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3.魔素計設置編

3-5.アレクセイの反省②

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 ギルド長が商会長に連絡したところ、俺がコカトリスの討伐に出て、しばらくしてすぐに商会からの迎えの馬車が来たらしい。
 そしてセフィリオは特に疑いもせず、それに乗っていったそうだ。


 俺は頭を抱える。


 セフィリオの容姿は目立つ。

 何者か知らなくてとも、むしろ知らないからこそ、彼を目的とする輩がいることは、彼も分かっているはずだ。

 いや、分かっていて、あえて利用するようなところがあるから、質が悪い。


 セフィリオは平気で自身を囮にする。


 俺は、この地域の冒険者ギルドの状況や、商会についての情報を知らないが、セフィリオは知っているのではないのか。

 むしろ、知らずに出向くなど、彼にはありえないことのように思えた。


 コカトリスの討伐がこの冒険者ギルドで持て余しているのを知っていて、その討伐を振れば俺が離れることを分かっていて、さらに商会長がセフィリオを誘い出すことが分かって、彼はのこのこついて行ったに違いないのだ。


 セフィリオには何か決定的に危機感が足りない。

 彼が強いのは知っているし、滅多なことで害されないだろうことは分かるのだが。


 そういう理屈ではない。

 虎に殺されることが無いと分かっていても、わざわざ虎の穴に入る危険を冒す必要はないのだ。



 俺は、ギルド長に教えてもらった商会長の自宅を訪ねたが、返答がない。

 扉を打ち破ることは容易だが、万が一セフィリオがここにいなかった場合、器物破損の不法侵入だ。さすがに躊躇われた。

 ここにいるのかいないのか。一体どこに行ったのか。


 俺は、焦る気持ちを押し込め、考える。


 考えて、あることを思い出す。


 耳に触れて、あの深青のピアスを意識すると、セフィリオを強く思い浮かべる。


 すると、どこからともなく声が聞こえる。

 それは、間違いなく、セフィリオの声だ。徐々にその声に意識を集中させていくと、焦点が合うように、さらに映像が俺の中に投射され、見える。


 このセフィリオの母の形見のピアスは、遠隔的にセフィリオの様子を知ることが出来るらしい。

 どういった術なのか、俺には全く見当もつかないが、俺が強く彼を意識すると、その声や姿が、頭の中なのかどこなのか、とにかく見ることが出来る。


 それに気づいたのは、2週間ほど前、俺が冒険者ギルドの指名依頼で、王都を一晩離れる用事があった時のことだ。

 その晩、俺は、酷くセフィリオのことを恋しく思い、強く彼を意識したのだ。

 すると、このピアスが反応し、セフィリオの声が、姿が見えたのだ。

 その、なんと言うか、セフィリオも俺を恋しがって、俺を想って慰めている、可愛らしい姿を。

 それには、非情に驚いたのだが、このピアスに込められた意図も測りかねるし、勝手に盗み見てしまった後ろめたさから、セフィリオには話すことが出来ていない。



 その、ピアスの術を通して、今現在のセフィリオを見ると、どうやら屋敷の一室にいるようで、窓の外に意識を向けると、大きな赤い葉の木が見える。

 今現在自分のいる、商会長の屋敷に目をやると、確かに同じ赤い葉の大木を認め、この家にいることは間違いないのだと知る。

 そして、部屋を特定しようと屋敷に意識を向ける。


――と、

 ぎしり、とベッドにきしむ音が俺の中に響いて、その映像に意識が引き戻された。

 セフィリオはベッドに横になり、上には見知らぬ男が乗り上げており、何やら会話をしている所だった。


 頭に血が上るのと、血の気が引くのと同時におこり、その映像に集中しながらも、目の前の玄関扉を打ち破る決意を決める。


『おかしなことを聞くね。この現状で、君以外の何が目的だと思うのかい?
 君の所作は、実に洗練されている。私のように、それを処世術として身に着けたもののそれではなく、それが当たり前の環境で、息をするように身に着けたものだ』


 そう、見知らぬ男の声が言う。


 俺は屋敷を見つめ、部屋に検討を付けると、目の前のドアを、叩き切る。
 力任せに打ち破ったので、大きな音が響くが、男はかまわずに話している。


『そして、とても美しい。容姿も、声も。すべてが人を惹きつける。
 私の元に来ないかね。
 研究も好きにさせてあげよう。
 …ああ、早く答えを教えてくれないと、酷くしてしまうかもしれないが…。
 …もしかして、そういう方が好き、なのかな?』


 そういって、セフィリオに手を伸ばし、

 がりっ

 と、シャツがはだけた首筋に爪を立てた。


 光景を脳裏で再生しながら、俺は屋敷の中を走る。

 無駄に広い。


『一緒に来たという、冒険者は力任せに君を組み敷くのじゃないかい?
 私が、良くしてあげよう』


 その台詞にぞわっと寒気と虫唾が走るが、昨夜のことを思い出し己に対する憤りが加わって、大きく息を吐く。


 廊下を走り、ようやくたどり着いた部屋の扉を、怒りと共に力いっぱい叩き破った。


 轟音が響いて。


 部屋を一瞥すると、どうやら寝室のようだ。


 そのベッドの上に横たわるセフィリオと、圧し掛かる男が目に入り、

「ああ。これ、どういう状況だ?」

 俺は、怒気を纏った声でうなった。

 中年の男は、比較的大柄で、商人というよりも冒険者という方が合致するような容姿だった。


「アレクセイ・ヒューバード…?なぜ君がここに…?」

 その男が絞り出すように、俺を見つめて呟くと、セフィリオから後ずさる様に離れた。

 どうやら俺のことを知っているらしい。

 ということは、セフィリオの連れが俺で、さらにコカトリスの討伐に行っていたことも知っているのかもしれない。

 セフィリオを見ると、右の首筋に血が滲んでいるが、他は目立った外傷は無さそうだ。ただ身体が縄で縛りあげられている。


「今のこの状況説明してほしいんだけど。
 言っとくけど、合意です、ていうのは無しで。あり得ないから」

 口調がいつもより雑になり、声のトーンが一段低くなるのは仕方がない。


「アレク」

 そう、呼びかけてきたのはセフィリオだった。
 その声は場違いにも、どう聞いても愛しい人を呼ぶ、甘い声で。

 なぜお前はこうも。


「セフィリオ。俺はお前にも腹が立ってるから」

 どうして一人で突っ走るんだ。俺が一緒にいても、意味がないのか。


「アレク」

「おい、聞いてんのか」


 何でもないように、体を起こしながら、俺を見つめて、また熱のこもった声で名前を呼ぶ。


 俺の怒りは収まらないが、

「アレク」

「アレク」


 そう、何度も名前を呼ばれ、それが自分を切実に乞われているようで、

「おかえり。早かったね。アレク」


そう言われてしまえば、言葉が出なかった。



 怒りは覚めやらないが、それでも俺は、右手の剣を鞘に戻す。カチン、と柄がなった。懐から取り出した、小さなナイフでセフィリオの縄を解く。

 すると、解き放たれたセフィリオの腕が、俺の首に回されて、ぎゅっとしがみついてくる。


 ああ、もう。

 可愛いな。


 俺は、セフィリオを抱きしめ、そのまま担ぎ上げる。

 セフィリオは、俺に視線を合わせると、ふふ、といつもの笑顔を見せて、今度は商会長と思われる男を見ると、


「街道の、彼らをどうにか整理していただいていいでしょうか」


 そう、静かに、しかし凛とした明瞭な声で告げる。

 その言葉を聞いて、商会長は愕然とし、何かを逡巡し口をパクパクとさせている。


「ああ、魔素計は設置させていただきますけど、よろしいですよね」


 そういって、悠然と微笑んだ。



 その後は、音に驚いた家令がやってきて、俺たちをみて驚いて、固まっている商会長を見て驚いて、何やら“お土産”をくれて、そのまま宿に帰還した。
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