上 下
61 / 84
4.厄災編

4-3.厄災の知覚

しおりを挟む
 屋敷に戻り、玄関で立ち止まる。
 室内から誰かの気配がして、セフィリオも気づいたらしい。

 扉を開けると、何食わぬ顔で居間のソファーでお茶を飲み、くつろぐ女性が一人。

「レイチェル」

 セフィリオがその人の名前を呼んだ。
 ブルネットは横に編まれ、黄色のドレスが彼女の雰囲気にとても良く似合っている。髪と同色の瞳がこちらを見て、

「久しぶりね。
 家も温泉も、気に入ってくれているみたいで嬉しいわ」

 いつもの快活な笑顔で言う。
 後ろで、セフィリオが「悪趣味だ」と呟くのが聞こえる。

 これには俺も同感だ。

 ああ、やっぱりコンラートさんとレイチェルさんは親子なのだな、と実感する。

「レイチェル、何でここに?」

 セフィリオが尋ねるのに、

「俺が呼んで、来てもらったんだ」

 レイチェルさんではなく、俺が答えた。

「そうなの?」
「ああ」

 俺は、セフィリオの背を押して、部屋に入らせると扉を閉める。

「そうよ。
 薄情な弟子と違って、従僕くんはマメに手紙をくれていたし。
 大事な話があるから、て呼ばれたのよ」
「え?アレク、レイチェルに手紙出してたの?」
「まぁ、月に一度くらいな。俺はセフィリオほど忙しくないから」

 レイチェルさんには屋敷を借りているし、セフィリオの保護者的立場として、そのくらいは大したことではない。
 椅子に座りながらセフィリオが、「そういうところだよね」となにやら呟く。

 どういうところだ。

 それはいいとして。

「けれど、レイチェルさん。約束は明後日だったはずですよね?」

「あら、早く弟子と従僕くんに会いたくて急いできたのに。悲しいわ。」

 と、そんなことを言う。どこかで聞いたような台詞だな。

「いえ。早く会えて俺も嬉しいです。
 けど、どうやって来たんですか?昨夜、大事な夜会がある、て言ってましたよね」

 まさか、さぼりか。王都からここまでは馬車で2日はかかる。

「やあね。さぼってないわよ。
 移動魔術でぱっ、とね。ここは元々私の所有だし、距離はあるけど目印をつけてあるから、飛んでこれるのよ。すごいでしょ」

 馬車で2日はかかる道のりを、ぱっと移動できるらしい。
 100㎞以上は離れていると思うのだが。

「すご過ぎて、良く分かりません」
「ふふ。アレクも相変わらずね」

 そういうと、ころころと楽しそうに笑った。

「それで」
 レイチェルさんの表情が変わる。
 笑っているけれど、挑発的な、何かに対峙するような、そんな表情。

「大事な話、て何かしら」

 その口調は、これから伝える事実を、知っているようで。

「…アレク、もしかして」

 セフィリオも、何かを察したように声を発する。

 俺は頷いて、言った。

「【厄災】は、今からおよそ一年後、北の大地で発生します」


 *


 俺が、【厄災】への知覚を、予感から、現実の予測へと変えたのは、先の6回目の【スタンピード】が発生する前だった。

 今から、【スタンピード】に挑もうとする中で、余計な不安を与えないために、セフィリオには黙っていたが、レイチェルさんには先んじて手紙を送り、討伐が終わるであろう頃に、来てもらえるようにお願いしていた。

 本来は、約束の明後日までに、セフィリオに先に説明し、俺の体質についても、レイチェルさんと、あとコンラートさんには打ち明けようと、話すつもりだった。

 まずは、セフィリオと相談し、俺の体質や知覚についてレイチェルさんに説明する。

「もう、この際、貴方の知覚が正しいことは疑いようもないけど。
 1年も前に予測することなど出来るものなのかしら。何を知覚しているの?魔素濃度、ていう単純なものではないのでしょう。
 …未来視ではなさそうだから、何かしらの客観的事象をとらえて―」

「アレクがこれまで予測した中で、最も早いもので、1ヶ月前。これまで11年間に発生した【スタンピード】のうち、最も規模の大きなものだった。
 街一つを飲み込む規模であったけれど、単純に予測速度と規模が相関している訳ではなくて―」

「北の大地、であることが関係しているのかしら。あの土地は元々魔素濃度の異常に高い場所で、魔素濃度が高値であるにもかかわらず、安定した環境が維持されていることが、以前から謎とされていて―」

「それなら、最近のアレクの知覚の鋭敏さが、感度と精度とも向上していて、以前と同じ規模の【スタンピード】を3倍速く、日数誤差は1/4で、感知していて、魔素濃度の上昇率と相関がより顕著に―」

「魔獣の種類については、北の大地には通常魔獣が生息していないから、全く予測できないわ。いえ、魔素濃度から魔力への変換率から考えて、魔獣の種類を推測することは出来ないのかしら。そもそも【スタンピード】の発生前後の魔素濃度の基礎値は変動して―」


 うん。意味が分からない。
 魔術師?研究者?同士で白熱した議論が繰り広げられ、全くついていけない。

 この師にして、この弟子ありと言うか。
 似たもの師弟だな。


 俺が議論する二人の横で、聞き流していると、玄関の扉がノックもなく開く。

「おう、セフィリオいるか。
 この前の【スタンピード】討伐の魔獣の種類と数が全部そろったから持ってきた……どうした?なんでレイチェルがいるんだ」

 そこに立っていたのはコンラートギルド長だった。
 前エミール伯爵である、レイチェルさんの父だ。

 しかし、その人の登場に、二人は全く気付くことなく、舌戦を続けている。

「ああ、こいつら、いつもこんな感じなんだよな。話が長くて、要領を得ない」

 そして「なにが楽しいのか、全くわからん」と、中央ギルドからの報告書を俺に手渡す。

 ああ、昔からこんな感じだったのか。

「俺、とりあえず、お茶を入れてきます。コンラートさんもぜひご一緒に」

 ちょうどいい。俺一人では対応困難だ。




 議論に終わりは見えないが、取り合えず、俺が入れたシュミナのお茶を皆で飲み、コンラートさんにも事情を説明する。

「はあ。そりゃあ、随分と面倒な体質だな」

 俺の体質について聞き終えて、コンラートさんが一言に要約して言った。

「発生時期は約1年後、規模はこれまで最大だった【スタンピード】のおよそ10倍だと思います。
 魔素計を設置しておけば、濃度上昇が観測され次第、討伐の準備を始めることが出来ると思うのですが、北の大地は普通立ち入れませんよね」

 北の大地は通常入ることが出来ないため、もちろん魔素計は設置していない。
 確か、以前、レイチェルさんは北の大地について研究していると、セフィリオが話していた。普通立ち入りが許可されない場所でも、研究院の主席研究員という肩書があれば、何かしらの権限で、立ち入りが許されるのではないかと俺は考えた。
 もっとも、研究院の主席研究員という立場が、どういったものなのか、俺には良く分からないが。

 きっと偉いに違いない。レイチェルさんは偉そうだから。

「それで、私に声をかけたのね。
 私は今も、研究院で北の守り人について研究を続けていて、定期的に行っているし、申請すれば臨時調査も可能よ。
 魔素濃度の測定を定期的に行うことを名目に、魔素計の設置をしましょう」

 そう言い切って、レイチェルさんはセフィリオに向き合った。

「セフィリオ、貴方はどうする?」

 どちらでもいい、とそういう問いかけだが、心配そうな声色が含まれている。

「……行くよ。
 【厄災】が起きたら行かなくてはいけないのだし、その前に一度でも行っておきたい」

 北の大地は、北の守り人が暮らしていた場所だ。
 つまり、セフィリオの母の出身地で、セフィリオの父である前国王に北の守り人が滅ぼされて、それ以降、立ち入りが禁止された、今もなお不可侵の場所。

「無理しなくても、魔素計の設置であれば私でも問題なく出来るわよ」

 話から察するに、セフィリオはこれまで、北の大地を訪れたことがないらしい。

「いや、大丈夫、だと思う。多分、今なら向き合える気がするから」

 意を決するような、真剣な顔で、レイチェルさんに答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

異世界転移したら豊穣の神でした ~イケメン王子たちが僕の夫の座を奪い合っています~

奈織
BL
勉強も運動もまるでダメなポンコツの僕が階段で足を滑らせると、そこは異世界でした。 どうやら僕は数十年に一度降臨する豊穣の神様らしくて、僕が幸せだと恵みの雨が降るらしい。 しかも豊穣神は男でも妊娠できて、生まれた子が次代の王になるってマジですか…? 才色兼備な3人の王子様が僕の夫候補らしい。 あの手この手でアプローチされても、ポンコツの僕が誰かを選ぶなんて出来ないです…。 そんな呑気で天然な豊穣神(受け)と、色々な事情を抱えながら豊穣神の夫になりたい3人の王子様(攻め)の物語。 ハーレムものです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...