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2.5 セフィリオの恋と愛 (セフィリオ視点)
⑰
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「もうすぐ、【スタンピード】が起こるのを、アレクは分かってるんじゃない?
ここから南にある、先日、魔素計を設置しに行った冒険者ギルドの管轄内で」
僕は尋ねた。
すると、アレクはお茶を一口飲んで、
「……実は、俺も今、同じ話をしようとした」
答えてくれる。
でも、僕はアレクに確かめなくてはいけないことがあった。
「アレクが、感知したのは10日……いや、2週間くらい前なんじゃないの?」
僕は、いつもアレクに対して話すよりも、ちょっと棘ある、責めるような口調になってしまう。
「えーっと………そうだな。まさに、2週間くらい前には、感じてた」
と、気まずそうに答える。
僕の表情や口調から、何やらマズいことをしたのだと感じ取ったらしい。
だって、2週間も前に感じていたなら、どうして、今日まで黙っていたの。
僕は、アレクは当然すぐに教えてくれると思っていた。
なぜ、2週間も隠されていたのか、その理由が分からない。
「僕ははっきりと、アレクが感知しているだろうことに気づいたのは、昨日だよ。
だから、色々考えて、もしかして2週間くらい前に、アレクは感知したのかも、と考えたんだ」
それまで、アレクの行動にいくつか小さな違和感を持ちながら、結びつかなかったのだ。
「昨日、アレクがキノコを乾燥させる、て言ってて……数日で食べてしまえる量なのに、わざわざどうして、って思った。
もしかして、すぐにでも、家を空けることが分かっているような、そんな気がして、もしかして、って思ったんだ」
「……まあ、そうだな。早ければ、明後日にでも家を出ようと、思ってた」
僕の指摘を、アレクはそのまま受け止めて、答えた。
「南の冒険者ギルドに設置した魔素計の魔素濃度の上昇率が少しずつ、1週間ほど前から僅かだけど徐々に上がってきていた」
魔素濃度は、周囲の環境によって簡単に変動するので、数日単位で上下を繰り返す。
けれど、1週間、上昇し続けて、上昇率が上がっていくというのは、異常と言っていいだろう。
「そうなのか。じゃあ、やっぱり、魔素濃度で【スタンピード】を予測することも、可能なんだな」
アレクは感心したように言う。
でも、それは1週間、魔素濃度が変動し続けたから、言えることだ。しかも、その変化率も微々たるものだ。
「僕が、魔素濃度の変動を意味あるものだと判断したのは今日だよ。
それは、アレクか【スタンピード】を感知してるんじゃないかと思っていたから気づいたんだ」
1週間前に、気付けるわけでは無い。
「アレクは、アンベシル男爵の依頼を受けたのを最後に、冒険者ギルドの依頼を保留にしているだろう。この依頼を受けたのが、2週間前だ」
「ああ、昨日の依頼を最後にして、しばらく保留でお願いしてきた」
「それに、10日前、武器屋の前を通った時に、またよろしくお願いいたします、って店の店主に言われてた。王都に来て、初めてのことだ。
それって、最近、剣の手入れを武器屋にお願いしたってことでしょう?もしくは、愛用の剣のほかにも、武器を仕入れたか」
「そうだな。剣の手入れも2週間前にお願いしたし、予備の剣や、弓を買った」
「2週間前から、シュミナのお茶の消費量が増えてる。寝る前だけだったのが、毎食後飲んでいる」
「どうにも腹がむずむずし出すと、落ち着かない気持ちになるんだよ」
僕は、魔素濃度の変化で、【スタンピード】を予測した訳じゃない。
むしろ、アレクの変化でもって、【スタンピード】を予測しているのではないかと予測した。
結果、魔素濃度の変化を有意としたのだ。
「……どうして、……もっと、早く教えてくれなかったの?」
どうして、隠されていたのか、それが分からない。
僕が、信用できなかった?
アレクのことを、疑うと思っていたの?
「いや、ごめん。
これは……俺が悪かったよな。
俺が分かった時点で言っていれば、件の魔素計をもっと詳しく解析できたし……ああ、そうだよな。
ごめん、セフィリオ」
僕が聞きたいのは、そんなことじゃない。
「俺は、動く前にセフィリオに教えればいいと、そう思っていたんだ。
もちろん、魔素計が設置されていない場所だったら、わかった時点で教えたと思うけど……ちょうど、この前、設置済みの場所だったし。
たぶん、後2週間くらいで【スタンピード】が起こると思う。
規模は、そこまで大きくない。
準備期間も冒険者ギルドの緊急発令を使えば、5日で出来ると思う。
【スタンピード】の調査に関してなら、外出許可がエドガーさんの一存で即日おりる、て聞いてたし。
だから、今日……アンベシル男爵の依頼が終わった後に教えても、充分に間に合うと思ったんだ」
ここから、件の南の冒険者ギルドへは、馬車で4日程かかる。
その前に、伝令魔術で伝えたっていいんだ。
アレクの言うように、日程的には、十分に間に合う。
僕の外出許可も、緊急時の決定権はエドに一任されているため、今日にでも連絡すればいい話だ。
「隠してた……と言えば、そうなんだけど。
すぐに教えるって発想がなくて……むしろ、早くに教えても、無駄に不安を抱かせると……いや、セフィリオが不安に思うなんて、それこそ、俺の勝手な判断だったをだよな。
セフィリオだって、これまで、【スタンピード】に懸命に向き合ってきてるのに。
セフィリオのことを、侮った訳でも、軽んじた訳でも無くて……ただ、安心な時間を長く感じていて欲しかっただけなんだ」
ああ。
そうか。
そうなんだね。
アレクの言葉に、僕はやっと理解した。
アレクはこうやって、誰よりも早く重大な危機を感じ取りながらも、他の人には出来る限り安らかに過ごしてもらえるように、一人で頑張ってきたんだね。
この10年間。
いつも、一人で。
不安を抱えて。
それを、理解して、僕はどうにも耐えられなくなってしまった。
勝手に目頭が熱くなってきて、じわりと視界が歪む。
ついにはぽろぽろと水滴が、頬を次から次へと伝っていった。
滲んだ視界の中で、愛しい人がただ驚いている表情が強く網膜に焼き付いた。
ここから南にある、先日、魔素計を設置しに行った冒険者ギルドの管轄内で」
僕は尋ねた。
すると、アレクはお茶を一口飲んで、
「……実は、俺も今、同じ話をしようとした」
答えてくれる。
でも、僕はアレクに確かめなくてはいけないことがあった。
「アレクが、感知したのは10日……いや、2週間くらい前なんじゃないの?」
僕は、いつもアレクに対して話すよりも、ちょっと棘ある、責めるような口調になってしまう。
「えーっと………そうだな。まさに、2週間くらい前には、感じてた」
と、気まずそうに答える。
僕の表情や口調から、何やらマズいことをしたのだと感じ取ったらしい。
だって、2週間も前に感じていたなら、どうして、今日まで黙っていたの。
僕は、アレクは当然すぐに教えてくれると思っていた。
なぜ、2週間も隠されていたのか、その理由が分からない。
「僕ははっきりと、アレクが感知しているだろうことに気づいたのは、昨日だよ。
だから、色々考えて、もしかして2週間くらい前に、アレクは感知したのかも、と考えたんだ」
それまで、アレクの行動にいくつか小さな違和感を持ちながら、結びつかなかったのだ。
「昨日、アレクがキノコを乾燥させる、て言ってて……数日で食べてしまえる量なのに、わざわざどうして、って思った。
もしかして、すぐにでも、家を空けることが分かっているような、そんな気がして、もしかして、って思ったんだ」
「……まあ、そうだな。早ければ、明後日にでも家を出ようと、思ってた」
僕の指摘を、アレクはそのまま受け止めて、答えた。
「南の冒険者ギルドに設置した魔素計の魔素濃度の上昇率が少しずつ、1週間ほど前から僅かだけど徐々に上がってきていた」
魔素濃度は、周囲の環境によって簡単に変動するので、数日単位で上下を繰り返す。
けれど、1週間、上昇し続けて、上昇率が上がっていくというのは、異常と言っていいだろう。
「そうなのか。じゃあ、やっぱり、魔素濃度で【スタンピード】を予測することも、可能なんだな」
アレクは感心したように言う。
でも、それは1週間、魔素濃度が変動し続けたから、言えることだ。しかも、その変化率も微々たるものだ。
「僕が、魔素濃度の変動を意味あるものだと判断したのは今日だよ。
それは、アレクか【スタンピード】を感知してるんじゃないかと思っていたから気づいたんだ」
1週間前に、気付けるわけでは無い。
「アレクは、アンベシル男爵の依頼を受けたのを最後に、冒険者ギルドの依頼を保留にしているだろう。この依頼を受けたのが、2週間前だ」
「ああ、昨日の依頼を最後にして、しばらく保留でお願いしてきた」
「それに、10日前、武器屋の前を通った時に、またよろしくお願いいたします、って店の店主に言われてた。王都に来て、初めてのことだ。
それって、最近、剣の手入れを武器屋にお願いしたってことでしょう?もしくは、愛用の剣のほかにも、武器を仕入れたか」
「そうだな。剣の手入れも2週間前にお願いしたし、予備の剣や、弓を買った」
「2週間前から、シュミナのお茶の消費量が増えてる。寝る前だけだったのが、毎食後飲んでいる」
「どうにも腹がむずむずし出すと、落ち着かない気持ちになるんだよ」
僕は、魔素濃度の変化で、【スタンピード】を予測した訳じゃない。
むしろ、アレクの変化でもって、【スタンピード】を予測しているのではないかと予測した。
結果、魔素濃度の変化を有意としたのだ。
「……どうして、……もっと、早く教えてくれなかったの?」
どうして、隠されていたのか、それが分からない。
僕が、信用できなかった?
アレクのことを、疑うと思っていたの?
「いや、ごめん。
これは……俺が悪かったよな。
俺が分かった時点で言っていれば、件の魔素計をもっと詳しく解析できたし……ああ、そうだよな。
ごめん、セフィリオ」
僕が聞きたいのは、そんなことじゃない。
「俺は、動く前にセフィリオに教えればいいと、そう思っていたんだ。
もちろん、魔素計が設置されていない場所だったら、わかった時点で教えたと思うけど……ちょうど、この前、設置済みの場所だったし。
たぶん、後2週間くらいで【スタンピード】が起こると思う。
規模は、そこまで大きくない。
準備期間も冒険者ギルドの緊急発令を使えば、5日で出来ると思う。
【スタンピード】の調査に関してなら、外出許可がエドガーさんの一存で即日おりる、て聞いてたし。
だから、今日……アンベシル男爵の依頼が終わった後に教えても、充分に間に合うと思ったんだ」
ここから、件の南の冒険者ギルドへは、馬車で4日程かかる。
その前に、伝令魔術で伝えたっていいんだ。
アレクの言うように、日程的には、十分に間に合う。
僕の外出許可も、緊急時の決定権はエドに一任されているため、今日にでも連絡すればいい話だ。
「隠してた……と言えば、そうなんだけど。
すぐに教えるって発想がなくて……むしろ、早くに教えても、無駄に不安を抱かせると……いや、セフィリオが不安に思うなんて、それこそ、俺の勝手な判断だったをだよな。
セフィリオだって、これまで、【スタンピード】に懸命に向き合ってきてるのに。
セフィリオのことを、侮った訳でも、軽んじた訳でも無くて……ただ、安心な時間を長く感じていて欲しかっただけなんだ」
ああ。
そうか。
そうなんだね。
アレクの言葉に、僕はやっと理解した。
アレクはこうやって、誰よりも早く重大な危機を感じ取りながらも、他の人には出来る限り安らかに過ごしてもらえるように、一人で頑張ってきたんだね。
この10年間。
いつも、一人で。
不安を抱えて。
それを、理解して、僕はどうにも耐えられなくなってしまった。
勝手に目頭が熱くなってきて、じわりと視界が歪む。
ついにはぽろぽろと水滴が、頬を次から次へと伝っていった。
滲んだ視界の中で、愛しい人がただ驚いている表情が強く網膜に焼き付いた。
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