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4.厄災編
4-7.北の守り人
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俺の辿り着いたここは、つまり、北の守り人の集落らしい。
いや、意味が分からないんだが。
夢の中か、過去にでも戻ったのかと、俺は真剣に非現実的なことを考える。
いや、だってすごい術を使う民族だったらしいからな。
「ほほほ。ここは確かに今現在の現実ですよ」
そう言って、やはり穏やかにその老人は俺を目の前の自宅へと招待してくれた。
そして、状況を説明してくれる。
「族長であった、私と妻、あとは幼い子供と女性たちは、先んじて避難していてね。そこにやってきた騎士が、私たちに生きる道を示してくれたのだよ」
要するに。
19年前の、前国王の北の守り人を殲滅するという勅令の際、村の多くの人々が亡くなる中で、勅命で訪れた騎士の一人が、殲滅の過程で保護してきた数名の若者と、逃げ隠れていた彼らを、密かに匿まったらしい。
生き残った彼らは、マギを使ってその集落を隠遁し、滅びたことにして現在まで静かに暮らしてきたという話だった。
その際、殲滅の勅令を果たした証拠のため、北の守り人の族長であった目の前の老人の右腕と、他数人の身体の一部を、遺体の一部として持ち帰ったということだった。
「おや。信じてくださいますか。素直な御仁ですな」
実に信じがたい話ではあったが、信じない要素も俺にはない。
「しかし、まあ、『加護』を受けし方が、ソフィアの護符を持つというのも、巡り合わせとは不思議ですな」
俺が通常隠遁されているここにたどり着いたのは、ソフィアさんの術が施されたピアスの力によるものらしい。
『加護』というのは、聞き覚えがあるような、無いような。
確か、生まれ持った魔術回路の特性でもって、身体的に何かしら優れているという、あれだったか。
いつかのセフィリオの説明を思い出す。
しかし、ここに俺がたどり着いたということは。
ここに導かれるべきは、俺ではないのではないのか。
そう考えていると。
「招きたい方がいるのなら、是非呼んで招かれたらいい。
貴方とその護符の力をもってすれば、念話も可能であろう」
老人がそう言って、俺のピアスを指さした。
念話という言葉は分からないが、俺には心当たりがあって、耳のピアスを意識しながら、セフィリオの今を強く思い描き、心の中で言葉を発する。
『セフィリオ』
何度か、名前を呼んでいると、返答がある。
『…えっ?…アレク?どこにいるの?』
『えーっと。とりあえず、俺の言う方へ来てほしい。俺には、説明できない』
『は?ええ?…どういうこと?これ?なに?』
混乱するセフィリオの声が聞こえて、その後何も聞こえなくなる。
いや、正常な反応だよな。
しばらくの静寂ののち、
『分かった。今からそちらへ行くね。
レイチェルも一緒でいいのかな?』
適応が早いな。
何か二人で話し合ったのだろうか。
もしかしたら、この念話という術を知っていたのかもしれない。
俺は、老人に同伴者がいることを説明し、名前を聞いた老人が実に愉しそうに笑うと、許可をくれる。
そうして、待つことしばし。
そう時間もかからず、セフィリオとレイチェルさんがやって来た。
二人は、とても、それは気絶するのではと言うほど驚いて、それでも一通りの、事情を理解してくれた。
集落や彼らの服装や、装飾の類いは、紛れもなく失われた北の守り人のもので、レイチェルさんも信じざるを得なかったようだ。
そして、レイチェルさんは、その族長という老人の前にかしずくと、左手を取った。
「私は、ソフィアを…娘さんを、守ることが、出来ませんでした」
そう言って、涙を流した。
「それは、ソフィアの決めたこと。あの娘は幸せだった。
貴女が気に病むことは何もない。
良くここまで、あの娘を想い、その願いを運んでくれた。
感謝するよ」
そういう老人は、すべてを知っているようで、やはりどこまでも穏やかで、優しかった。
老人は白髪であったが、その目元は確かにセフィリオにも似た面影があって、細められたその瞳には夜空をたたえていた。
この北の守り人の族長は、ソフィアさんの父であるらしい。
つまり、セフィリオの祖父ということだ。
老人は、呆然とするセフィリオを見つめて、やはり穏やかに、包み込むような声色で語りかける。
「君がセフィリオだね。
ソフィアのことで、君には色々とつらい思いをさせてしまったね。
娘に代わり謝罪したい」
老人はセフィリオを見て、深々と頭を下げた。
これまでの、すべてを知っているような、そんな口調であって、彼はきっとその通り、すべてを知っているに違いない。
「私達、守り人は、いずれ滅びる運命だ。
こうして、礼賛すべき騎士の尊い覚悟により時間を貰ったことで、穏やかな時を紡ぐことが出来ている。
君が負うものなど、何もない。君は自由だ」
そう言って、セフィリオの頭に手を置いて、ゆっくりと愛おしそうに撫でた。
「でも……セフィリオ、君はもう、大丈夫なのだね」
藍色の瞳が交差して、自然とその身体が寄り添って。
実に20年近くの時を経て、娘の想いと、その想いを継ぐ者の想いが集まって、二人は静かに、穏やかに抱擁を交わした。
老人も、セフィリオの頬にも、涙が伝い、静かな優しい時間が、そこには確かに流れていた。
「私たちの術も、けして万能では無くてね。
隠遁するために使っているマギも、ここの存在を知る人が多くなるほど、その術の効果が薄れてしまう。
特に、熟していない強い力を持つ者の、その心というのは、マギにおいては綻びを生みやすい、非常に危ういものなのだよ」
レイチェルさんが、なぜ、セフィリオにここの存在を明かすことが出来なかったかと、族長に詰め寄ると、やはり彼は穏やかに、そう答えた。
「だから、セフィリオには教えることが出来なかったのですか」
そう、レイチェルさんが、確かめるように答える。
族長は、「それに」といって続けた。
「北の守り人は、ご存じの通りとても閉鎖的な、そして滅びゆく民族ですからな。
最早、いないものとして思っておった方が、外で生きている彼にとっては良いと。
わざわざ自身を縛る、この民族のことを知る必要はないと。そう、思っていたのだよ」
そう言って、セフィリオを見る族長の眼差しはとても温かいものだ。
「しかし、それは、セフィリオ、君が自分で知り、判断するという機会を奪ってしまうことだっだのだろうな。
スフィアが導いてくれたのだろう」
族長はセフィリオの手を取ると、慈しむように撫でた。
「ところで、19前前に、あなた方を匿った騎士とは誰なのですが?
今現在、この集落のことを知っている人間は、その騎士だけなのですか?」
族長の妻という女性が入れてくれたお茶を飲みながら、レイチェルさんが尋ねた。
当時を知る彼女には、その騎士が誰なのかもう答えが分かっているようで、しかし確かめたくて仕方がない、そんな口調だった。
「ああ。エドガー・シュバルツという青年でね。
当時、部隊長をしていて、訪れた隊を率いていた」
そこで、レイチェルさんから、「やっぱりっ。エドガー・シュバルツ、あいつっ…」と怒気をはらんだら声が聞こえてくる。
「君たちも良く知っているだろう。
彼はいまだにたまにここを訪れてね。
レイチェル君やセフィリオの話をしてくれるよ」
そういって、ほほほ、と笑った。
その笑顔はいたずらの成功した子供のような顔だった。
レイチェルさんが、「ああ、ソフィアのお父上だものね」と半眼で呆れた様にが呟く。
ソフィアさんは人を驚かすことが好きだった、といレイチェルさんの言葉を思い出し、確かにこの老人にも通じるものを感じた。
「ふふふ。エドガー・シュバルツ帰ったら覚悟してなさい」
そういうレイチェルさんの言葉には、確かに怒りがこもっているのだが。
彼女の潤んだ目尻には、光る雫がこぼれないように溜まっていて、堪えられない尊敬や喜びが滲み出ていた。
当時の状況は分からないが、国王の勅命に逆らい、罪の無い北の守り人を助けるために、部下を欺き、一人孤独に決めた覚悟は、如何程だったのだろうか。
そして、セフィリオを傍で見守りながら、レイチェルさんの想いを支えながら、20年近くも、このような大きな秘密を守り通す意思の強さが、エドガー・シュバルツその人なのだと思った。
そして何よりこの最強の嫁にも隠し通せるエドガーさんは、実は最強なのではないか。
色々と、尊敬しかない。
レイチェルさんの反応を見て、実に面白そうに族長が続けた。
「エドガー君が帰った後、ここを隠匿するのに必要だからと言ってねえ。
ランドルフ君と、ヴィルヘルム君に話すと言っていて、彼らには知られているようだなあ」
ぶっ
そこで、レイチェルさんがお茶を吹きだした。
そのお茶を、セフィリオが盛大にかぶる。
いや、汚いな。
俺は持っていたハンカチでセフィリオを拭いてやり、飛び散った飛沫も拭いてしまう。
今度こそ、我慢ならないといった様子で、椅子から立ち上がったレイチェルさんが、わなわなと震えているのが視界の隅に映るが、あえて見ないことにする。
ランドルフ君と、ヴィルヘルム君。
「えーっと、誰だ?」
俺が聞くと、セフィリオがむせながら答えてくれる。
「ランドルフは、ランドルフ・エミール。現エミール伯爵、つまりレイチェルの兄だ。
ヴィンセントは、ヴィンセント・シルバイン。僕の兄、つまり現国王だよ」
へえ…………。
いや、すごい身近なのか、遠いのか良く分からない名前が出てきたな。
「あいつらは、貴族の学園の同期生だからね。仲がいいのよ」
と、レイチェルさんが付け加える。
なるほど。
けど、あいつら、て。
一応国王と、王立騎士団の副団長と、一貿易都市を抱える伯爵様だ。
「その状況で、なんで私には教えてくれなかったわけ!?信じられない!」
そういうレイチェルさんに、
「いや、レイチェル、僕に隠し事とかできないでしょう。
秘密は言わないだろうけどバレバレだからね。
エドもランディも、兄上の判断も正しかったと僕は思うよ」
セフィリオが淡々とそう言ってお茶を飲みなおして、その言葉に、レイチェルさんが、ぐっと詰まる。
ああ、腹芸とか向かなそうだもんな。
北の大地と北の守り人の研究を続けていたにも関わらす、可哀想な気もするが。
彼女が知ったことで、北の守り人に害をなすことになったとしたら、レイチェルさんも本意ではないだろう。
「彼らは、レイチェル君なら、教えなくてもいずれたどり着くだろうから、と言っておったが。
いやはや、その通りになりましたな」
ほほほ、と再び笑いながらいう族長の言葉に、レイチェルさんは今度こそ何も言えなくなって、しずしずと椅子に座った。
いや、意味が分からないんだが。
夢の中か、過去にでも戻ったのかと、俺は真剣に非現実的なことを考える。
いや、だってすごい術を使う民族だったらしいからな。
「ほほほ。ここは確かに今現在の現実ですよ」
そう言って、やはり穏やかにその老人は俺を目の前の自宅へと招待してくれた。
そして、状況を説明してくれる。
「族長であった、私と妻、あとは幼い子供と女性たちは、先んじて避難していてね。そこにやってきた騎士が、私たちに生きる道を示してくれたのだよ」
要するに。
19年前の、前国王の北の守り人を殲滅するという勅令の際、村の多くの人々が亡くなる中で、勅命で訪れた騎士の一人が、殲滅の過程で保護してきた数名の若者と、逃げ隠れていた彼らを、密かに匿まったらしい。
生き残った彼らは、マギを使ってその集落を隠遁し、滅びたことにして現在まで静かに暮らしてきたという話だった。
その際、殲滅の勅令を果たした証拠のため、北の守り人の族長であった目の前の老人の右腕と、他数人の身体の一部を、遺体の一部として持ち帰ったということだった。
「おや。信じてくださいますか。素直な御仁ですな」
実に信じがたい話ではあったが、信じない要素も俺にはない。
「しかし、まあ、『加護』を受けし方が、ソフィアの護符を持つというのも、巡り合わせとは不思議ですな」
俺が通常隠遁されているここにたどり着いたのは、ソフィアさんの術が施されたピアスの力によるものらしい。
『加護』というのは、聞き覚えがあるような、無いような。
確か、生まれ持った魔術回路の特性でもって、身体的に何かしら優れているという、あれだったか。
いつかのセフィリオの説明を思い出す。
しかし、ここに俺がたどり着いたということは。
ここに導かれるべきは、俺ではないのではないのか。
そう考えていると。
「招きたい方がいるのなら、是非呼んで招かれたらいい。
貴方とその護符の力をもってすれば、念話も可能であろう」
老人がそう言って、俺のピアスを指さした。
念話という言葉は分からないが、俺には心当たりがあって、耳のピアスを意識しながら、セフィリオの今を強く思い描き、心の中で言葉を発する。
『セフィリオ』
何度か、名前を呼んでいると、返答がある。
『…えっ?…アレク?どこにいるの?』
『えーっと。とりあえず、俺の言う方へ来てほしい。俺には、説明できない』
『は?ええ?…どういうこと?これ?なに?』
混乱するセフィリオの声が聞こえて、その後何も聞こえなくなる。
いや、正常な反応だよな。
しばらくの静寂ののち、
『分かった。今からそちらへ行くね。
レイチェルも一緒でいいのかな?』
適応が早いな。
何か二人で話し合ったのだろうか。
もしかしたら、この念話という術を知っていたのかもしれない。
俺は、老人に同伴者がいることを説明し、名前を聞いた老人が実に愉しそうに笑うと、許可をくれる。
そうして、待つことしばし。
そう時間もかからず、セフィリオとレイチェルさんがやって来た。
二人は、とても、それは気絶するのではと言うほど驚いて、それでも一通りの、事情を理解してくれた。
集落や彼らの服装や、装飾の類いは、紛れもなく失われた北の守り人のもので、レイチェルさんも信じざるを得なかったようだ。
そして、レイチェルさんは、その族長という老人の前にかしずくと、左手を取った。
「私は、ソフィアを…娘さんを、守ることが、出来ませんでした」
そう言って、涙を流した。
「それは、ソフィアの決めたこと。あの娘は幸せだった。
貴女が気に病むことは何もない。
良くここまで、あの娘を想い、その願いを運んでくれた。
感謝するよ」
そういう老人は、すべてを知っているようで、やはりどこまでも穏やかで、優しかった。
老人は白髪であったが、その目元は確かにセフィリオにも似た面影があって、細められたその瞳には夜空をたたえていた。
この北の守り人の族長は、ソフィアさんの父であるらしい。
つまり、セフィリオの祖父ということだ。
老人は、呆然とするセフィリオを見つめて、やはり穏やかに、包み込むような声色で語りかける。
「君がセフィリオだね。
ソフィアのことで、君には色々とつらい思いをさせてしまったね。
娘に代わり謝罪したい」
老人はセフィリオを見て、深々と頭を下げた。
これまでの、すべてを知っているような、そんな口調であって、彼はきっとその通り、すべてを知っているに違いない。
「私達、守り人は、いずれ滅びる運命だ。
こうして、礼賛すべき騎士の尊い覚悟により時間を貰ったことで、穏やかな時を紡ぐことが出来ている。
君が負うものなど、何もない。君は自由だ」
そう言って、セフィリオの頭に手を置いて、ゆっくりと愛おしそうに撫でた。
「でも……セフィリオ、君はもう、大丈夫なのだね」
藍色の瞳が交差して、自然とその身体が寄り添って。
実に20年近くの時を経て、娘の想いと、その想いを継ぐ者の想いが集まって、二人は静かに、穏やかに抱擁を交わした。
老人も、セフィリオの頬にも、涙が伝い、静かな優しい時間が、そこには確かに流れていた。
「私たちの術も、けして万能では無くてね。
隠遁するために使っているマギも、ここの存在を知る人が多くなるほど、その術の効果が薄れてしまう。
特に、熟していない強い力を持つ者の、その心というのは、マギにおいては綻びを生みやすい、非常に危ういものなのだよ」
レイチェルさんが、なぜ、セフィリオにここの存在を明かすことが出来なかったかと、族長に詰め寄ると、やはり彼は穏やかに、そう答えた。
「だから、セフィリオには教えることが出来なかったのですか」
そう、レイチェルさんが、確かめるように答える。
族長は、「それに」といって続けた。
「北の守り人は、ご存じの通りとても閉鎖的な、そして滅びゆく民族ですからな。
最早、いないものとして思っておった方が、外で生きている彼にとっては良いと。
わざわざ自身を縛る、この民族のことを知る必要はないと。そう、思っていたのだよ」
そう言って、セフィリオを見る族長の眼差しはとても温かいものだ。
「しかし、それは、セフィリオ、君が自分で知り、判断するという機会を奪ってしまうことだっだのだろうな。
スフィアが導いてくれたのだろう」
族長はセフィリオの手を取ると、慈しむように撫でた。
「ところで、19前前に、あなた方を匿った騎士とは誰なのですが?
今現在、この集落のことを知っている人間は、その騎士だけなのですか?」
族長の妻という女性が入れてくれたお茶を飲みながら、レイチェルさんが尋ねた。
当時を知る彼女には、その騎士が誰なのかもう答えが分かっているようで、しかし確かめたくて仕方がない、そんな口調だった。
「ああ。エドガー・シュバルツという青年でね。
当時、部隊長をしていて、訪れた隊を率いていた」
そこで、レイチェルさんから、「やっぱりっ。エドガー・シュバルツ、あいつっ…」と怒気をはらんだら声が聞こえてくる。
「君たちも良く知っているだろう。
彼はいまだにたまにここを訪れてね。
レイチェル君やセフィリオの話をしてくれるよ」
そういって、ほほほ、と笑った。
その笑顔はいたずらの成功した子供のような顔だった。
レイチェルさんが、「ああ、ソフィアのお父上だものね」と半眼で呆れた様にが呟く。
ソフィアさんは人を驚かすことが好きだった、といレイチェルさんの言葉を思い出し、確かにこの老人にも通じるものを感じた。
「ふふふ。エドガー・シュバルツ帰ったら覚悟してなさい」
そういうレイチェルさんの言葉には、確かに怒りがこもっているのだが。
彼女の潤んだ目尻には、光る雫がこぼれないように溜まっていて、堪えられない尊敬や喜びが滲み出ていた。
当時の状況は分からないが、国王の勅命に逆らい、罪の無い北の守り人を助けるために、部下を欺き、一人孤独に決めた覚悟は、如何程だったのだろうか。
そして、セフィリオを傍で見守りながら、レイチェルさんの想いを支えながら、20年近くも、このような大きな秘密を守り通す意思の強さが、エドガー・シュバルツその人なのだと思った。
そして何よりこの最強の嫁にも隠し通せるエドガーさんは、実は最強なのではないか。
色々と、尊敬しかない。
レイチェルさんの反応を見て、実に面白そうに族長が続けた。
「エドガー君が帰った後、ここを隠匿するのに必要だからと言ってねえ。
ランドルフ君と、ヴィルヘルム君に話すと言っていて、彼らには知られているようだなあ」
ぶっ
そこで、レイチェルさんがお茶を吹きだした。
そのお茶を、セフィリオが盛大にかぶる。
いや、汚いな。
俺は持っていたハンカチでセフィリオを拭いてやり、飛び散った飛沫も拭いてしまう。
今度こそ、我慢ならないといった様子で、椅子から立ち上がったレイチェルさんが、わなわなと震えているのが視界の隅に映るが、あえて見ないことにする。
ランドルフ君と、ヴィルヘルム君。
「えーっと、誰だ?」
俺が聞くと、セフィリオがむせながら答えてくれる。
「ランドルフは、ランドルフ・エミール。現エミール伯爵、つまりレイチェルの兄だ。
ヴィンセントは、ヴィンセント・シルバイン。僕の兄、つまり現国王だよ」
へえ…………。
いや、すごい身近なのか、遠いのか良く分からない名前が出てきたな。
「あいつらは、貴族の学園の同期生だからね。仲がいいのよ」
と、レイチェルさんが付け加える。
なるほど。
けど、あいつら、て。
一応国王と、王立騎士団の副団長と、一貿易都市を抱える伯爵様だ。
「その状況で、なんで私には教えてくれなかったわけ!?信じられない!」
そういうレイチェルさんに、
「いや、レイチェル、僕に隠し事とかできないでしょう。
秘密は言わないだろうけどバレバレだからね。
エドもランディも、兄上の判断も正しかったと僕は思うよ」
セフィリオが淡々とそう言ってお茶を飲みなおして、その言葉に、レイチェルさんが、ぐっと詰まる。
ああ、腹芸とか向かなそうだもんな。
北の大地と北の守り人の研究を続けていたにも関わらす、可哀想な気もするが。
彼女が知ったことで、北の守り人に害をなすことになったとしたら、レイチェルさんも本意ではないだろう。
「彼らは、レイチェル君なら、教えなくてもいずれたどり着くだろうから、と言っておったが。
いやはや、その通りになりましたな」
ほほほ、と再び笑いながらいう族長の言葉に、レイチェルさんは今度こそ何も言えなくなって、しずしずと椅子に座った。
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