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4.厄災編

4-4.守りたい想い

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 セフィリオの答えを聞いて、レイチェルさんも真剣な眼差しをセフィリオに向けて、一つ息を吐くと、全員に向かって言う。

「では、北の大地の調査申請をするわ。研究院の権限で、おそらく7日ほどで許可がおりる。ここから、北の大地までは馬車で、7日はかかる。
 色々と準備があるでしょうから、10日後に出発する予定でどうかしら。
 私と、セフィリオと、アレクセイ、三人で行きましょう」

 そう、決定事項だという口調で言うレイチェルさんに、コンラートさんが口をはさむ。

「おいおい。その間に【スタンピード】が起こったらどうするんだ」

 確かに、今現在、俺が【スタンピード】を予測して、セフィリオがそれを客観的データとして示し、担当のギルド職員と協議して、討伐の時期等を決定している。

 俺も、討伐自体には参加して、Sランク冒険者なりに魔獣を狩っている。

 二人ともいなくなり、その間に【スタンピード】が起これば、対応が混乱し、討伐にも支障が出る可能性は高い。
 ならば、俺が残るべきかと考えていると、レイチェルさんが、呆れた様に、

「あら。中央ギルドのギルド長様は、随分と臆病になられたのね」

 ぶっこんでくる。
 いや、その言い方は。

「ああ?」

 殺気立つコンラートさんに、しかしレイチェルさんは全くひるまず、むしろ対抗するように殺気を放ちながら、

「中央ギルドのギルド長ともあろう人が、冒険者が二人いないくらいで、討伐隊を率いて魔獣を殲滅することも出来ないのかと、聞いてるのよ」

 そんなことを言う。

「二人がいない間に、いなくても立ち行くようにしっかり体制を整える。
 それがギルド長のお仕事ではなくて」

 正論ではあるが。

 性急すぎるようにも思う。

 そもそも、討伐の体制構築だって、俺たち二人の提言によるもので、俺たちにもそれを自ら為し、協力する責任がある。
 と、セフィリオが言っていた。

「……っ…」

 しかし、レイチェルさんの台詞に、コンラートさんは言葉を失ってしまう。

「若者に、あまり背負わせ過ぎないでいただきたいわ。
 それを背負っていくのが、年長者の役割ではないのかしら。
 お父様」

 追い打ちをかけるように、レイチェルさんが畳みかけ、コンラートさんは今度こそ何も言わず、押し黙った。

「もし、アレクセイが【スタンピード】の予測をしたら、伝令魔術ですぐに伝えるから。
 あとはそちらで上手いことやってくださいまし。
 出来ますよね?ギルド長様」

「……はぁ。そこまで言われて、出来ない、とは言えんだろうが」

「ご勇退するまでは、励んでくださいね」

 レイチェルさんはころころと愉しそうに笑った。

「ま、こっちは任せとけよ」

 コンラートさんはいつもの気のいい表情へと戻ると、俺とセフィリオに言った。


 コンラートさんがレイチェルさんに勝てないという、一端を見たような気がした。

 単に剣術や魔術が強いのではなく、レイチェルさんも、セフィリオと同じような、確固たる想いの強さを持った人なのだ。


 コンラートさんは昼休みを利用してわざわざ来てくれたようで、昼食に誘ったが、忙しいからとそそくさと帰っていった。
 朝食の残りで、お礼にもならないが、昼食にでもとサンドウィッチを渡した。

「貴方たち、屋根裏部屋を使っているのでしょう。
 部屋は空いているわよね?私はここに一泊させてもらって、明日帰宅するわ」

 そう宣言して、この屋敷に泊まっていくこととなった。


 *


 レイチェルさんと、夕食を作っていると、セフィリオはうとうとと、居間のソファーで眠そうにしていて、夕食が出来あがる頃にはそのまま眠ってしまった。
 疲れていたのだろう。

 俺はセフィリオを屋根裏部屋のベッドへ運ぶと、風呂に入ると言うレイチェルさんに一言断り、森へ出た。

 最近は、朝と晩、休日には日中もここで鍛練している。
 どうも、その方が精神的にも安定出来て、落ち着いた心地で過ごすことが出来ている。

 いつもの、かつてレイチェルさんが使っていたと思われる、少し拓けた場所に行き、俺は相変わらず、幻想のレイチェルさんと対峙する。
 たまに、コンラートさんを描くこともあるが、槍を相手にすると、どうしても集中が続かず、途切れてしまう。

 今度、槍術をコンラートさんに教わるのも良いかもしれない。

 幻想のレイチェルさんに一閃され、首筋にレイピアを突き付けられたところで、その幻想が霧散する。


 ああ、セフィリオが気になって。
 あのレイチェルさんとの、北の大地に関する会話が、反芻されて。
 不安そうな表情を思い出し集中できない。


 息を吐き、今日は俺もこの辺りで早めに引き上げようかと剣を納めたところで、気配を感じた。
 そちらを静かに振り返ると、そこには、思い描いた人がいて。

「私も、エドを相手に良くやったわ。
 間違いでなければ、私と対戦してくれているのかしら。
 光栄だわ」

「レイチェルさん」

 月明かりに照らされて、木々の間から、その人が現れた。
 懐かしそうな表情で、暗い場所を見つめ言う。

「少し明るくしてもいいかしら?」

 俺が頷くと、レイチェルは何かを呟き、指を動かす。
 すると、明るい光の球が彼女の手のひらに生まれ、それを上へと放った。
 光の球でより辺りが照らされて、お互いの顔が良く見える。

「ああ。そのピアス、貴方にとても似合っているわね」

 俺の顔を見ていたレイチェルの視線がふ、と耳に注がれ、俺は言われたピアスに触れる。

「そのピアスにかけられた術については、私は何も聞いていなくて。セフィリオに見えないのなら、私には見えない」

 ピアスについては、セフィリオが何度か解析したのだが、結局詳しいことは分からなかった。
 俺には、何をどう解析したのかも分からなかったが。
 ただ、俺には、このピアスの、単に盗聴や盗撮といったことではない、その術の力を、感覚として感じることがあった。

「セフィリオの母は…スフィアは、人を驚かせることが好きな人だったけれど、セフィリオに託したものが、彼を害することは絶対にないし、きっとセフィリオを守るための術がかけられていると思う」

 セフィリオの母は、スフィアさんというらしい。
 レイチェルさんを驚かすってどんな人なんだろう。

「俺も、そう思います」

 俺にこのピアスは渡されたが、これは俺のためではなく、セフィリオを想って込められた術がかけられたものだ。間違いない。

 常に身につけ、これまでピアスから何かしらの気配を感じたのは、例外無く、セフィリオが関係したときだ。

 もっと言えば、俺がセフィリオを強く想ったとき。


「北の守り人が使う、マギというのは、本当に不思議な術でね。
 自然の中に存在する力を信じていて、彼らはそれらを感じて、息をするようにそれを使うことが出来た。
 私も、スフィアが使うマギしか見たことが無いけれど、本当に美しい術だったわ」

 懐かしむように優しく紡がれる言葉には、レイチェルさんの想いが込められていて、スフィアさんとの間にある関係を表していた。

「スフィアが、命に代えてもいいくらい、彼女が唯一欲したのがセフィリオだったの」

 スフィアさんは、セフィリオを産んで亡くなったはずだ。
 それは、産む前から分かっていたということなのか。

「私は、ずっとそれが理解出来なくて、彼女を罵ったりもしたのだけど」

 レイチェルさんは「今も理解出来たかは、わからないわ」と、悲しそうに微笑んだ。

「北の大地をセフィリオが避けていた理由が気になるなら、聞いてみたらいいと思う。
 貴方になら話してくれるでしょう」

 それは、そうかもしれない。以前、無理矢理に気持ちをこじ開けて、吐き出させた時のように。今回は、もっと抵抗なく話してくれるだろう。

「セフィリオが、スフィアや北の守り人のことで背負う業があるのだとしたら、それは本来、スフィア自身が、先の国王が、止めることのできなかった私を含めた周りの人間が背負うべきものよ」

 レイチェルさんのその言葉は、俺に伝えているというより、自分か、もしくはここにはいないスフィアさんや前国王といった、かつての関係者に向けられているような、そんな言い方だった。

 ふう、と息を吐くと、レイチェルさんは穏やかに言う。

「あの、屋根裏部屋は私にとって、スフィアが私を見守ってくれているように感じることができる場所だったの」

 セフィリオは母親似と言っていたから、きっと、スフィアさんも、セフィリオと似た瞳をしていたのだろう。

 セフィリオが、かつてあの部屋で一人で過ごしていた頃、セフィリオも同じ気持ちで過ごしたのだろうか。

「きっと、スフィアが貴方たちを守ってくれる」

 その言葉には、レイチェルさん自身の、そうあってほしいという願いもこめられていたように感じた。

 光の球が、静かに消えていく。そうして、俺とレイチェルさんは屋敷に戻った。

 *


 屋根裏部屋に入ると、セフィリオはベッドの隅で、うずくまる様に小さくなって眠っていた。

 この部屋で、セフィリオも母の想いに守られているのだろうか。


 俺はスフィアさんを知らない。

 俺にとっては、この星空は、やはりセフィリオの瞳そのもので、それがすべてで。俺を守ってくれているのはセフィリオで、その想いは間違いなく俺のものだ。

 俺がベッドに入ると、セフィリオがもぞもぞと動く気配がして、起こしてしまったかと不安になる。
 そちらを見やると、少し身を起こして、ぼう、とした眼差しがこちらを見ていた。

 そして、ゆっくりと這うように俺の方へやってきて、寄り添って横になると、胸元に顔を擦り付けてうずめ、そのまま再び目を閉じて、すうすうと寝息をたてだした。
 俺がその身体を包むように抱き込むと、眠っているだろうに、セフィリオの顔が、ふふ、と緩み、身体の力がすう、と抜けた。

 俺は、それにどうしようもなく愛しさがこみ上げて、胸が詰まって、満たされて、俺の想いも確かに彼を守っているのだと、そう感じた。

 ふと、耳のピアスに気配がして、それに触れて。

 そこに込められた想いごと、セフィリオを守ることが出来たらいいと、強く願った。
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