上 下
41 / 84
2.5 セフィリオの恋と愛 (セフィリオ視点)

しおりを挟む
「もうすぐ、【スタンピード】が起こるのを、アレクは分かってるんじゃない?
 ここから南にある、先日、魔素計を設置しに行った冒険者ギルドの管轄内で」

 僕は尋ねた。

 すると、アレクはお茶を一口飲んで、

「……実は、俺も今、同じ話をしようとした」

 答えてくれる。

 でも、僕はアレクに確かめなくてはいけないことがあった。

「アレクが、感知したのは10日……いや、2週間くらい前なんじゃないの?」

 僕は、いつもアレクに対して話すよりも、ちょっと棘ある、責めるような口調になってしまう。

「えーっと………そうだな。まさに、2週間くらい前には、感じてた」

 と、気まずそうに答える。

 僕の表情や口調から、何やらマズいことをしたのだと感じ取ったらしい。

 だって、2週間も前に感じていたなら、どうして、今日まで黙っていたの。
 僕は、アレクは当然すぐに教えてくれると思っていた。

 なぜ、2週間も隠されていたのか、その理由が分からない。


「僕ははっきりと、アレクが感知しているだろうことに気づいたのは、昨日だよ。
 だから、色々考えて、もしかして2週間くらい前に、アレクは感知したのかも、と考えたんだ」

 それまで、アレクの行動にいくつか小さな違和感を持ちながら、結びつかなかったのだ。

「昨日、アレクがキノコを乾燥させる、て言ってて……数日で食べてしまえる量なのに、わざわざどうして、って思った。
 もしかして、すぐにでも、家を空けることが分かっているような、そんな気がして、もしかして、って思ったんだ」

「……まあ、そうだな。早ければ、明後日にでも家を出ようと、思ってた」

 僕の指摘を、アレクはそのまま受け止めて、答えた。

「南の冒険者ギルドに設置した魔素計の魔素濃度の上昇率が少しずつ、1週間ほど前から僅かだけど徐々に上がってきていた」

 魔素濃度は、周囲の環境によって簡単に変動するので、数日単位で上下を繰り返す。
 けれど、1週間、上昇し続けて、上昇率が上がっていくというのは、異常と言っていいだろう。

「そうなのか。じゃあ、やっぱり、魔素濃度で【スタンピード】を予測することも、可能なんだな」

 アレクは感心したように言う。

 でも、それは1週間、魔素濃度が変動し続けたから、言えることだ。しかも、その変化率も微々たるものだ。

「僕が、魔素濃度の変動を意味あるものだと判断したのは今日だよ。
 それは、アレクか【スタンピード】を感知してるんじゃないかと思っていたから気づいたんだ」

 1週間前に、気付けるわけでは無い。

「アレクは、アンベシル男爵の依頼を受けたのを最後に、冒険者ギルドの依頼を保留にしているだろう。この依頼を受けたのが、2週間前だ」

「ああ、昨日の依頼を最後にして、しばらく保留でお願いしてきた」

「それに、10日前、武器屋の前を通った時に、またよろしくお願いいたします、って店の店主に言われてた。王都に来て、初めてのことだ。
 それって、最近、剣の手入れを武器屋せんもんかにお願いしたってことでしょう?もしくは、愛用の剣のほかにも、武器を仕入れたか」

「そうだな。剣の手入れも2週間前にお願いしたし、予備の剣や、弓を買った」

「2週間前から、シュミナのお茶の消費量が増えてる。寝る前だけだったのが、毎食後飲んでいる」

「どうにも腹がむずむずし出すと、落ち着かない気持ちになるんだよ」

 僕は、魔素濃度の変化で、【スタンピード】を予測した訳じゃない。

 むしろ、アレクの変化でもって、【スタンピード】を予測しているのではないかと予測した。
 結果、魔素濃度の変化を有意としたのだ。


「……どうして、……もっと、早く教えてくれなかったの?」

 どうして、隠されていたのか、それが分からない。
 僕が、信用できなかった?
 アレクのことを、疑うと思っていたの?


「いや、ごめん。
 これは……俺が悪かったよな。
 俺が分かった時点で言っていれば、くだんの魔素計をもっと詳しく解析できたし……ああ、そうだよな。
 ごめん、セフィリオ」

 僕が聞きたいのは、そんなことじゃない。

「俺は、動く前にセフィリオに教えればいいと、そう思っていたんだ。
 もちろん、魔素計が設置されていない場所だったら、わかった時点で教えたと思うけど……ちょうど、この前、設置済みの場所だったし。
 たぶん、後2週間くらいで【スタンピード】が起こると思う。
 規模は、そこまで大きくない。
 準備期間も冒険者ギルドの緊急発令を使えば、5日で出来ると思う。
【スタンピード】の調査に関してなら、外出許可がエドガーさんの一存で即日おりる、て聞いてたし。
 だから、今日……アンベシル男爵の依頼が終わった後に教えても、充分に間に合うと思ったんだ」


 ここから、件の南の冒険者ギルドへは、馬車で4日程かかる。
 その前に、伝令魔術で伝えたっていいんだ。


 アレクの言うように、日程的には、十分に間に合う。

 僕の外出許可も、緊急時の決定権はエドに一任されているため、今日にでも連絡すればいい話だ。

「隠してた……と言えば、そうなんだけど。
 すぐに教えるって発想がなくて……むしろ、早くに教えても、無駄に不安を抱かせると……いや、セフィリオが不安に思うなんて、それこそ、俺の勝手な判断だったをだよな。
 セフィリオだって、これまで、【スタンピード】に懸命に向き合ってきてるのに。
 セフィリオのことを、侮った訳でも、軽んじた訳でも無くて……ただ、安心な時間を長く感じていて欲しかっただけなんだ」


 ああ。

 そうか。

 そうなんだね。


 アレクの言葉に、僕はやっと理解した。


 アレクはこうやって、誰よりも早く重大な危機を感じ取りながらも、他の人には出来る限り安らかに過ごしてもらえるように、一人で頑張ってきたんだね。

 この10年間。
 いつも、一人で。
 不安を抱えて。


 それを、理解して、僕はどうにも耐えられなくなってしまった。

 勝手に目頭が熱くなってきて、じわりと視界が歪む。
 ついにはぽろぽろと水滴が、頬を次から次へと伝っていった。


 滲んだ視界の中で、愛しい人がただ驚いている表情が強く網膜に焼き付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

異世界転移したら豊穣の神でした ~イケメン王子たちが僕の夫の座を奪い合っています~

奈織
BL
勉強も運動もまるでダメなポンコツの僕が階段で足を滑らせると、そこは異世界でした。 どうやら僕は数十年に一度降臨する豊穣の神様らしくて、僕が幸せだと恵みの雨が降るらしい。 しかも豊穣神は男でも妊娠できて、生まれた子が次代の王になるってマジですか…? 才色兼備な3人の王子様が僕の夫候補らしい。 あの手この手でアプローチされても、ポンコツの僕が誰かを選ぶなんて出来ないです…。 そんな呑気で天然な豊穣神(受け)と、色々な事情を抱えながら豊穣神の夫になりたい3人の王子様(攻め)の物語。 ハーレムものです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...