の言葉に一番驚いたのは、なぜかハンス君だった。後ろで僕の服を引くようにして制止しようとする。

「ああ、後ろの魔術師の方、ギルド室内で攻撃魔術の発動は控えてください。
 色々な計器に影響しますので。
 お仲間ですか?
 それはもう戦闘行為と認めていいですか?
 いいですよ、受けて立っても」

 僕が、普段淡々としているから皆勘違いしているようだけれど。

 僕は、そんなに気が長くない。
 アレクほど、穏やかでも無い。
 というかむしろすごく短気だと思う。

 僕たちの不穏な空気を感じ取って、いつの間にか周りから人が引いており、ギルド内はシンと静まり返っている。

「…言ったな」

 ガンツが、そう言ったのが合図だった。
 彼は、次の瞬間には背の両手剣では無く、腰の短剣に手を伸ばす。
 狭い室内で、あの両手剣ではあまりに場所を取るし、扱いにくいだろうから、良い判断なのかもしれない。

 けれど。

「動かない方がいい」

 次の瞬間には、僕は彼の背後から首元に短剣を突き付けていた。

 移動魔術の使える魔術師には、瞬時の判断が命取りだ。

 彼は、僕を侮ったのだろうけど、両手剣であれ、短剣であれ、瞬時に間を詰めて突き付けたとしても、僕にはかわすことが出来る。

 つまり、彼は僕にはどうあっても一撃を与えることは出来ない。

 そして、僕の一撃は、必殺の一撃であって、次は無い。僕には腕力や戦い続ける技術や持久力は無いから、生き残るためにはその一瞬で相手に対抗する他ない。


「僕は、アレクほど甘くない。これ以上を望むのなら、ギルド職員の裁量権でもって、対応させてもらう」

 ガンツの背後から、小さく囁いた。


 結局、慌てた様にして彼らが、どたばたと中央ギルドを後にした。
 周りの視線はが痛い。必ずしも悪いものばかりでは無さそうなので、気にしないことにしよう。




 混み合っていた受付も、ようやく僕たちの順番になった。

「ジェーンさん、ホーンラビット74匹討伐なんですけど、どちらに運んだらいいですか?」

「ああ。……では、直接解体場にお願いします。あと、4匹は端数になってしまいますので、お持ち帰りください」

 彼女は、僕がこの中央ギルドでランク上げをしている頃に中央ギルドの職員にあった女性だ。

 僕のいわゆる黒歴史を知っていて、レイチェルやコンラート殿とも仲が良い。

「あと、ジェーンさん魔術師の師範免許持ってましたよね?
 ハンス君に是非指導していただきたいんです」

「あら?でも、確かセフィリオさんも……」

「僕が師には向かないのは、自分が一番良く分かっているので」

 僕も、免許だけで言うならば、師範免許を持っているのだけれど。
 僕の魔術は、規格外だから定型の魔術を学ばせるのには不適当だ。

「あの……セフィリオさん、それって…」

 僕とジェーンさんの話を黙って聞いていたハンス君が声をあげる。

「君は、もっと魔術を習えば、もっと熟練する。
 ジェーンさんはちゃんとした師範の免許を持っているから、君がちゃんと指導を受ければ、正式な魔術師として研究院に名前を載せることも可能だから」

 魔術師の育成というのは今後も大きな課題になるだろう。そう頭の隅で、レイチェルと様々なことを相談することを考えながら、ハンス君へと告げた。

「セフィリオさん…っ!」

 ハンス君が感極まったように目を輝かせた。
 そして、一気に僕に近寄るとそのまま抱き着こうとして——

「そこまでで。ちょっと待った」

 次の瞬間に僕の身体は宙に浮いていて。

 正確には後ろから、ハンス君から防御するようにその腕の中に抱きかかえられていた。

「セフィリオ、……もう、いいよな。我慢の限界だ」

 僕をその腕に抱えて僕の顔を見上げると、金髪の剣士が絞り出すようにそう言った。
 彼には珍しく、不機嫌を隠そうともしない、露骨に歪められたその表情に、僕の背中がぞくり、と粟立った。

「アレク、堪え性が無いんじゃない?」

 僕は、抱え上げられたまま、アレクの肩に手を回すと、変わらない口調で返す。

 ぐっ、とアレクの喉がなり、気まずそうに視線を逸らされてしまう。


「そもそも、今回の依頼はアレクがしようとしていたことを、僕が横取りした訳だから、同じことを僕がやったところで、アレクにとやかく言う権利、ないよね」

「いや、それは」

 だから、今までの僕の行為を許容して手を出さずにみていたのだろうけど。

「僕は移動魔術が可能だからすぐに帰ってこれたけれど、アレクは一泊するつもりだったのだよね。
 今晩は遅くなる、と言っていたけど……遅くなるでは済まなかったでしょ?」

「いや、俺は、」

「ああ、それとも僕も一泊してきた方が良かったのかな。
 そんなに心配しなくても、アレクはそのピアスで僕の居場所だって分かるし、盗聴も盗視も出来るんだから」

「それは、」

「アレク」

 僕は逸らされている視線を、無理矢理に両手で頬をはさむとこちらへと向かせる。

 翠色の瞳を覗き込むと、眉尻が下がり何とも情けない表情で、

「……ごめん。もう、しない」

 消え入るようなか細い声が漏れた。

 アレクは、僕のお願いを嬉々として何でも聞いてくれる。
 だからこそ、今回もいかないで欲しいと言えば、何の疑問も持たずに依頼の同行を断ったに違いない。

 こういうことは初めてじゃない。
 アレクにはアレクの考えがあるのは分かっているし、少しでも冒険者の育成をと、僕のことを考えてくれているのだと、僕の【厄災】への不安を少しでも軽くしようとしてくれているのだと、分かっている。


 アレクは、自分の思いそのままに自らを動かして、進んでいく。
 自身の意志に確信があって、その決定や遂行に他者の評価を必要としない。
 だからこそ、周りの目に無頓着なのだけど。


 そんな彼は、皆を惹き付けそして好かれる。
 彼も信じるべき人を信じることが出来る。とても自然に。



 それこそが、彼の最も優れた英雄としての資質なのだと、僕は思う。



 そんな彼を、愛おしく、誇らしく思うのに。
 一方で、僕は……。

 しおしおと項垂れたアレクを見ながら、彼をこう出来るのは自分だけなのだと、つまらない独占欲が満たされてしまう。

 もっと、自分のせいで小さく弱々しくなったアレクが見たいのだけれど、これ以上は他の人の目に晒したくない、そういう想いも同時に沸き起こる。


「アレク。僕は今日、ホーンラビットの煮込みが食べたい」

 僕は、アレクに抱えられて見つめたまま言う。
 その言葉で、アレクの顔がぱあ、と輝いて、その表情に力が戻る。

「分かった。とびきり美味しいのを作る」

 そう、力強く宣言して、僕をだき抱えた腕に力がこもった。


「ああ?なんの騒ぎだ」

 と、その時ギルドの奥から、どうやら何かしらの会議が終わったらしいコンラート殿が出てきた。
 受付の前で、遠巻きにされている、僕らを見つけて、

「アレクセイにセフィリオ。
 こんなところで、何いちゃついてやがる」

 そう言った。
 現状、僕たちはとても人目を引いている。

「いや、別に、いちゃついていたわけでは」

 アレクがコンラート殿に事情を丁寧に答えているのを僕は横目に見ながら。
 アレクはやはり、基本的に対人的に良識のある人だなあと思う。
 ご両親がいいヒトだったのかもしれないし、アレクが生きてきた中で身につけた処世術なのかもしれない。

 混雑する時間帯の中央ギルド。先ほどの冒険者との騒動に加え、実は僕がAランク冒険者であって。ハンス君へと魔術師の指導を依頼するというこれまでにない流れに。
 Sランク冒険者のアレクが、僕を抱え上げているこの状況。

 僕は、人の目に自分がどう映るのか。それに関してはとても良く理解している。


 慌てたようにコンラート殿へと視線を向けているアレクの頬に僕が手を添えると、ふとアレクがこちらを見た。

 視線があった一瞬で顔を寄せ、奪うようにしてその唇に口づけた。

 アレクの翠色の瞳が見開いて、その奥が紅く揺らめくのが分かる。

 唇を離して、濡れたアレクの唇にぺろりと舌を這わす。
 そこをゆっくりと指でなぞりながら、

「いちゃつく、ていうのはこういうことだよ。ねえ、アレク」

 うっとりと、アレクを見つめてそう言った。

 周りのざわめきも、コンラート殿のため息も、そんなことはどうでもいい。
 僕のこの行為が周りにどう映るのか。僕は良く分かっている。

 唖然としているアレクは、普段の隙のない様子とはうって変わって、とても可愛い。
 アレクのこんな姿は、本当は誰にも見せたくない。
 けれど、アレクをこんな表情に出来るのは、自分だけなのだと知らしめたくて仕方がない。


 僕はアレクの腕の中からすり抜けると、

「じゃあ、僕は先に帰ってるね。ジェーンさんがホーンラビットの解体について知っているから。あとはよろしく」

 そう、やはり笑顔で言って、有無を言わさず中央ギルドを後にした。
 僕、どんどん性格が悪くなってる気がする。いや、元々悪かったのを押し込めていただけなのかも。

 やはり、血は争えない、てことなのかな。と僕に共通項があるなんて、これまで考えたこともなかったよ。
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