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2.王都編

2-6.セフィリオの想い②

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 泣き疲れて、腕の中で眠るセフィリオの寝息を聞いていると、ふと、玄関に知った人の気配がした。

 動けない俺は、居間のソファーに座ったまま、入室を促す。
 予想通りシュバルツ夫妻だった。


 二人は、俺の腕の中で眠るセフィリオに驚いて、明らかに泣きはらしている赤い目元を見て、とても心配してくれた。


「まさか、こんなことになるなんて。
 馬鹿共のバカっぷりを見てもらおうと思って、貴方について行ってもらったのだけど。思っていた以上の馬鹿だったわ。
 でも、貴方がいてくれて良かった」


 レイチェルさんはそういって、氷の魔術で冷やしたタオルで、セフィリオの目元を冷やしてくれた。


 そして、「明日はお仕事休んでいいわよ」と言ってくれた。


 エドガーさんが言うには、あの貴族の屋敷の地下に、魔獣の飼育施設の跡が見つかり、魔獣飼育の罪で、今後国家を脅かした罪も併せて裁かれるだろうとのことだった。


 俺に対しては、その場に居合せたことで、成り行き上討伐するに至った、という貴族の面々の供述が複数あり、特別の報奨金や賞与などは難しいが、国王自ら謝罪と感謝を伝えてほしいと言っていた、という話だった。


 いや、むしろ俺が魔獣を刺激し暴走させた訳だし。
 下手をしたら罰せられるところだ。

 国王自ら、って重たいな、とも思ったが、セフィリオの兄からの礼だと思えば、そんなもののようにも思えた。





 習慣とはすごいもので、俺は次の日も朝5時に目が覚めた。

 昨夜、セフィリオの寝室に入ったことが無い俺は、とりあえず俺の部屋のベッドに寝かせることにした。

 一緒に横になってセフィリオの寝顔を見ていたはずなのに、怒りが落ち着いたら急激に眠気に襲われて、いつの間にか寝てしまったらしい。

 怒るのって体力使うのな。


 朝起きて、図らずも、目の前に美しい顔があって、にまにまと締まらない顔になっても仕方ないと思う。

 セフィリオは全然起きる気配が無くて、いつも欠かさず6時には起きて、魔素計の記録をしていたから、起こした方がよいのか考えた。

 記録の仕方くらい教わっておけばよかったな、と考えて、でも理解出来たか分からないな、とも思った。


 そう考えていると、もぞもぞとセフィリオが身動ぎして、ふっと目を開けた。
 昨日冷やした甲斐があって、目元はあまり腫れておらず安心する。

 まだ覚醒しきれていない微睡む瞳が、俺をとらえてじっと見つめる。
 ふわり、と笑って、俺に身体を寄せて、胸元に顔をうずめると、またすうすうと寝息を立てだした。


 そういえば、この屋敷に設置してある魔素計には、自動的に断続的に用紙に記録してあって、その推移も分析しているということを説明されたことを思い出し、やっぱり寝かせておこうと決めた。


 そんなちょっと怠惰な朝も悪くないと思った。


 結局、二人していつもより寝坊して、9時ごろに目を覚ましたセフィリオがひどく狼狽して、それを時間をかけて落ち着かせた。

 二人で魔素計の測定室に数値のチェックに行って、遅めの朝食だか、早めの昼食だかを、初めて二人で作った。


「どうしても材料を準備するときも、切るときも細かい量や大きさの違いが気になって、火加減とか、温度とか考えてるうちに、時間が経ってしまうんだ。
 けど、別に料理が嫌いなわけじゃないよ」

 なるほど。そういうことだったのか。
 朝食をたべながらセフィリオが言う。

「貴方の作るご飯は、いつも美味しい」

 俺の料理は、12歳まで母親を手伝った記憶と、【スタンピード】討伐で各地を巡っているうちに、他の冒険者や食堂の料理人に教わったもので、貴族の食べるそれとは違うと思う。

 美味しいと思ってもらえるなら良かった。


 セフィリオは放っておくと、平気で食事を抜いてしまう。


 そういえば、俺がいない昼は、普段どうしてるんだ。もしかしなくても食べていない可能性に思い至って、内心頭を抱える。

 よし、今度から俺がいないときは作り置き、…ですら食べないかもしれないから、弁当でも押し付けとくか。


 そう言えばセフィリオは何が好きなんだ?俺と魔術と魔獣と【スタンピード】の話し以外、記憶にない。


「今日は、食料の買い出しに行こうと思うけど、セフィリオは何か必要なものはないか」

「えーっと、普段は必要なものは店に直接配達してもらっているから。
 でも、そうだな、」

 セフィリオは、ちらりと俺の方を見ると、

「…僕も、一緒に、買い物に行きたい」

 といった。

 ああ、そういえば2週間以上、一緒に生活していて、そんなこともしたことが無かったな。
 俺たちは、午後から一緒に買い物に行くことにした。





 屋敷の近くにある商店街へと向かった。


 石畳の綺麗に舗装された王都にしては小さめの道の両脇には、様々店舗が並んでいて、活気がある雰囲気が好きで、俺は好んでこの界隈に買い物に来ていた。


 おそらく、セフィリオは果物が好きだ。出したときは、必ず完食している。


 八百屋に向かうと、おすすめを聞いて、3種類ほど選ぶと、おばちゃんがさらにおまけをくれた。

 店の中を一緒に歩いて、セフィリオは色々と自分の昔話を話してくれた。


「貴方が、【スタンピード】の討伐に何回も参加しているのを調べて、すぐに被害の少なさに気付いたんだ。
 会う度に、話しかけようと思ったんだけど、僕の事情に巻き込む気がして、どうしても出来なくて」


 ああ、あの頃は毎回討伐後に遭遇して、微妙な目線を感じていたけど、話しかけようとしてくれていたのか。

 俺は毎回隠れるのに必死で、今思うと本当にどうしようもない奴だな。


 果物のほかに、野菜と、豆とを選び、調味料はあったはずだが、珍しい蜂蜜が入っていると教えてくれたので、それを購入する。


「僕の研究に必要な回数を、貴方は犠牲を抑えて、提供してくれた。
 貴方が犠牲を出さないでくれるから、僕は研究を続ける事が出来たんだ」


 そんな大層なことでもないけどな。
 俺は毎回、ただ腹のむずむずに従って、魔獣を討伐しまくっていただけだ。


 肉屋に行くと、保存のきく干し肉と、ベーコンに、あと何種類か購入して、ここでも肉を焼くのに加えると良いという香辛料をおまけでもらう。


「けれど、それでも繰り返される、増えていく犠牲に、もう、どうにも向かい合うことが出来なくなってしまった時期があって。
 見かねたエドが、研究院から連れ出してくれて。
 それが、15歳の時で、シュバルツ公爵領で貴方に再開した時だ」


 あの時は、本当につらかったなあ、とセフィリオは遠くを見ながらいう。


 そんな状況とも知らず、知ろうともせず、俺は自分の狡さや弱さを暴かれるのに怯えて、セフィリオの前から逃げたんだな。

 俺は一人、内心嘆息する。


「ふふ。たった2週間なのに、この商店街の人たちと、随分なじんでるんだね」

「そうか?」


 自分ではわからない。
 店に行ったときに、買い物して、話して、特に変わったことはしていない。単に俺の顔が、色彩が派手だから覚えられやすいだけだろう。


「そうだよ。僕なんて、めったに街に出ないから、長く住んでる僕よりも、ずっとなじんでるよ」


 伯爵様は、自分で買い物には行かないんじゃないのか。
 そもそも、セフィリオの立場を考えると、本人がいくら強かろうと、一人で街を出歩くというのは危険もあるだろう。


「貴方は、目の前にあることに、当たり前に、取り組んでいける人だよね。
 僕は、いつも色々余計な事を考えてしまうから…。
 そういう所、本当に尊敬する」

「買い物一つで大袈裟だな」

 そういうの、過大評価、ていうんだぞ。

 俺は思わず苦笑した。


 俺は何も背負うものがないから。迷う必要が無いだけだ。
 沢山の思惑やしがらみの中で、もがいてきたセフィリオとは違う。


 その後、二人で、いくつかの店を見て回って、帰路につく。


「あのシュバルツ公爵領の山の中で戦う貴方はとても強くて、美しくて。
 あの時は、もう、迷惑だとか、貴方の都合とか考えられなくて、声をかけずにはいられなかった。」


 露店で買ったジュースをセフィリオに手渡す。午後は気温が上がるから、喉が渇いてくる頃だろう。露店でもおっさんが果物のトッピングをおまけしてくれる。
 冷たいジュースを手に握りしめて、セフィリオは当時を思い出しているらしかった。


 強いはともかく、美しいってなんだ。


「貴方はいつもその中心で戦っているのに、その場にすらいない僕が何を甘えてるんだ、て。そう思った。
 僕はいつも貴方の姿を思い出して、自分を奮い立たせることが出来たんだ。
 だから、貴方は、僕の希望で、支えだった」

 そんな風に、セフィリオは言った。


 どうやら俺は、知らないところでセフィリオの助けになれていたらしい。

 そう思えば、当時逃げ回っていた自分を少しは許せるような気もした。

 ほんの少しだけれど。
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